企業はDXにどう取り組むべきか

2021.8.1

企業DX本部森 崇

POINT

  • デジタルビジネス変革への突破口は「顧客接点」と「企業間連携」。
  • 「選抜人材を鍛え上げる」ことで次世代DX推進リーダー育成を。
  • 実現したい姿をゴールに据え、俯瞰的な方向性を定め変革を進めよう。

1. ポストコロナでの日本企業の課題

新型コロナウイルス感染症の拡大により、日本経済は大きなダメージを被った。コロナ禍で消失した既存事業の需要は、従来と同じサービス提供を続けるだけでは取り戻せない。

生活様式や働き方の変化を追い風に、デジタルプラットフォーマーやライフサイエンス、eコマースなどの業種が利益率を伸ばしている。資産規模が大きい従来型の大企業もポストコロナを生き残るため、失われた需要を回復させる努力を行いつつ、デジタルビジネス変革の実現による新たな需要創造を持続的な成長につなげていくべきだ。

2. デジタル化成功の糸口

コロナ禍による行動変容や経済活動抑制で、需要は大きく変化した。ポストコロナに向け、企業は革新技術とデータを駆使し、第4次産業革命とSociety5.0で掲げられてきた「レジリエントで持続可能な社会」を目指し取り組む必要がある。

それにはデジタル技術を活用したオペレーション改革や顧客接点の変革を通じ、効率的かつ高付加価値な新サービスを創出する必要がある。併せて、既存顧客のニーズも満たすため、自社のコアコンピタンスも磨き上げなければならない。

当社の企業幹部向けアンケート※1によると、デジタルトランスフォーメーション(DX)に先進的に取り組んでいる企業の79%にあたる127社が、サプライチェーン上での他社との連携に積極的だ。各社に、連携に期待する効果を聞いた(複数回答可)ところ、「商品・サービスを融合することで、顧客に対して高い価値を提供できる」が69%と、「営業機会拡大」(47%)や「生産性向上」(30%)を大きく引き離した。

この調査結果から、デジタル業務プロセス改革ひいてはデジタルビジネス変革成功の重要な要素は、顧客接点における提供価値の高度化と、サプライチェーン上での企業間連携におけるデジタル技術の活用の2点と考察される。

①顧客接点における提供価値の高度化

もともと顧客とのリアル接点に強みをもつ日本企業は、顧客開拓や消費性向分析をデジタル技術で強化できる。例えば、顧客とのやり取りの内容をデジタル化するとともに顧客データを詳細に分析すれば商機を拡大できる。

BtoCにおいてデジタルビジネス変革の旗振り役となっているのは、特化した情報のネット配信に強みを持つ企業である。コロナ禍で従来型企業の営業担当者が顧客にアクセスできない状況が長期化している中で、元来のマーケティング力を生かしてネット顧客を増やすなどしている。

BtoBの例としては、専門商社による「先回り納品」が挙げられる。業界特性や顧客ニーズを熟知した担当者の暗黙知と、AIによる在庫の一元管理とを巧みに組み合わせた。具体的には、富山の薬売りによる「置き薬」※2の要領で「受注確度向上」と「納期ゼロ」を実現して、顧客企業にきめ細かな価値を提供している。

②サプライチェーン上での企業間連携におけるデジタル技術の活用

リーダー的な企業が主導して、同じサプライチェーンに連なる企業群全体のデジタル化を底上げする。旗振り役企業がデジタル業務プロセス改革において成功した事例を企業間共有する。それによって、調達・生産・ロジスティクス・販売の全体最適が進み、サプライチェーン全体での収益性向上、環境負荷低減や人手不足解消などの恩恵を受けられる(図1)。
[図1]リーダー企業主導のDX推進がサプライチェーン全体のデジタル化を底上げ
[図1]リーダー企業主導のDX推進がサプライチェーン全体のデジタル化を底上げ
出所:三菱総合研究所
さらに、企業間連携により蓄積された実績データの解析サービスを推進することで、シナジー創出のコツが可視化され、サプライチェーンの外にも好影響が及ぶ。このような取り組みは業界全体の構造を変えるポテンシャルを有しており、推進が期待される。
上記について、ITの観点から留意すべきは、最終的にレガシーシステムの刷新が必要な場合であっても、顧客接点のアプリケーション開発のスピード感を落とさず、段階的な移行の実現を探ることである。

DXに先進的に取り組む企業では、アプリケーションとレガシーシステムを結ぶミドルウエアインターフェースを構築することで段階的な移行を実現している。

3. DX推進を阻む壁とその打開策

日本企業には、コロナ禍を機に比較的容易なデジタル技術活用による業務改善をDX推進と混同するケースが散見される。その結果、戦略性の乏しいアクションに終始しているのが実情である。

