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能登半島地震から「超高齢社会」防災を考える

生活者目線で組み立てる地域の防災
2024.4.1
 古市 佐絵子

社会インフラ事業本部古市佐絵子

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INSIGHT

能登半島地震は、深刻な過疎と高齢化が進む地域を直撃し、「超高齢社会における防災」の課題が顕在化した。さまざまな対策が考えられるが、その地域で長く大切にされてきた生活者の暮らしを無視した「べき論」では地域防災は前に進まない。
生活環境を大きく変えることは困難であることを前提に、生活者に寄り添いながら防災性を高めることは可能だろうか。

「生活環境を極力変えない防災」

能登半島地震で被害が大きかった輪島市・珠洲市の65歳以上の人口比は49%であり全国平均を大きく上回る。南海トラフ巨大地震で震度5強以上の大きな揺れが予想される地域のうち、2040年までに輪島市・珠洲市と同程度の高齢化が進む市区町村は、20%にも上る(表1)。「超高齢社会」を迎える日本は、今回の地震から何を学び取るべきだろうか。

能登半島地震で顕在化した課題の背景には、人の高齢化に加えて地域の高齢化がある。例えば、輪島市・珠洲市では、住宅の約半数※1が、昭和56年以前に着工されたものであり、耐震基準は現在より低い水準にあった。居住者が高齢になるほど住み替え・改善意向が顕著に低下する(図1)ことから、個人住宅の耐震化や住み替えは進まなかったと想定される。

また、今回の地震では石川県主導で被災地以外の避難先へ避難する「2次避難」の環境を十分に準備したが、高齢者が躊躇してうまく避難が進まないという課題も見えてきた。その一因として、高齢化とともに円熟したコミュニティが形成されてきたことも考えられる。地域の役割分担や主治医の存在など「長年のコミュニティ」と「それに紐づく日常」は、高齢者の生活を支える資源となっている※2。高齢になるほど生活していく中でコミュニティの価値が高まり、結果として住み慣れた場所を離れたくないという心情が強くなるのではないだろうか。

概して高齢者は、心理面・健康面・地域社会とのつながりなど、さまざまな理由で「生活環境を変えづらい」状況が見えてくる。今回の地震は、こうした前提に立ちながら、どうすれば防災性を高めることができるか、という難問を投げかけていると言える。
表1 南海トラフ巨大地震で大きな揺れが予測される地域の高齢化
出所:下記資料を基に三菱総合研究所試算
資料:令和2年国勢調査(総務省)、日本の地域別将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所)、令和6年能登半島地震に係る被害状況等について(内閣府・令和6年2月22日)、南海トラフの巨大地震による津波高・浸水域等(第二次報告)及び被害想定(第一次報告)について(内閣府・平成24年8月29日発表)(閲覧日:2024年2月26日)
図1 家計主の年齢別の住み替え・改善意向
注:国土交通省の資料によると、65歳を超えると顕著に住み替え・改善意向が下がる。また、高齢期の住み替えの課題の最たるものは、資金・収入等の不足である。さらに、今後の住み替え・改善意向がない理由として、「住み慣れていて離れたくない」が年齢とともに増加(30歳代27.9%, 40歳代39.2%…と徐々に増加)し、75歳以上では68.0%に上る。

出所:国土交通省, 2023, 平成30年住生活総合調査報告書(確報集計)(令和5年4月28日修正版掲載)を基に三菱総合研究所作成
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001358279.pdf(閲覧日:2024年3月8日)

「超高齢社会」を見据えた防災、3つの方向性

地域・都市が変化する様子を5つの層に分けて解説した「五層モデル」がある。モデルに示されている5層のうち、生活者と関わりが比較的深い第三層=社会基盤施設の層、第四層=土地利用・建築空間の層、第五層=生活活動の層の3層に着目し、これからの超高齢社会を見据えた地域防災のあるべき姿を検討する。

