DX成功のカギはデジタル人材の育成 第3回:DX人材に求められるスキルとマインドセット

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2020.7.29

経営イノベーション本部秦 知人

経営戦略とイノベーション

はじめに

第2回では、「デジタル人材」の確保がDX推進のカギであり、「デジタル人材」とは「プロデューサー」「DXマネージャー」「ビジネス・サービス担当」「システム・技術担当」の4類型からなる多様な人材であると紹介した(図1)。
本稿では、主に一定規模の既存事業・リソースを保有する企業において組織的なDXを推進することを念頭に、具体的にこれらの人材がもつべきスキルとマインドセットについて解説する。
図1 デジタル人材の類型
図1 デジタル人材の類型
出所:三菱総合研究所

デジタル人材に求められるスキル

第2回で述べたように、デジタル技術の活用の知見を有する人材だけを集めても、DXは進展しない。デジタル人材には多様な役割があることから、求められるスキルも多岐にわたる。DXに求められるスキルを大別すると、技術系の「データサイエンス・エンジニアリング」スキルと、ビジネス系の「ビジネス・サービス設計」スキル、そしてマネジメントとしての「組織・プロジェクト管理」スキルの三つである(図2)。
  • 「データサイエンス・エンジニアリング」は、文字通りデータサイエンスやITを駆使してモデルの開発やアプリケーションの実装を行うスキルである。AI/機械学習などのデータサイエンス系のスキルと、フロントエンド、バックエンドの実装やクラウド活用に関する知見などのITエンジニア系のスキルがある。
  • 「ビジネス・サービス設計」としては、ビジネスモデルや業務を設計するビジネス面のスキル、ユーザーに対する理解や洞察に基づきUI※1やUX/CX※2、グラフィックを設計するデザイン面のスキル、またデザインシンキングなどのサービス開発手法の知見などが挙げられる。
  • 「組織・プロジェクト管理」には、組織マネジメントやリーダーシップなど、組織を形成・運営していくためのスキルと、スクラムなどのアジャイル開発の方法論、プロジェクトマネジメントに関するスキルがある。
図2 デジタル人材に必要なスキルセット
図2 デジタル人材に必要なスキルセット
出所:三菱総合研究所
いずれもDXを推進する上では欠かせないものであるが、メンバー全員がすべてのスキルに精通しているというのは現実的でない。ただ、多様なスキルセットをもつデジタル人材をチームとして機能させるためには、各メンバーが自身の役割に応じたスキルを保有するのに加え、専門以外のスキルに対してもリテラシー※3をもつことが重要である。
例えば、プロデューサーは組織・プロジェクトマネジメント領域を主に担い、自身で事業の業務設計を行ったり、プログラムを書いて実装したりするといった、ビジネスやエンジニアリングの専門的な役割は想定されない。しかしチームとしてDXを円滑に推進するには、プロデューサーには注力するべき事業や技術領域を発掘し、担当者から上がってくる提案を判断するためのスキルが求められる。すなわち、ビジネス・サービス設計、データサイエンス・エンジニアリングの領域についても、「事業理解」や「技術動向把握」のレベルが最低限必要である(図3)。
図3 DXプロデューサーに求められるスキルイメージ
図3 DXプロデューサーに求められるスキルイメージ
出所:三菱総合研究所
特に、デジタル技術に関する知識は、これまでは外部のベンダーや専門家任せにしていた企業や担当者も多いのではないか。しかしデジタル技術は万能ではなく、ビジネスやデザインの知見と組み合わさってこそ真価を発揮する。技術とビジネスの橋渡しを事業主体自らが担うことが重要である。また、技術やトレンドの変化の激しい昨今においては、自ら最新の情報を取りに行く努力が欠かせない。そのためには、専門外の分野であっても最低限のリテラシーの習得が必須であるといえる。

DX推進に必要なのは何よりもマインドセット

ここまでデジタル人材に求められるスキルに関して述べたが、デジタル人材にはハードスキルだけでなく、むしろマインドセットがより求められることを述べたい。
積極的にDXを推進している複数の企業に対して当社が実施したインタビューでは、「スキルも重要だが素養としてのマインドセットや行動特性を重視している」——という話が寄せられた。具体的なデジタル人材に求められるマインドセットとして、「現状を変えたい、現状踏襲をよしとしない」ことや「自ら新しいものを生み出す」といった貪欲な姿勢、「発想を転換できる」「単一施策や短期的な結果で評価・判断しない」という柔軟性が重要であるとの意見があった(図4)。
図4 デジタル人材に求められるマインド・行動特性(企業インタビューより)
図4 デジタル人材に求められるマインド・行動特性(企業インタビューより)
出所:企業インタビューをもとに三菱総合研究所作成
このようなマインドセットや行動特性は、以下の三つの理由から重要と考えられる。
 
