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企業の持続的な成長をもたらすキャリア自律(後編)

企業がキャリア自律時代を生き抜くポイント

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2024.6.26

人材・キャリア事業本部菊田千紘

人材
「働き手の自律性を育むと離職が増える」と警戒する声が日本企業の間では根強い。しかし実際は逆だ。むしろキャリア自律に本気で取り組むことで、共感を集め、優秀な人材の獲得・維持に成功している企業は多い。後編では、キャリア自律時代を生き抜くために、企業が意識すべきポイントや具体的な取り組みを紹介する。

社員を囲い込む企業に優秀な人材は集まらない

前編「38社の人事担当者インタビューに見る最新事情」で述べた通り、キャリア自律を取り入れることで優秀な人材の採用・定着や生産性の向上につながり、ひいては企業の持続的な成長につながると言える。一方で「キャリア自律を取り入れると社員が辞めてしまい、むしろ人手不足が加速するのではないか」との懸念を持つ企業があることも指摘した。

この懸念について、当社が実施した民間企業38社の人事担当者へのインタビューや、有識者による議論に基づき、「キャリア自律により優秀な人材が離職してしまう」は誤解であると述べたい。

今後は企業と個人が対等な関係となり「選び、選ばれる関係」へ変化していくとの指摘もある※1ように、社員を自社に囲い込む企業や、社員のキャリアは会社側が自由に決められると考えるような企業は選ばれなくなるだろう。社内外を問わず活躍できるよう、社員のキャリア自律を支援すると同時に、共感を呼ぶような魅力的な企業理念を発信したり、自社独自の成長環境を提供したりしていくべきだ。そうした取り組みこそが優秀な人材の採用・定着を促し、ひいては企業の継続的な成長につながるのである。

実践例に学ぶ、意欲的なキャリア自律施策

インタビュー調査を実施した38社の中で、上記のような考えのもとで人事制度の設計や運用を行っている企業がいくつかあった。

例えば株式会社リクルートは、自社が好奇心を起点に協働・協創が生まれる「公園(CO-EN/Co-Encounter)」のような場となることを目指し、個の尊重をテーマとした人事制度運用を行っている※2。その1例として、半期に1度作成するWill-Can-Mustシート※3にはキャリアを通じて実現したいことを記載するよう促しており、自社内にとどまらないWillであっても、実現につながるミッションを会社として提供し続けることを目指している※4

また株式会社タニタでは、「日本活性化プロジェクト」と称して、希望する社員を雇用契約からあえて業務委託契約(個人事業主)に切り替えるという取り組みを実施している。契約期間を長期とすることで収入の安定を保障しつつ、他社の業務も受注できることで個人事業主としての挑戦意欲や、効率的な遂行、コスト意識を身につけられるメリットがあると言う※5。優秀な社員を自社のみで囲い込まずに、自律的に働くことを促す意欲的な取り組みと言えるだろう。

キャリア自律のための4つの具体策

社員のキャリア自律を促すと言っても、企業は具体的に何をすべきなのだろうか? 企業へのインタビュー結果を分析し、キャリア自律に向けて企業が取り組む施策は以下の4つに分類できることがわかった。それぞれの留意点と事例を簡単に紹介しよう。

(1)キャリアビジョンを持つためのサポート
(2)社員本人が希望する内容を学べるようにする仕組み
(3)異動に社員の意思を反映
(4)昇格昇進に社員の意思を反映


キャリア自律の基礎となるのは、各社員がキャリアビジョンを持つこと、つまり社員それぞれがどう働きたいか考えることである。そのため(1)は、キャリア自律に取り組む全ての企業で必要なステップである。

(1)を実施する企業の具体例として、上長との定期的な面談を通じて社外での活躍も含め自身がどうなりたいか目標設定を促す株式会社リクルート※6、人材の選抜に際して自社の経営理念やビジョンを自分の言葉として他者に説明できることを求めるカゴメ株式会社※7、若手社員が自身のキャリアビジョンをイメージできるよう、部門長や先輩社員が自身の経験を話すイベントを開催する伊藤忠商事株式会社※8が挙げられる。

なお、(1)に関する施策を実施する際の留意点として、あくまで「キャリアビジョンを持つことを支援」という目的を優先し、施策の意図を社内に浸透させた上で実施することが挙げられる。間違っても施策の導入自体を優先して、目的をないがしろにしてはならない。意図の説明や浸透なしに、上司との1on1面談や経営層との対話の場などを設けることは、管理職への負担増加や社員からの不信感につながりむしろ逆効果である。

