マンスリーレビュー

2022年4月号特集2人材エネルギー・サステナビリティ・食農

GXから始める「雇用政策」の大転換

2022.4.1

キャリア・イノベーション本部宮下 友海

人材

POINT

  • GXによる産業構造転換で「職のミスマッチ」が拡大する可能性。
  • ミスマッチ解消のために雇用政策の積極化への転換を。
  • 政労使協調で能力開発と労働移動支援に政策の中心を移すべし。

産業構造転換で発生する「職のミスマッチ」

グリーントランスフォーメーション(GX)は産業集積度の高い産業、日本でいえば自動車製造のような基幹産業の在り方に大きな影響を与える。特集1で示したようにGXによる雇用影響は、リーマンショック後のような労働需要の全般的収縮ではなく、労働移動の必要性である「職のミスマッチ」の拡大だといえる。

これを解消できるような円滑な労働移動が実現できれば、GX進展は日本経済の成長ドライバーの1つとなりうるだけでなく、GXによって職が新たに生み出されるなど、人々の新たなキャリアを切り拓く可能性もある。特に、GXの影響を受ける立場にある人々がチャンスを手にできるかは今後の日本社会にとって極めて重要な課題である。

求められる「積極的労働市場政策」への転換

ここで日本社会に必要となるのが、これまで失業対策を中心としてきた「雇用政策」の大転換だ。日本のこれまでの雇用政策は、流動性の低い労働市場を背景として、実際に失業が起きた際に失業給付によって生活を一定期間保障する「消極的労働市場政策」を中心とした体系であった。

これに対して、働き手の能力開発と労働移動を支援する「積極的労働市場政策」を重視する雇用政策体系への転換を、産業構造の変化と労働移動が必要とされる今こそ提案したい。

具体的には、①在職時からの能力開発支援(社会人に対するリスキリングを提供する継続訓練)、②戦略的労働移動支援(労働移動の発生を前提とした政労使協調による再就職斡旋支援)、③「ワークフェア※1」型失業給付への転換という、3つの施策の導入である(図)。

①~③はいずれも、長期安定志向が強い従来の日本の雇用政策では十分に整備されてこなかった。特に①、②は人材育成を企業のOJTに、雇用の安定を個別企業における労使関係に、それぞれ委ねてきた日本では、「政策」として整備されてこなかった仕組みであり、導入の難度も高いだろう。だが、こうした仕組みによって「職のミスマッチ」解消を図り、人々のキャリアや生活を守り続けている国々もある。
[図] GXによる産業構造転換で求められる雇用政策
[図] GXによる産業構造転換で求められる雇用政策
出所:三菱総合研究所

政労使で対応進めるドイツとスウェーデン

①の在職時からの支援を行っている国として、日本同様に自動車を基幹産業とするドイツを紹介したい。ドイツでもGXの雇用影響は大きいと予測される。これに対して、従来キャリアのスタート時に向けた「初期訓練」において定評のあった「デュアルシステム(理論と実践の組み合わせによる職業訓練)」などの能力開発制度を、就労中の労働者を対象とする「継続訓練(就業後のリスキリング)」にも広げるべく、国家継続訓練戦略(NWS)を策定し、政労使のパートナーシップのもとで、就労時かどうかを問わない実践的な能力開発プログラム提供が始まっている。地域別に産業集積の進んでいるドイツでは、従来から技術革新に伴う「ワンノッチ型」のキャリアシフトについて、同一産業内でスキル・ノウハウの共有を図る仕組みを有してきたが、NWSは人的資本の再形成を図る必要のある「再チャレンジ型」のキャリアシフトを志向しているといえるだろう。

②の戦略的支援の例としてはスウェーデンが挙げられる。同国では労働移動発生を前提に、労使があらかじめ再就職支援機関を設置し、勤続年数に応じた余裕ある解雇予告期間を設けている。その期間を用いた再就職先斡旋、能力開発機会の提供などを通じて、高生産性部門への戦略的な労働移動を実現している。

日本でも労働移動をタブー視せず政策転換を

両国に共通するのは、政労使が協調して、能力開発や再就職支援などの制度を構築・運用し、雇用の流動性を前提に個人のキャリアを支援する仕組みに投資していることである。

そして、こうした施策の背景には、税・社会保険料などの財源負担や労使からの資金拠出に対する社会的な合意※2があることも忘れてはならない。

また、両国ともにこれらの仕組みを確立する過程では失業率の上昇、企業の倒産や資本集約などの困難を克服する必要もあった。日本は、こうした側面も踏まえた上で、GXへの対応を契機に、将来性のある産業・職業への円滑な労働移動を政労使が協調して支援していくべきだ。

産業構造転換を正面から受け止め、雇用政策の大転換を図り、今後の日本社会と働き手にとって新たな可能性を切り拓く第一歩を、政労使の立場を超えて、日本社会で働く全員が踏み出していくべき時期が来ている。

※1:失業給付などの受給を再就労への活動とセットにした方式。

※2:両国では、経営者団体と労働組合などが社会的パートナー関係を構築し、労働条件や負担の在り方などに関する協約を法律よりも優先させるかたちで労働市場を整備してきた。このように経営者と働き手が自律性を保ちながら交渉するプロセスが、社会的合意を形成する基盤になっている。