コラム

MRIトレンドレビュー人財デジタルトランスフォーメーション

求職者支援に産業転換の視点を

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2021.8.3

キャリア・イノベーション本部奥村隆一

MRIトレンドレビュー
政府は、コロナ禍の下、経済と感染対策のバランスに苦慮している。感染爆発が予見される際は一時的にでも経済活動を抑制せざるを得ないが、その影響は就業者に降りかかる。特に失業ないし労働時間の縮減といった負の影響を受ける可能性が高いのは「非正規社員」だ。しかし、能力開発には時間がかかるため、仕事の機会が減少している時こそ非正規社員の成長を積極的に支援するタイミングとも考えられる。そこで、非正規社員を対象とし、産業構造の転換を見据えた「リスキリング」の制度創設を提案する。

高まる「非正規社員」の存在感

世界の新型コロナウイルス感染者数は2021年7月末時点、累計で1.9億人を超え、なお拡大を続けている。内閣府は「その影響の大きさは、過去の代表的な経済危機である大恐慌や、リーマン・ショックに端を発した世界金融危機に匹敵するとの指摘もある」としている※1。「100年に1度」と言われる未曾有(みぞう)の事態であるが、まさにこの時こそ転機とすべきかと考えている。特に、非正規社員の人的資本開発が、日本全体の労働生産性の水準を底上げする可能性を持つことを本コラムでお伝えしたい。

非正規社員とはパートタイマー、契約社員、派遣社員、嘱託などの総称である。「非」とあるように、通常の、つまり「中核的な人材」としての正規の社員とは異なる、例外的、補完的な人材のニュアンスがこの語には込められている。しかし、今や全就業者の3割を占め、日本経済を支える上で無視できない規模となりつつある(図1)。

確かに、今から30年以上前の1985年には、非正規社員といえば世帯主の夫の収入をベースに、妻がパートタイマーなどで補助的に支える図式が一般的であり、非正規社員の数も雇用者全体の16.4%にすぎなかった。しかし、2020年の時点で非正規社員の世帯主は全国で400万人を超えている(うち男性314万人、女性118万人)。しかも、男性に限れば、非正規社員全体の約半数が世帯主である。非正規社員の数は1990年代後半に自営業者を追い抜き、その後も増加を続け、30年間で2.6倍になっている(図1)。このペースで増え続ければ、非正規の数は今後20年もたたないうちに正社員数を上回る可能性すらある。
図1 雇用形態別の就業者数の推移
図1 雇用形態別の就業者数の推移
注:カッコ内のパーセンテージは就業者全体に占める割合

出所:総務省「労働力調査」などを基に三菱総合研究所作成

職種の需給大ミスマッチ時代

非正規社員の数を職種別に見てみよう。厚生労働省の「労働力調査」によるとサービス職(446万人)が首位で、事務職(402万人)が2位となっており、販売職、運輸職、生産職、専門技術職が続く。同省の「賃金構造基本統計調査」によると、非正規社員(「正社員・正職員以外」)の年収額は正社員(「正社員・正職員」)に比べてかなり低い水準にある。例えば事務職や生産職の場合は正社員の6割程度(それぞれ300万円強、300万円弱)、販売職の場合は正社員の5割程度(約250万円)となっている(図2)。
図2 雇用形態別職種別の年収額(2020年)
図2 雇用形態別職種別の年収額(2020年)
注1:吹き出しは「正社員・正職員」に対する「正社員・正職員以外」の年収額の割合。
注2:現金給与額を12倍し、年間賞与等を加えたものを年収額とした。

出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を基に三菱総合研究所作成
非正規の事務職や生産職に着目すると、「年収水準」以外の問題もある。早晩、大量に過剰になる、つまり「職を失うリスク」を抱えているのである。これは非正規社員に限ったことではないが、当社の推計によると向こう10年以内に事務職や生産職は100万人規模で余剰が生じ、逆に、専門技術職は同程度以上の不足が予測されている(図3)。日本の労働市場は間もなく「職種の需給大ミスマッチ時代」を迎えることになるのである。
図3 ポストコロナの人材需給バランスの推移(2015 年対比、職業分類別)
図3 ポストコロナの人材需給バランスの推移(2015 年対比、職業分類別)
前記で触れた通り、就業人口に占める非正規社員の割合は一貫して増加を続けている。理由の一つとして考えられるのが、「企業によるクリームスキミング」(収益力の高い人材への絞り込みとコスト投入の重点化)である。正社員に対しては解雇規制が強いため、あらかじめ確保する人材を厳選した上で、OJT(社内訓練)などで集中的に人材開発を行い中核的な業務を担わせる。一方、非中核的な業務や定型的な業務の遂行にはコストの低い非正規社員を充てる。景気・需要変動への柔軟性の向上と総人件費の圧縮が期待されるこの戦略を採用する企業が多いために、就業人口に占める非正規社員割合の上昇に影響を及ぼしていると推察される。

