コラム

関東大震災100年 防災新時代への提言防災・リスクマネジメント

防災投資のカギを握る災害インパクトの事前評価

インフラのレジリエンス強化で災害リスクに備えよ

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2024.4.25

社会インフラ事業本部田中良明

井上 剛

小宮山直久

関東大震災100年 防災新時代への提言
切迫する巨大地震や気候変動などを背景に災害リスクが高まる中、有効な対策となるのがインフラへの事前の防災投資だ。ひとたび大災害が発生し、老朽化が進む日本のインフラが被害を受ければ、社会にもたらす影響は計り知れない。防災投資の促進のためには、災害発生がもたらす多面的なインパクトを詳細に事前評価することが第一歩となる。本コラムでは、災害インパクトの科学的な評価モデルを起点とした、社会のレジリエンス向上策を提言する。

重要性の高まるインフラへの事前の防災投資

日本の社会や産業を支えてきたインフラ(道路、橋梁、上下水道、用水など)は、(1)高度成長期に整備が集中していたため老朽化が進行し、(2)過去の周期から見た巨大地震の発生確率の上昇や地球温暖化などによる大雨・台風の激甚化で災害リスクが高まっている状況にもかかわらず、(3)財政難で維持管理や更新がままならないという「三重苦」の時代に突入している※1。2024年1月に発生した能登半島地震について現時点で報告されている内容から見ても、建設から相当年数が経過し老朽化したインフラが被害を拡大し、迅速な復旧を妨げている主要因の1つであると考えられる。

このような厳しい状況下で南海トラフ地震など巨大災害に備えるためには、優先度を考慮した事前の防災投資によって、社会のレジリエンスを効率的に向上させることが必要である※2。つまり災害が起こる前に、災害に対して脆弱な場所や被害を受けた場合に深刻な影響を与えるインフラをできる限り詳細に特定し、より優先的・戦略的にインフラ投資を行うことが求められる。

「災害インパクトの評価」が防災投資を加速する

しかし現状では、日本において事前の防災投資が積極的に行われているとは言い難い。国の防災関係予算において、災害復旧などには近年の度重なる自然災害によって多くの予算が割かれる一方、災害予防へは2割程度しか配分できていない※3

また自治体がインフラ更新の優先度を決定する際も、災害リスクの考慮は限定的で、最適化されているとは言えない。例えば、経済産業省が公開する工業用水の施設更新指針※4では、優先度決定における災害リスクの考慮は施設や管路単体に対する耐震度の評価にとどまっている。地域における各施設・管路の機能、重要性や被害が起きた際の産業活動・社会生活などへの影響の大きさは、評価に含まれていないのが実情である。

政府・自治体としては今後、このような災害が及ぼす影響を多面的に把握した上で、事前防災投資を合理的かつ円滑に意思決定していく必要があろう。そのためには、発生しうる地域インフラ被害の実態を可視化し、災害がどのような波及的インパクトをもたらすのか、どこを優先的に対策すればコスト面も含めて被害低減に最も効果があるのかを、適切に評価する枠組みが不可欠である。

直接被害から波及効果まで多面的な評価が不可欠

一般的に、災害によるインパクトはインフラ自体の損壊といった直接被害にとどまらず、インフラを利用するあらゆる主体に対する供給停止の影響や、産業のサプライチェーン寸断などで生じる経済波及効果も含まれる。災害対策がもたらす社会的な効果を評価する際にも、このような影響の連鎖を考慮する必要がある。

しかし、このようなさまざまな要素を考慮したインパクト評価は現時点では運用されていない。自治体が行う被害想定などで一部概算として検討されているものの、意思決定の判断材料として十分な解像度の評価情報は整備されていないのが現状である。その要因として、インフラは公共・民間の異なる主体によって維持管理されていて状況を統合的に把握しづらいことや、上述のようなインフラ利用者への影響や地域経済への影響を評価することが技術的に困難であることなどが考えられる。

そこで当社では、災害によるインフラへの統合的なインパクトを評価する手法として、中部圏の工業用水管路を対象に、地震被害を想定した災害リスクおよび管路更新による災害リスク低減効果を推計する手法を、名古屋大学と共同で検討している。本手法は、地震をはじめとする自然災害の大きさや起こりやすさ(ハザードデータ)、インフラなどにおける災害への対策状況(アセットデータ)、インフラの利用者のデータ(需要家データ)などを入力することで、インフラの損壊箇所、利用者に対するインフラの供給停止日数、経済への波及影響といった災害リスクを定量的に評価できる。

また、災害対策前後の評価結果を比較することによって、個別の災害対策による経済効果についても評価できる。評価した災害対策の経済効果は、事前のインフラ整備計画において、各種災害対策をどの順番で実施すべきかなどの優先順位を検討するための情報として役立てることを想定している(図1)。同様の手法で、被災後の復旧優先順位の検討にも応用が可能である。
図1 災害によるインパクト評価手法の活用イメージ
災害によるインパクト評価手法の活用イメージ
三菱総合研究所作成

インパクト評価を起点に社会のレジリエンス向上を

迫る災害に備えて社会のレジリエンスを向上させるためには、当然ながら災害によるインパクトの評価で終わらせるのではなく、事前防災投資の促進やインフラ更新・維持管理の適正化などの活動につなげることが欠かせない。上記のインパクト評価手法は、防災に関わるあらゆるステークホルダー同士の対話を促進し、調整や意思決定を円滑にするコミュニケーションツールとして活用することが可能である。例えば、事前の防災対策による被害軽減効果がより明確に評価されれば、効果が不明瞭であるという理由で対策の実行を先送りにされるようなケースを防ぐ効果も期待できる。

今後、当社では以下の観点で「インパクトベース」の災害対策実行を支援し、社会全体のレジリエンス向上に寄与していく所存である。

インパクト評価の信頼性向上

インパクト評価手法の適用対象をさまざまなインフラや災害種別、地域に拡げることで、より説明性・信頼性の高い評価につなげることを検討している。例えば、工業用水以外のインフラを考慮できれば、異なる複数のインフラが連鎖的に被害を受ける状況を総合的に評価することも可能になる。

平時のインフラ維持管理におけるインパクト評価の活用

上述の通り、現状、インフラ更新の優先度決定における災害リスクの評価は限定的である。インフラへの直接被害だけでなく、インフラを利用するあらゆる主体への被害や経済への波及影響を含めた災害リスクをインフラの更新計画などに反映できれば、インフラ維持管理の高度化につながることが期待できる。

インフラ管理者との対話によるインパクト評価手法の使いやすさ向上

当社では現在、インフラ管理主体である地域自治体へ働きかけ、インフラ管理業務におけるインパクト評価手法の活用可能性や、導入に際して必要な機能などに関する対話を実施している。このような対話を通じて、インパクト評価手法をより使いやすいツールに改善し、地域自治体などにおける円滑な普及を目指す。

※1:「三重苦」の産業インフラで大規模災害に備える(MRIマンスリーレビュー2023年4月号 特集2)

※2:事前防災を未来のビジネスチャンスに(MRIマンスリーレビュー2020年7月号 トピックス3)

※3:内閣府「令和元年版防災白書」 附属資料33 年度別防災関係予算額

※4:経済産業省「工業用水道施設 更新・耐震・アセットマネジメント指針」 第2編 施設更新指針
https://www.meti.go.jp/policy/local_economy/kougyouyousui/02_shisetukoushinnshishinn.pdf(閲覧日:2024年4月24日)