①デジタル人材は変革をリードする存在である
DXはその対象が何であれ、既存のビジネスやプロセスに変革を起こす取り組みであり、その実行には強い意志と行動力を要する。例えば、DXによってそれまでの業務プロセスの変更を強いられる社内の既存部署から必要な協力が得られない(または逆に抵抗に遭ってしまう)、といったケースはよく聞かれる。精神的にもつらい局面は多く存在するが、それでもなお変革を成し遂げるために必要なのは、何よりもまず「現状を変えたい」という意思であり、「自身で動き、考えて解決しようとする」行動力である。
 
②新たな知識やスキルの習得が必須である
前述のとおり、デジタル人材には専門外の分野に対するリテラシーが求められるのに加え、デジタル領域は変化が激しく、常に最新の技術やトレンドに追いつく必要がある。新しい知識やスキルを自ら積極的に学び、適応していく姿勢が重要である。「自ら、新しいものを生み出す」ために、主体的に新しいものを吸収していく姿勢が求められる。
 
③DX推進は思い通りには進まないことが大半
DXが新たな価値を生み出す活動である限り、現在は存在しない「価値」をあらかじめ完璧に定義することは不可能といっても過言ではない。ステークホルダーとの交渉やユーザーからのフィードバック、自社の経営環境の変化といった外的な要因で、プロジェクトの方向性を変える(ピボットする)必要があることも多い。その際に重要なのが「変化する状況・要望を苦にしない」精神的なタフさや、「発想の転換」や「単一施策・短期的な結果で判断しない」柔軟性であるといえよう。
 
このようなマインドセットと、前述のスキルを兼ね備えた人材はなかなかいないのではないだろうか。調達に当たっては、スキルを持った人材に対し、ワークショップや研修などを通じてマインドセットを醸成する方法が考えられる。あるいはスキルの有無はいったん除外してマインドセットの近い人材を登用(または採用)し、スキルは後から得てもらう方法もあろう。

デジタル人材の確保に向けた流れ

本稿でここまで整理したデジタル人材の人材像と役割は一般的なものである。実際にデジタル人材の確保にあたっては、各企業において自社の現状にあった人材像・人材要件・ポートフォリオを定義することが必要となる。
デジタル人材がどの程度の人数が必要なのか、各人材が三つのスキルセットをどの程度もつ必要があるかは、「DXで実現したいこと」、すなわち変革の対象が何かによって異なる。変革の対象を決めた上で必要な役割、スキルを具体化する必要がある。
例えば、変革の対象が「既存ビジネスのチャネルシフト」であれば、デジタルチャネル(スマホなど)に強いフロントエンド分野のシステム・技術担当のエンジニアが必要である。また「新規サービスの創出」であれば、デザインシンキングなどの知見をもったビジネス・サービス担当がいることが望ましい。
このように、変革の対象を見定めて人材要件やポートフォリオを固めた上で、中途採用、内部育成、外部リソースの活用など、最適な人材調達方法を選択すべきである。

おわりに

第3回の本稿では、デジタル人材に求められる幅広いスキルやマインドセット、またその確保に向けた流れについて解説した。
改めて、デジタル人材には求められる要素が多く、高度なマインドセットも要求されることから、その確保は簡単ではないことが分かるのではないか。外部調達であれ、内部育成であれ、デジタル人材の確保にあたっては、組織的・全社的な目線で取り組むことが必要である。
特に重要な要素として挙げたマインドセットの醸成には、組織全体として新しいものを積極的に取り入れ、生み出していく風土も重要である。その面でも、デジタル人材の確保・育成に対して組織が担う役割は大きい。

第4回では、社内でデジタル人材を育成するための育成方針と手段について紹介する。

※1:UI:ユーザーインターフェース(ユーザーがデバイスなどを通じてデジタルチャネルとやり取りするときの表示、入力などの仕組み)。

※2:UX:ユーザーエクスペリエンス(ユーザーが特定のサービス・プロダクトを通じて得られる体験)、CX:カスタマーエクスペリエンス(顧客がサービス群を通じて得られる一連の体験)の略。

※3:用語や技術の仕組みの大枠を理解しており、会話ができる能力。