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DX成功のカギはデジタル人材の育成 第1回:DXで顧客への提供価値を見直そう

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2020.4.21

経営イノベーション本部舟橋龍之介

経営戦略とイノベーション

1 多様な顧客ニーズに応えるデジタル・ディスラプターの脅威

Amazon社によって既存の小売店が廃業に追い込まれることを「Amazon effect」と言う。DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる一番の背景には、Amazon社を初めとしたデジタル・ディスラプター(デジタル時代の創造的破壊者)に対する危機感がある。デジタル・ディスラプターは「価格:商品・サービスのコスト削減」「体験:心をつかむ顧客体験」「多様性:顧客が望む多様な商品・サービス群を抱えるプラットフォーム」の3点のうち、1点以上の価値を顧客に提供している※1。例えばAmazon社の場合、低価格で多様な商品群から顧客が望む商品を購買履歴に基づいてレコメンドし、自宅まで即座に配達している。

デジタル技術の進展により、多様化が進む顧客の潜在ニーズを満たす新たな価値提供が可能となった。デジタル・ディスラプターは、顧客の顕在ニーズである「商品・サービスのコスト削減」に加え、潜在ニーズである「心をつかむ顧客体験」および「顧客が望む多様な商品・サービス群を抱えるプラットフォーム」を起点として、既存ビジネスと同様のバリューチェーンを構築せずとも、既存ビジネスと同等以上の価値を顧客に対して容易に提供している。しかし本当に着目すべきは、デジタル・ディスラプターがこれらの提供価値の高さを活かして顧客を囲い込み、マネタイズを効果的に行っている点だ。

2 DXで目指すべきは「顧客の支払意思額の引き上げ」

各社・各人によってDXの捉え方はさまざまであり、DXに明確な定義は存在しない。その中でわれわれは、DXを「デジタル技術を活用して生み出された商品・サービスによって顧客の支払意思額を向上させるための取り組み」と定義している。DX推進のポイントは、生産コストの低減に伴う商品・サービス価格の低減ではなく、顧客の支払意思額の引き上げによるマネタイズ余地の拡大にある。

支払意思額とは、商品・サービスに対して顧客が支払ってもよいと考える最大の金額である。商品・サービスが取引される際、顧客は支払意思額よりも低い金額で購入する。図1に示すとおり、支払意思額と商品・サービス価格の差は、商品・サービスの購入により「顧客が得る便益」である。また、限界費用(1単位を追加して生産する際に増加する費用)を生産コストとみなした場合、商品・サービス価格と生産コストの差は「企業の利益」となる。

例えば音楽業界では限界費用が限りなく0に近づき、また流通業界では中間マージンが不要となるなど、DXでは生産コストの低減が注目される傾向にある。このような価格面での提供価値は効果算定が容易な顕在ニーズのため、企業にとってはまさに「お手軽な果実」である。しかし、効果算定が容易であるために競合他社も同様の施策を講じるようになり、また顧客としてもデジタル技術の進展によって商品・サービス価格の比較が容易になる。そのため、生産コストの低減により一時的に「企業の利益」が増加したとしても、商品・サービス価格の低下とともに「企業の利益」は圧迫される(図1-1)※2

従ってDX推進時に重要となるポイントは、顧客体験や商品・サービスの多様性に根差した魅力ある価値提供によって顧客の支払意思額を引き上げること、そして支払意思額の引き上げにより増加した「顧客が得る便益」を「企業の利益」に変えるためにマネタイズの仕組みを構築することの2点である(図1-2)。例えばAmazon社では、「Amazon Prime」で有料会員を囲い込むことによりマネタイズの仕組みを構築しているが、「Amazon Prime」の料金を段階的に引き上げているにも関わらず※3、客離れは起きていない※4。その理由は、「心をつかむ顧客体験」および「顧客が望む多様な商品・サービス群を抱えるプラットフォーム」に根差した支払意思額の引き上げが継続的に行われているためである。
図1-1 DXにより生産コストの低減のみを実施したケース
図1-1 DXにより生産コストの低減のみを実施したケース
図1-2 DXにより生産コストの低減と支払意思額の引き上げを実施したケース
図1-2 DXにより生産コストの低減と支払意思額の引き上げを実施したケース
出所(図1-1、1-2):文末の参考文献※2を参考に三菱総合研究所作成