加えて、就業人口全体の中でボリュームゾーンになりつつある「非正規社員」の労働生産性が低いことが、日本の労働生産性が国際的に見て低いままにとどまっている背景要因の一つ※2と思われる。教育投資の効果が発現するには長いスパンがかかるという事実を踏まえると、企業が短期的な利益を追求する場合は、教育投資を行う必要のない人材(非正規社員)を一時しのぎ的に活用する方向に傾きやすい。

このような状態が続くと、社会全体で見た時に就業者の人的資本の総量は高まらず、日本の労働生産性は低い水準にとどまってしまう。入社から定年までの長期的な観点に立った人材育成の仕組みと、日々の業務遂行を通じたOJTによる教育機会のある正社員とは異なり、非正規社員はなかなか企業による能力開発支援の恩恵を受けられない。さりとて自己学習も活発に行っているわけでもなく(図4)、人的資本形成メカニズムは機能していないと言わざるを得ない。この問題を解決するインセンティブを企業単位では持ちづらいため、解決は社会全体で図るしかないと思われる。
図4 就業形態別のリカレント学習の実施率(2020年)
図4 就業形態別のリカレント学習の実施率(2020年)
注:対象は正社員(2,693)、非正規社員(1,052)、自営業(451)(カッコ内はサンプル数)

出所:当社のアンケートパネル「生活者市場予測システム(mif)」が2020年6月に実施した調査より

ダボス会議が注目する「リスキリング」とは?

近年、「リスキリング(re-skilling)」という言葉が注目されつつある。職業能力の再開発、再教育を意味している。世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で2020年1月、「リスキリング革命」と題して「2030年までに世界で10億人をリスキルする」ことを目標とした「リスキル革命プラットフォーム」の構築が宣言された。

リカレント教育と似た概念だが、「リカレント」が生涯を通じた継続的な学びによって人生を豊かにするニュアンスを持ち「教育」と「就業」の行き来を重視するのに対し、「リスキリング」では、職業能力の向上に力点を置いた新たなスキル獲得の側面が重視されている。VUCA※3の時代と言われる今日の経済社会においては、保有スキルの急速な陳腐化と必要とされるスキルの大幅な変化が生じている。リスキリングという概念が注目されているのは、就業者に、このような環境変化に適応するための能力開発が求められているためである。

コロナ禍における人的資本形成には、この「リスキリング」の発想が特に重要と考える。厚生労働省の「能力開発基本調査」(2019年)によると、非正規社員が自己啓発の活動を行う際には次のようなネックがあることが分かる。まずは「学習時間の確保」である。「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない(35.5%)」「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない(35.3%)」が問題点の第1位と第2位を占める。第3位は「費用がかかりすぎる(31.5%)」である。続いて、「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない(27.0%)」「自分の目指すべきキャリアがわからない(24.8%)」など、「内容」に関する課題や、「手段」「効果・評価」に関する課題となっている。

学習のための時間が取れない点は、正規、非正規、自営業を問わず就業者共通で挙げられる最大の課題だが、コロナ禍ではいささか状況が異なる。下図は、1年前と比較したときの就業者の数を月別に見たものである(図5)。最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月ごろから一貫してマイナスとなっており、しかも100万人規模で減少しているのは「非正規社員」のみである。データには表れにくいが、失職には至らなくても、仕事量が少なくなり勤務時間が縮減している人もいる可能性がある。非正規社員の中にはコロナ禍に入って比較的、時間を確保しやすい人が出てきていると考えられる。
図5 就業者数の変化(前年同月比)
図5 就業者数の変化(前年同月比)
出所:総務省「労働力調査」を基に三菱総合研究所作成
では、どのような学習手法が能力開発に有効なのだろうか。当社が保有する約2万人の就業者データを活用し、年収額と正の相関のある学習メニューの分析を行ってみよう※4。年収の多さに影響を与える要素は、もちろん「学習」だけではない。性別や年齢、学歴、就業形態や職種、さらには就労観など、年収額と関係のある変数の影響を取り除くため、統制変数としてこれらを投入し回帰分析を実施した結果、学習メニューとしては、対象とした12のメニューのうち、講演会への参加を通して学習する、インターネットのオンライン講座で学習する、社会人大学院で学習する、の3点において、有意な正の相関が確認された。

