はじめに
本稿では、デジタル人材を育成するための方針および方法を解説する。
デジタル人材の育成方針:ビジネス系スキル人材は社内育成で
では、DXを効果的に推進するために、どのようにして人材を確保すればよいのであろうか。第2回のコラムで紹介したように、デジタル人材の課題として、多くの企業が技術とビジネスとをつなげる人材(プロデューサー、DXマネージャー、ビジネス・サービス担当)の不足を挙げている。また、今後これらの人材を、外部調達で確保するのは難しいであろう。一方で、社内に目を向けると、日本では終身雇用を前提としている企業が多く、自社のビジネスや組織の動かし方を知る人材を豊富に抱えている場合が多い。これらの人材を育成することで、技術だけでなく、ビジネスにも精通している優秀なデジタル人材を外部調達しなくても確保できる。
デジタル人材の育成方法:座学と実践の両輪による育成
デジタル人材には、AI/ビックデータ、クラウド、UX/CX※2、デザインシンキング、アジャイル、オープンイノベーションなど多様なスキルセットと共に変革を恐れないなどのマインドセットを身に付ける必要がある。これらの幅広いスキルセットのリテラシーは網羅的に取得することが必須である。加えて類型ごとに求められるスキルセットは、社内の第一人者と言われるまでに深く学ぶことが求められる。
座学では、①ハンズオン※3講座、②社外講師による講演を積極的に取り入れることをお薦めする。①ハンズオン講座は、特に技術系スキルの習得に向けて効果が大きい。ソフトウエアを操作したり、アプリを作成したりと実際に技術に触れることで活用イメージを具体化でき、理解を深められる。②社外講師による講演は、DX推進を成し遂げた企業のリーダーなどに、マインドセットの内容や重要性を、苦労話を交えながら講演してもらうとよい。DX推進者の講演であれば、受講者もリアリティーをもって、マインドセットを理解できるはずである。座学だけでマインドセットが身に付くわけではないが、きっかけを作ることは重要である。
座学には二つの方法がある。一つは社内で研修プログラムを開発し受講させる方法、もう一つは外部の研修プログラムに参加する方法である。社内で研修プログラム開発を行う場合、開発に時間やコストがかかってしまうが、社内事情を考慮したプログラムを開発できるというメリットがある。一方で、ネットワークや設備の関係でハンズオンの講座が実施しにくいなどのデメリットがある。外部の研修プログラムへ参加する場合、既に企業主催や大学主催※4などがさまざまなプログラムを準備している。そのため、すぐに研修を受講できる。また、ハンズオン講座のための設備などが既に整っているため、研修を円滑に行いやすいというメリットがある。一方で研修内容や日程に柔軟性がないため、実務との調整が必要になる。
座学でスキルセットなどを習得するだけではデジタル人材になったとは言えない。スキルセットなどは、あくまでもDXを推進するための道具であり、実務に活かすことができて初めてデジタル人材になったと言える。そのために、社内や自部門などに限定した小規模なプロジェクトを活用し、OJTを行いながら習得したスキルセットなどの活用力や実行力を身に付ける必要がある。
OJTを実施した際には、その結果を評価する必要がある。その評価も評価者個人の主観に基づいて実施するのではなく、横並びかつ客観的に評価することが重要である。そのためには事前にチェックリストを作成しておくことが有効である。当社が伴走支援を行う際には、独自に作成したチェックシート(図5)を活用し、横並びで評価を行っている。他にOJTトレーナーも必要になる。しかし、社内の人材のみで準備するのはリソース面で難しい場合がある。このような場合、コンサルティング会社等外部の会社に支援を依頼するのも一つの方法である。例えば、当社では図5を活用したDX人材育成に向けた伴走支援サービスを提供している。
DXは、最終的にはイノベーションも包含する。イノベーション理論の一つとしてSWT理論が提唱されている。SWT理論によると、他組織や他分野の人材と「弱いつながり」を多く有している方が、効率的に専門外の知識を得られ、イノベーションに向いていることが分かっている※5。
特にDX領域では日々さまざまな場所で新しい技術やサービスが登場しており、必要な情報を全て個人でキャッチアップするのは難しく、効率的に情報を得るために社内外にネットワークを構築することがポイントになる。
ネットワーク構築の一環として、SNSで各分野の第一人者をフォローする方法がある。一方で、リアルの世界では、最新の技術・サービスの紹介や各社の取り組み事例などの情報交換が行われるコミュニティーが形成されている。これら社外のコミュニティーに参加することも有効だろう。例としては、Team AI※6、IoT LT※7、connpass※8、dots※9などが挙げられる。このようなコミュニティーは、オープンであり参加条件もなく非常に参加しやすいものが多く、積極的に参加することをお薦めする。
このように、他社の取り組み事例を知ることで、自分たちでは気づかない技術やサービスの活用方法や課題の解決方法を知ることができる。
上記では、社外でのネットワーク構築方法の紹介を行ったが、社内に目を向けて見ると、さまざまな部署でDX推進に向けた取り組みを行っている場合が多い。例えば、三菱ケミカルホールディングスではグループ内の各事業会社や事業部門横断的にプロジェクトの共有や人材育成を行い、成果を挙げている※10。
このようにDX推進のためのノウハウは、社外から吸収するだけではなく、社内に埋もれている場合もある。社外からだけでなく、社内のノウハウをうまく活用する仕組みを構築することも有効である。
おわりに
今回、4回にわたって、「DX成功のカギは人材の育成」ということを発信してきたが、皆さまのDX推進を成功させる一助になれば幸いである。