3 DXの成功を決めるのは「手段」ではなく「人」

3.1 DXは顧客への提供価値を見直すきっかけ

顧客の支払意思額を引き上げるためには潜在ニーズを捉えることが必要不可欠だ。その意味では、DXはまさに顧客への提供価値を見直すきっかけと言えないだろうか。ここで禁物なのは、DX推進を焦るあまり、「DXの実現手段」に飛びついてしまうことだ。「DXの実現手段」は方法論と技術の2点に大別される。方法論としては、UX(ユーザーエクスペリエンス)/CX(カスタマーエクスペリエンス)、およびカスタマージャーニーなどのビジネス・サービス設計、ならびにアジャイル、ラピッドプロトタイピング、およびオープンイノベーションなどの組織・プロジェクト管理が挙げられる。また、技術としてはAI・ビッグデータ、IoT、ロボット・ドローン、VR(仮想現実)/AR(拡張現実)などが挙げられる。

3.2 検討すべきは「DXの実現手段」ではなく「DXの変革対象」

デジタル・ディスラプターが新たな方法論や技術を採用し、顧客に新たな価値を提供している様子を目の当たりにすると、つい「DXの実現手段」に目が行きがちになる。しかし、本当に考えるべきは「DXによって何を変革したいのか」という「DXの変革対象」である(図2)。当社においても「AIを用いて新規事業をやりたい」などの相談をいただくケースがあるが、「何を変革したいのか」の想いなくして実事業に結びつけることはできない。すなわち、「DXの実現手段」ではなく、「DXの変革対象」に主眼を置いたアプローチを採る必要がある。

DXの変革対象としては、改善レベルに位置する業務プロセスから、真のDXレベルと言える新規事業までさまざまなレベルが存在する。ただし、価値の大きさは取り組みやすさとトレードオフの関係にある。DXの変革対象を最初にしっかりと見定め、いつまでにどのレベルを目指すのかを計画することが重要だ。DXの変革対象によっては必ずしも最先端の技術を用いる必要はなく、変革が実現できそうな手段の中から必要コストに見合ったものを選択すればよい。極論すれば、デジタル技術の活用すら必須ではないのである。

3.3 DX成功のカギは「デジタル人材」の育成

繰り返しにはなるが、DXは「顧客への提供価値を見つめ直すきっかけ」と捉えるべきだ。日常業務に追われる中で、「私の会社はこのままではまずいのではないか」と悶々としている方にとっては、その健全な危機感をもとに「いつか誰かが変えなければいけないこと」をあなた自身が変えていく絶好のチャンスと言えよう。DXの成功を決めるのは「手段」ではなく「人」であり、「デジタル人材」の育成こそがDX成功のカギなのである。

以上を踏まえ、本コラムシリーズでは、業種や企業規模を問わず多くの企業が課題視する「デジタル人材」に着目する。どの領域の人材を確保すればDXの実現に近づくのか、顧客視点とデジタル技術の知見を併せ持つ人材を社内で育成可能なのかなど、自社の人材ポートフォリオを振り返るための考え方、そして人材育成の方法論を第2回以降で紹介する。
図2 DXの変革対象
図2 DXの変革対象
出所:三菱総合研究所

※1:Michael Wade、Jeff Loucks、James Macaulay、Andy Noronha、根来龍之『対デジタル・ディスラプター戦略 既存企業の戦い方』(日本経済新聞出版社、2017年)

※2:森健、日戸浩之、此本臣吾『デジタル資本主義』(東洋経済新報社、2018年)

※3:CNN“Amazon is raising the price of Prime to $119”(閲覧日:2020年4月12日)
https://money.cnn.com/2018/04/26/technology/business/amazon-prime-cost-increase/index.html

※4:Consumer Intelligence Research Partners, LLC“US Amazon Prime Membership Growth Slows”(閲覧日:2020年4月12日)
https://files.constantcontact.com/150f9af2201/04a4c402-4469-47e7-a3af-a2d8dd3a0d99.pdf

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