このうち、「オンラインでの学習」は、近年急速に普及してきた学習メニューである。多様な教育サービスプロバイダーが参入し、コンテンツも充実。アクティブラーニングの手法を取り入れた、より個別性の高いサービスも出始めている。接触を避けられるのでコロナ禍に適した学習手法といえる。

産業構造の変革に貢献する人材を育てる

非正規社員の学びを促す制度や事業はいくつかある。第1は「雇用調整助成金における教育訓練」。雇用調整助成金制度をベースとしており、就業者に教育訓練を実施することにより助成金額が上乗せされる。職業、職務の種類を問わず、職業人として共通して必要となる訓練(接遇・マナー研修など)が中心である。事業主に対して助成する点が、ここで紹介する他の仕組みと大きく異なる。ただし、対象は雇用保険加入者のみであり、一部の非正規社員は対象外となる点が課題である。

第2は「求職者支援制度」である。雇用保険を受給できない求職者が対象であり、多くの非正規社員が支給対象になると推察される。ビジネスマナー、コミュニケーション技術、IT、事務、医療事務、介護、デザイン、建築、美容などで基礎コースと実践コースの2タイプがあり、無料の職業訓練の実施と受講手当10万円/月(一定の支給要件を満たす場合)の支給、就職支援が一体的に実施されるところに特徴がある。

第3は「IT人材育成支援事業」である。上記の2つが国の仕組みであるのに対し、こちらは東京都の独自事業である。対象は35歳以下の失業者(休職中)および非正規社員で、成長産業であるIT分野への就職を促す能力開発支援である。スキルの習得支援と求人開拓などの再就職支援がセットなのが特徴である。ITの基礎知識に加え、ネットワークエンジニア、サーバーエンジニア、ソフトウエアエンジニアから1つ専門領域を選択して受講する。成長産業に焦点を当てている点で、他の2つにはない戦略性が感じられる。

就業者に対する日本の能力開発支援策の問題点の1つは、産業構造の転換に向けたリスキリング政策の観点が弱いことである。諸外国では、政府が今後の成長領域に絞り、速やかかつ重点的な人的資本投資を実施している例が見られる。例えば、米国では州ごとに医療やITなど成長産業を選定して最先端の職業訓練を強化している。スウェーデンではCO2の排出量マイナスを目標に、森林保全の専門職や電気自動車関連の技術者などを育成している。デンマークでは欧州連合(EU)の「グリーンリカバリー※5」に沿った産業構造の転換を意図し、気候変動対策の職業訓練を行うと給付がアップする仕組みを導入している※6。日本においても、就業者に対して、新産業創出、産業構造の転換を見据えた戦略的な人的資本形成支援政策の立案・遂行が望まれるところである。

冒頭で概観した通り、数百万人もの不足が見込まれる専門・技術職の育成は、日本社会における喫緊の課題の1つとなっている。専門・技術職の中で特に産業構造の転換の大きな鍵を握るのは、「デジタル人材」であろう。今般のコロナ禍において、対面によるサービス提供を基本とする飲食、宿泊、旅行業、エンタメなどの「生活娯楽関連サービス」の企業の中には、事業を継続する必要性から、いち早く非接触、遠隔に対応したビジネスモデルに積極的に転換を図ろうとしている事例が見られ、ビジネスモデル転換にデジタル技術を活用した取り組みが数多く含まれている(表1)。もっとも、DXは幅広い業界で行われており、デジタル人材を求める企業の業界は生活娯楽関連サービスの企業に限らない。技術系(IT・通信)の職種の場合、求職者一人当たり8件以上の求人※7がある。こうした求人倍率の高さが、多様な業種の企業においてデジタル人材が求められていることを裏付けている。
表1 生活娯楽関連サービスにおけるビジネスモデル転換の事例
表1 生活娯楽関連サービスにおけるビジネスモデル転換の事例
出所:各種Webサイト記事を基に三菱総合研究所作成