また、(2)も、自身のキャリアビジョンに向けた第1歩として、(1)と同様全ての企業で必要となる。業務内容も社員に求められるスキル・能力も多様性が増す中で、従来のような画一的な研修や育成プログラムでは対応できない。社員自身が必要な学びを主体的に選択できることが成長に有用である。

一方、(3)や(4)の実施には注意が必要である。例えば異動に社員の意思を反映させる方法として、公募制での人事異動があり、実際に一部のポストに導入している企業は多い。ただし、多くの場合は人気のあるポストに応募が集まりやすく、選考の結果希望のポストに就けない社員が出る場合もある。そうした社員へのケアを適切に行わないと当該社員のモチベーションが低下してしまう可能性がある。

また、異動や昇格・昇進は、「いつ、どのような業務に従事するか」という人材育成の根幹につながる部分である。この点を全て本人の意思に基づくものとすると、社員本人が業務の中で新たな強みを発見する、という気づきは起こりにくい。偶然の出来事をキャリアに活かすこと※9が生じにくく、想定以上の成長が起こりにくくなる、というデメリットも想定される。

なお、企業における(2)~(4)の実例についても「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究事業報告書(令和4年度厚生労働省委託事業)」※10で紹介しているので参照されたい。

キャリア自律は企業と労働者双方に厳しい面も

社会環境が急速に変化する中で、企業にとっても、また労働者にとっても正解となる道筋が見えにくくなっている。キャリア自律が昨今さらに注目されているのは、そうした状況の中で企業の姿勢が「以前のように数十年にわたり労働者を雇用し続けられる保証はない」「労働者のキャリアに責任は取り切れない」という方向へ変化していることが背景としてあるのではないだろうか。

企業が「キャリア自律に取り組んでいる」という場合、社員の希望に寄りそう、というプラスの視点で語られることが多い。一方で、キャリアを選びつくることが労働者の責任となりつつあり、実は働く側にとって厳しい動向でもあるとも言えるだろう。また前述の通り、社員を囲い込む発想が通用せず、企業理念や成長環境などによる訴求が求められる時代は、企業にとっても厳しい時代とも言える。企業と労働者の双方が、キャリア自律という言葉の表面上の印象に惑わされず、その背景や、自社や自身のありたい姿を正しく認識した上で行動することが重要である。

※1:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」、p.15、2020
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf(閲覧日:2024年5月19日)

※2:株式会社リクルート「価値の源泉は人」
https://www.recruit.co.jp/people(閲覧日:2024年4月16日)

※3:同社独自の目標管理シートであり、本人が実現したいこと(Will)、活かしたい強みや克服したい課題(Can)、能力開発につながるミッション(Must)の3項目から成る。
株式会社リクルート「【Will-Can-Mustシート】リクルートの活用事例~メンバーの本当に実現したいことを対話する方法」
https://www.recruit.co.jp/blog/culture/20230921_4189.html(閲覧日:2024年6月14日)

※4:厚生労働省「実践事例 変化する時代のキャリア開発の取組み」、P113(「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究事業」、事例集、2023年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089556_00015.html(閲覧日:2024年4月16日)

※5:前同、pp.72-74(閲覧日:2024年4月16日)

※6:前同、pp.111-113(閲覧日:2024年4月16日)

※7:前同、p.31(閲覧日:2024年4月16日)

※8:前同、p.11(閲覧日:2024年4月16日)

※9:1999年にクルンボルツ、ミッチェル、レヴィン(Krumboltz, Mitchell & Levin)によって提唱されたプランド・ハップンスタンス理論(計画された偶然理論)は、キャリアにおける偶然の出来事の影響を軽視せず、むしろ積極的に取り込み、より良いキャリア形成に活用することを提唱している。
独立行政法人労働政策研究・研修機構「職業相談場面におけるキャリア理論及びカウンセリング理論の活用・普及に関する文献調査」、p.46、No.165(2016年3月)
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2016/documents/0165.pdf(閲覧日:2024年4月22日)

※10:厚生労働省「「内部労働市場を活用した人材育成の変化と今後の在り方に関する調査研究」報告書」(全体版、2023年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089556_00015.html(閲覧日:2024年4月22日)

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