社会基盤施設の層 —自律分散型の生活インフラの普及

能登半島地震では、水、電力などの生活インフラが大きな被害を受け、復旧遅延により避難者の生活水準は大幅に低下した。特に、高齢者にとっては災害関連死にもつながりかねない厳しい条件となった。対策としては、ネットワーク切断の影響を受けない「自律分散型の生活インフラ」の普及が、強く求められる。まずは、給電・発電できる車、小規模分散型水循環システム(図2)など、を活用して、日常生活で使う電力や水の確保から着手することが望ましい。防災広場に「かまどベンチ」や「防災井戸」などを置く取り組みも広まっている。

これらの設備を日常的に活用する、個人所有のものを相互に活用し合うことによってコミュニティ・地区での利用が広がれば、災害時にも防災施設として有効に機能するだろう。
図2 災害時に電力や水を確保するイメージ
出所:三菱総合研究所

土地利用・建築空間の層 —高齢者施設等の立地誘導と防災拠点化

能登半島地震では、最新の建築基準(2000年基準)を満たした住宅の被害は、わずかに留まった可能性が指摘されている。本稿執筆時点(2024年2月25日)では本格的な調査は始まっていないが、この事実が確認できれば、熊本地震(2016)に続き※3、住宅耐震化対策の有効性が明らかになる。一方で、前述の通り高齢者の住宅改善に対する意識は低く、地域全体の耐震化の遅れが懸念される。

これに対して、高齢者を含む災害時要支援者が日常的に集まって暮らす場所(老人ホーム、病院など)や、主要な都市機能に対する優先的な立地誘導、耐震化、社会福祉施設等への防災拠点型の地域交流スペース整備など、地域と事業者が連携して組織的に進められる対策は、解決の糸口となろう。これらの対策は高齢者本人の安全確保にとどまらず、災害時の消防・警察・自治体などの負荷軽減にもつながる。また都市機能の充実が「引力」となって人口流入が進み、安全かつ経済的にも豊かな地域の実現も期待できる。超高齢社会に対応した防災だが、若者や「平時」のことも考慮しながら、柔軟に発想することが肝要だ。

生活活動の層 —日常生活圏を共有する自治体間の連携

2次避難の定着は、被災者の健康・衛生状態維持のみならず、被災地自治体の負担※4軽減にもつながる。しかし輪島市・珠洲市と2次避難受け入れ先の金沢市は100km以上の距離があったため、それが高齢者の2次避難を躊躇させた一因とも言われている※5。高齢者は特に長距離移動が負担になるため、被災時に限らず、可能な限り日常生活圏内で容易に移動できる手段を確保するなど、共有する自治体間で連携施策を検討する必要がある。

連携中枢都市圏構想※6や観光地域づくり法人※7など、数10km圏域での自治体間連携施策は既にある。仮に防災に対するこうしたニーズを自治体や圏域で受け止めきれない場合でも、防災を直接の目的としないこれら既存の連携施策を活用しながら、ニーズの集約・調整を担うことによって、防災施策の実効性の高めることが重要である(図3)。
図3 五層モデルと地域防災のあるべき姿
出所:岡田憲夫, 2005, 「災害リスクマネジメントの方法論と経済分析の交差」 多々納裕一・高木朗義 『防災の経済分析』 勁草書房、岡田憲夫, 2017, 地域・都市システム論としてみた総合防災と安全・安心のまちづくり, 災害復興研究(別冊), pp. 39-49.を基に三菱総合研究所作成

総合知の発揮により安全な超高齢社会を

能登半島地震は、超高齢社会における防災面の脆弱性とその解決の難しさを明らかにした。撤退論を完全に否定するものではないが、そこに住む人たちの日常生活の中長期的な充実、満足、尊厳とも向き合いながら、災害での被害を最小化し得る地域社会への移行を考えていくべきである。

本稿では、超高齢社会における防災の課題解決に資する具体策として、既存の政策の活用や、給電・発電できる車、小規模分散型水循環システムといった民間製品などを、例示した。主目的が防災でないものも多く、実現に向けては、防災の観点から課題を再設定し、地区ごと、自治体と企業、自治体間など、さまざまなレベルで連携して検討を進めることが必要だ。