「デジタル・リスキリング制度」の創設を

以上の点を踏まえ、非正規社員(失業中を含む)を対象に、現在の「求職者支援制度」を拡充する形で、デジタル人材を育てる教育訓練、生活費支援、就職支援をセットで行う「デジタル・リスキリング制度」の創設を提言したい。今後10年以内に、多数の事務職・生産職が過剰となり、専門技術職は大幅な不足が見込まれる。ウィズ/ポストコロナ時代において、デジタルトランスフォーメーション(DX)によるビジネスモデル転換や新事業の創造は不可避であり、経済・産業の成長の主要な要素の一つであるデジタル人材の育成に焦点を当てた政策を実施すべきとの発想に基づく。

「デジタル人材」と一口に言っても捉え方はさまざまだが、人材像が不明確ではどのような教育プログラムを提供すればよいのかが定まらない。そこで、一つの考え方を示したい。
表2 デジタル人材の類型
表2 デジタル人材の類型
出所:三菱総合研究所
これは当社が考えるデジタル人材の姿である(表2)※8。4つの類型に分かれており、極端に数が不足しているのは、一番右列に示す「エンジニア、プログラマー、データサイエンティスト」である。ただし、プログラムが書けるようになるだけでは生涯にわたる継続的なキャリア形成には十分とは言えない。知識やスキルだけでなく、プレゼン力や人脈形成力といった非認知的な能力を高めることのできる学習プログラムの提供が求められている。しかも、その「質」も重要である。

独立行政法人労働政策研究・研修機構が求職者支援制度の利用者に行った調査では、表2に示すような利用者の指摘を整理した上で、「利用者の中には、正規就労経験が豊富で就労に向けての基礎スキルなどは既に十分に習得している層が多分に含まれており、そうした対象層向けにより高度で専門的な職業訓練の提供の可能性は模索される必要がある」「訓練内容に関わる専門知識そのものが問題となるというよりは、むしろ「やる気の無い講師」「講師のくだらない世間話、下ネタ、TV話」「講師の教え方」「講師の方が、 コミュニケーションがあまり得意な方ではなかった」など、講師としての資質や教え方の問題についての記述が目立つ」と指摘している※9

いわゆる日本的な雇用システムは、一般に「メンバーシップ型」と呼ばれ、多くの日本企業は正社員を、長い期間をかけて育てようとする。既に述べた通り、非正規の場合は企業からの能力開発支援が相対的に脆弱(ぜいじゃく)である。これでは正規と非正規の能力格差は広がるばかりである。いささか極端な意見かもしれないが、正規と非正規の間にある能力格差と賃金格差を縮めるためには、非正規社員に対して、むしろ正社員向け以上の良質で高度な学習サービスを政府が提供すべきではないだろうか。

本コラムで提言する制度は、失業ないし仕事が減少傾向にある非正規社員を対象に、給付金の支給とともに数カ月から半年程度の間、集中的にデジタル人材の育成を目的とした双方向型オンライン教育プログラムを提供するものである。これにより、非正規社員の人的資本の向上を図り、生産性および賃金の向上を通じて日本経済の底上げを目指す(表3)。
表3 「デジタル・リスキリング制度」の概要(案)
表3 「デジタル・リスキリング制度」の概要(案)
*1:座学については、プログラミングスキル、データベース知識、ビッグデータに関する知識、UX(ユーザエクスペリエンス)デザインの知識、数学、統計処理に関する手法・技術、ロジカルシンキング、プレゼンスキル、コミュニケーションスキル、情報収集スキルの中から選択
*2:「4.給付金」の内容は2022年3月末まで。以降は、求職者支援制度と同一の給付水準・条件に合わせる

出所:三菱総合研究所
全く新しい制度を創設するのは時間がかかる。類似の制度である「求職者支援制度」をベースに、一部の内容を変更・拡充する形で設計・導入するのが現実的と考える。求職者支援制度は、多様な職業スキル・知識の習得を目的とした訓練コースを用意しており、主に対面型の集合研修形式を採用しているのに対し、本提案はデジタル人材育成につながる学習プログラムに特化するとともに、自宅などから学べるオンライン型の講義形式を想定している。

求職者支援制度の3本柱である、学習、給付金、就職支援を維持しつつ、デジタル人材の育成に特化するのである。認知的な能力(プログラミング言語の習得など)のみならず、非認知能力の向上も図ることのできるよう、オンライン上でのワークショップなどの集合型研修を組み合わせることもポイントである。