背景には手段であるはずのDXの目的化、イノベーションのジレンマ、社内推進人材とデジタルリテラシーの不足、レガシーシステム全面刷新に関する誤解などが考えられる。

①DXの目的化

取り組み自体と、ツールやシステムの導入を混同してしまい、導入を支援することに終始する。変革に至る以前に、はやりすたりがツールにあって使われなくなる。その結果、過去の「IT化推進」が「DX」にすり替わっただけで中身は変わらず、誰も変革の本質に切り込めない。

②イノベーションのジレンマ

従来型の大企業はイノベーションの原資を既存事業から創出しなければならない。そのため、新たな成長機会への注力が重要と理解していながらも既存事業の収益性と競争力の強化が優先され、イノベーションによるデジタルビジネス変革が中途半端なままとなる。

③社内推進人材とデジタルリテラシーの不足

日本の大企業では、最高デジタル責任者(CDO)などDX推進で主導的役割を担う経営幹部のデジタルリテラシー不足が散見される。経営幹部が事業推進経験者から選ばれる例が多く、エンジニア経験者からの就任はまれなためと推察される。

④レガシーシステム全面刷新に関する誤解

レガシーシステムは機能追加が繰り返され複雑化・肥大化しやすい。維持運用に多大な予算を費やし、エンジニアが高齢化するなどの課題も多い。「システムの全面刷新を実現できなければデジタル化やDX推進は難しい」と諦めてしまうケースも散見される。この誤解を解かなければ、メリットを享受できない。
こうした現状を打破するため、経営幹部は社内で業務プロセス改革に熱心な若手人材を中心としたデジタル改革チームを組成すべきである。「顧客接点」と「企業間連携」を主眼に置いた戦略性の高いテーマを若手人材に体験させる。「アサインされた優秀人材」に答えを出させるのではなく、「選抜人材を鍛え上げる」ことで次世代DX推進リーダーの育成に踏み出すよう提案したい。

また、デジタル改革チームは、社内を巻き込んで全社のDXリテラシーを高める。これにより、本来の目的であるデジタルビジネス変革達成への取り組みを加速することが可能になる。

4. DX推進に欠かせない「航海図」

最後にDXに取り組む経営幹部がもつべき視座と、必要なアプローチを紹介したい(図2)。
[図2] デジタルビジネス変革実現までのアプローチ
[図2] デジタルビジネス変革実現までのアプローチ
出所:三菱総合研究所
まずは視座。経営幹部がDXの全体像(グランドデザイン)を描くには、長めの時間軸で、社会・産業のメガトレンドを踏まえた自社の理想像を考える必要がある。その際、業務プロセス改革だけをイメージするのではなく、新規事業の成長戦略 を描くことが重要である。

そのヒントとして、デジタル技術活用で企業間が連携した姿と実現した時の顧客接点や顧客提供価値の変化をイメージすると良い。前述のとおり、DXの恩恵は個社よりも、サプライチェーン全体で大きく享受しうる。デジタルビジネス変革は、業界構造だけでなく産業全体を変える可能性を有しているのだ。

そしてアプローチ。最初に取り組むべきはデジタルビジネス変革で実現させたい自社の姿を描くことだ。

次に現実と理想とのギャップを構造的に整理・理解した上で、デジタル業務プロセス改革の変革目標を設定する(バックキャスト)。焦点を当てるべきは「データ駆動(デジタル技術によるリアル業務補完)」推進だ。具体的には、自社のビジネスが生み出す客観的なデータを経営や業務の意思決定に活かし、既存のコア事業の収益力や競争力を強化する。

並行してデジタルビジネス変革の姿を見据え、自社の強みを強化する新規ビジネス開発に着手する。その際陥りがちなイノベーションのジレンマを避けるためにも、判断業務のデジタル化などによって組織の生産性を向上させておきたい。ま た、コロナ禍でリモートワークが広がったため顕在化した従業員の心身のケアや、情報セキュリティ強化も怠ってはならない。

以上の認識に基づき、DXに取り組む経営幹部と従業員が同じ航海図を見て目指すべき針路について要所要所で確認・共有することが重要となる。その航海図ともいうべき「DXジャーニー」の作成も欠かせない。

本号では引き続き、DX推進に欠かせない3つの取り組みについて述べる。

DX推進の航海図には一つとして、同じものは存在しない。自社の理念や成長戦略と整合したDXで実現したい姿をゴールに据え、俯瞰的に変革の方向性を定めることが肝要である。

※1:2021年4月に、売上高10億円以上の企業747社の幹部らにアンケートを実施した。このうち、161社が自社の事業DXに先進的に取り組んでいると回答した。

※2:江戸時代から続く薬の商法。各家庭に多彩な薬を先行して置いておき、実際に使った薬の代金を後になって回収する仕組み。