能登半島地震以前から、内閣官房の国土強靱化推進室は各省庁間の防災政策の連携に取り組んでいた。また、当社も2023年9月より「レジリエントライフプロジェクト」※8に参加し、災害時にも困らない社会・個人の日常生活の実現に向けて、非防災セクターを含む会員企業とともに取り組みを開始した。超高齢社会における防災という難問に怯むことなく取り組むことで、社会全体を安全・安心な方向へと進化させる原動力にしていきたい。

※1:輪島市の耐震化率は45%、珠洲市の耐震化率は51%、全国の耐震化率は87%である。
資料:
輪島市耐震改修促進計画
https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2018063000019/file_contents/taishin_20200401.pdf(閲覧日:2024年3月1日)
珠洲市耐震改修促進計画
https://www.city.suzu.lg.jp/uploaded/attachment/2024.pdf(閲覧日:2024年3月1日)

※2:65歳以上の男女では、そのまま住み続けたいが最も多い(男性65~74歳51%、75歳以上75%、女性65~74歳58%・75歳以上33% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない)。年齢が上がるほど「近隣住民や地域との交流・つながり」が必要であると回答する割合、参加している割合が増える(男性65~74歳88%、75歳以上94%、女性65~74歳81%・75歳以上100% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない。脚注図4)。参加する理由では、おおむね高齢者層では「地域の活性化に貢献したい」という地域への愛着を示す回答が増える(男性65~74歳53%、75歳以上45%、女性65~74歳48%・75歳以上50% ただし75歳以上女性のサンプル数は10名と少ない)。
資料:国土交通省, 2015, 住生活に関する意識調査の結果概要
https://www.mlit.go.jp/common/001090307.pdf(閲覧日:2024年3月8日)

脚注図4 近隣・地域との交流・つながりに関する考え
出所:住生活に関する意識調査の結果概要・国土交通行政インターネットモニターアンケート2015年を基に三菱総合研究所作成

※3:例えば国土交通省によれば、熊本地震において、被害の大きかった益城町中心部における木造家屋のうち、2000年6月以降に建築されたものの倒壊・崩壊率は2.2%にとどまった。それ以外の同比率は1981年6月~2000年5月に建築されたもの8.7%、1981年5月以前に建築されたもの28.2%であった。
資料:国土交通省, 2016, 熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会報告書
https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000633.html (閲覧日2024年2月25日)

※4:東日本大震災(2011年)発生後の岩手県宮古市役所では、日々約15~30%の職員が避難所関連業務に従事した。
資料:岩手県宮古市, 2012, 東日本大震災における災害対応行動の検証
https://www.city.miyako.iwate.jp/kikikanri/saigaitaiou_kensyo.html(閲覧日:2024年2月25日)

※5:藤見ら(2009)による新潟中越地震(2004年)被災者に関する分析は、「自宅からの距離」は、特に、実際に被災した者の生活復興期における住宅選択の判断基準として有意な効果があることを明らかにしている。
資料:藤見俊夫・多々納裕一, 2009, 災害後の応急・復興住宅政策がもたらす便益フローの定量評価, 土木学会論文集D, 65巻3号, pp. 399-412.

※6:総務省の定義によると、「地域において、相当の規模と中核性を備える圏域の中心都市が近隣の市町村と連携し、コンパクト化とネットワーク化により「経済成長のけん引」、「高次都市機能の集積・強化」及び「生活関連機能サービスの向上」を行うことにより、人口減少・少子高齢社会においても一定の圏域人口を有し活力ある社会経済を維持するための拠点を形成する」構想。
資料: 総務省
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/renkeichusutoshiken/index.html(閲覧日:2024年2月26日)

※7:観光庁の定義によると、「地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人」のこと。
資料: 観光庁
https://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000048.html (閲覧日:2024年2月26日)

※8:当該HPによると、「レジリエントライフプロジェクトは、自然/社会/個人に起因するあらゆるリスクに備え、困難への適応力・回復力・成長力を高めながら、より豊かな毎日の実現を目指す取り組み」。
資料:レジリエントライフプロジェクトHP
https://resilient-life-project.i-resilience.co.jp/(閲覧日:2024年3月1日)

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