なお、政府が教育コンテンツを作る必要はない。既に、Udemy、LinkedIn ラーニング、Schooなど、多様な教育サービスプロバイダーが、良質なeラーニングコンテンツを提供しているので、これらのサービスを有効活用し、組み合わせれば十分であろう。

求人企業とのマッチングについてはひと工夫が必要と考える。「求職者支援制度」ではハローワークを通しているが、ハローワークに求人申し込みを行っている企業には民間の職業紹介事業者に対価を支払う余力の乏しい企業が多く含まれている。このため、求人の年収幅はハローワークの場合、おおむね220万~550万円の案件が多いのに対し、民間職業紹介事業者の場合は800万円超などの高収入案件も多い※10。仮にマッチングが奏功しても、報酬水準など処遇面に不満の生じる可能性がある。民間企業とサイト上でマッチングを行う東京都の事業を参考にするか、民間の職業紹介事業者と連携してマッチングを行う立て付けにした方がよいだろう。

「デジタル人材の育成」は国家的なビッグアジェンダで、1~2年でなしうるものではない。あくまでコロナ禍を制度創設の契機としつつも、少し長い期間の実施が望まれる。例えば、制度施行の5~10年程度後に効果などの評価を行い、継続の可否を判断することが考えられる。

前述の通り、日本の雇用システムにおいては、企業内での業務遂行を通じた能力開発(OJT)が、就業者に対する人的資本形成の主要な役割を担っているため、非正規社員として職業生活が始まる場合は人的資本が蓄積されにくく、長い間に正規と非正規の間に大きな能力格差が生じる。その典型が「ロスジェネ※11」世代である。現在40代で非正規の世帯主の中には、就職氷河期に正社員になることができず、自身の能力の開発と発揮に制約を受けた層が含まれている。非正規のデジタルスキル獲得・向上を通じた職種転換や正社員への雇用形態の転換が進めば、本人のワークモチベーションと収入の増加が見込まれ、さらには家計消費の活発化も期待される。

人口減少下の日本では人的資本をはじめとした「無形資産」への関心が急速に高まりつつある。ところが、就業者の能力開発の議論は正社員に集中し、非正規や自営業は蚊帳の外となっているのが実態である。就業者の3割を占める非正規社員の人的資本向上は、非正規社員自身の処遇向上につながるだけでなく、日本の労働生産性を高め、経済再生を果たす鍵となるとの観点を持つことが大切である。コロナ禍をとらえて国は今こそ、非正規への人的資本投資に注力すべきである。

※1:内閣府「世界経済の潮流 2020年 I」(2020年11月)
https://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh20-01/s1_20_1_2.html(閲覧日:2021/7/26)

※2:非正規社員の労働生産性を把握するのは困難であるが、労働生産性と賃金との間には正の相関が認められていることから、「賃金の大きさ」が長期的に「生産性の高さ」を反映しているとしたら、相対的に賃金水準の低い非正規雇用者の割合が増加している現状では、日本全体の労働生産性は上がりにくい構造にあると考えられる。

※3:Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(あいまい性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字を並べた語。

※4:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」より集計。対象は正社員(2,693)、非正規社員(1,052)、自営業者(451)(カッコ内はサンプル数)。「実施率」は就業者全体。性別、年齢、年齢二乗、最終学歴(四大以上)、就業形態(自営業、正社員、非正規社員、その他)、職種(12タイプ)、就業に関するパーソナリティでコントロールした。2020年6月に実施。

※5:環境を重視した投資などを通して、新型コロナウイルス感染拡大からの経済復興を図ろうとする手法。

※6:「産業構造の転換に向けた「職業訓練」」(NHK 「クローズアップ現代+ “コロナ失業” 職業訓練は雇用を救えるか」 、2021年1月27日放映)

※7:パーソルキャリア株式会社「doda 転職求人倍率レポート」
https://doda.jp/guide/kyujin_bairitsu/(閲覧日2021年6月1日)

※8:当社コラム「DX成功のカギはデジタル人材の育成 第2回:DX推進に求められる「デジタル人材」とは?」 (2020年5月28日)を基に作成。

※9:独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働政策研究報告書 No.181 求職者支援制度利用者調査」(2015年)

※10:日本経済新聞 2021年5月28日付「民間求人情報、政策に反映」

※11:1970〜1982年に生まれ、就職氷河期に就職難を経験した人たちのことを指す。

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