レジリエンス

三重苦のインフラの更新優先度を可視化する 新たな評価ツールの将来展望

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インフラが抱える「三重苦」と、待ったなしの対応

MRIでは、災害対策効果を可視化し、対策の優先順位を検討するための評価ツールを開発しています。まずはこのツールを開発するに至った背景を教えてください。皆さん、どのような問題意識を持っていたのでしょうか。

東穗 かつては主に西日本が中心であった勢力が強い台風被害も、これまでそのような被害をあまり考えられなかった地域でも見られるようになりました。また関東大震災から100年が経過し、首都直下地震や南海トラフ地震をはじめ、繰り返しの発生周期を持つ巨大地震が、いつ起きてもおかしくない状況となっています。特に南海トラフ地震は「半割れ」により時間差でM8 - 9クラスの地震が発生し、被害を受け復旧が必要な地域と発災への備えが必要な地域が長期間・広域で同時に発生する可能性も、複数回大きな揺れに襲われる地域もあり、そうなると、単体で発生したときに対処できる中規模災害とは異なり、命はもとよりくらしや経済の維持の観点でも、被災地を周辺地域が支えるという従来の前提が成り立たなくなります。

今後、少子高齢化で担い手が不足するとともに国の財源が減ることが考えられますが、そのような中で、毎年のように起こる激甚化する風水害被害や地震からの復旧・復興の必要性から、防災予算は「災害発生後」の復旧復興に回される比率が高くなりました。東日本大震災以前は2割だった復旧復興予算の割合が今は5割以上を占め、予防になかなか回せていません(図1)。
図1 国の災害対応予算の現状
図1 国の災害対応予算の現状
注:補正後予算額(国費)。ただし2023年は速報値であり、当初予算。
出所:経産省資料「自治体へのサービス導入に係る現状と課題」(2023年3月)を基に作成
小宮山 日本のインフラは、「老朽化」「災害切迫・激甚化」「財政難」の三重苦に見舞われている状況です。私は普段、平時のインフラ管理に関わる業務を担当していますが、災害時のリスクは高まっていると言わざるを得ません。現在のインフラは、高度経済成長期に一気に敷設されたもの。すでに老朽化しているにも関わらず、多くの自治体で更新が進んでいない状況です。これを公助のみで対策するには限界があるため、新しい資金調達源の確保や官民連携による自治体の財政負担の軽減を推進することが求められますし、民間企業や周辺住民の協力が得られやすくなるよう、平時の管理から台風、水害などの被災リスクを地域で共有化する危機管理が必要です。
田中 南海トラフ地震も含め、モデルを使った定量的なアプローチで影響評価を行う研究は非常にたくさんありますが、それが「では備えなければ」という生活者の意識改革や、防災対策を計画・実施する自治体や民間企業の意思決定までつながっている事例は多くないのが現状です。影響評価がより活用されるためには、予測計算の精度向上ももちろん重要ですが、影響評価と生活者や意思決定者をつなげるための検討も大切だと思います。
田中研究員

評価ツールは名古屋大学との共同研究にて行っているものであり、平山先生にご協力いただき、多くの知見をいただきました。先生の災害対策やレジリエンスに対するお考えを伺えますでしょうか。

平山 私の研究の原点は阪神・淡路大震災です。当時、私は京都大学の学生で水道の研究をしていました。震災発生時は姫路に帰省していたのですが、後に震源からかなり離れている研究室でも被害が出たという話や、神戸の知り合いからいろんな話を聞きました。そこから水道システムをはじめとする災害対策の研究を続けて、もう20年以上になります。

日本の防災に対する考え方の根幹となるものは「災害対策基本法」ですが、その基本理念に「二度と同じ被害を繰り返さない」があります。これは裏を返すと被害が出ない限りは資金を投入できない、ということです。

防災分野では、予測モデルを精緻化したり、おのおのの専門性を高めることを追求してきましたが、例えば管路の被害を研究しながら、生活者はどのような影響を受けるのか、企業は事業継続のためにどういう対策が必要なのか、分野横断型の課題解決や目標達成がこれまでは希薄だったように思います。

しかし、先ほど三重苦の話がありましたが、環境変化に伴い、問題意識も変わってきています。南海トラフ地震の発生予測などを受けて、被害が出る前に国の防災対策が必要だという動きも出ています。

今回、MRIとの共同研究も、これまでのやり方を変えていくことで、新たな価値を生み出す、そういったところに意味があるのではないかと考えています。
平山准教授

リスク評価は活用されることが大切。分野横断が課題解決のカギ

おっしゃるように、専門分野は精緻化されても、周辺領域とどうつながっているかのイメージを持って対応できることが、大事になりますね。
同時に、平時と災害時のつながりを意識することも重要だと思います。平時の対策の目線から小宮山さんのご意見を伺えますか。

小宮山 従来は管路等、対象となる構造物の強度や老朽度のみを評価し更新計画を策定していました。しかしこれだけでは災害リスクを十分に評価できず、適切なリスク対策ができていないのではないか、という問題意識があります。例えば熊本地震における阿蘇地方の橋梁崩落です。橋梁の強度自体は問題なかったはずですが、付近に断層があったことにより崩落してしまいました。つまり、橋梁の強度だけでなく、周辺地盤の状況も含めた評価が必要ではなかったかということです。また、阿蘇大橋は国道であり、幹線道路でもあったので多大な影響を与えました。

インフラの平常時の維持管理は、老朽化状況と耐災害性基準(耐震化など)をベースに進められており、地域固有の災害リスクは考慮されていません。今後は、普段から地域固有の災害リスクを考慮しながら、対象物の評価だけにとどまらない維持管理が求められます。具体的には、例えば、周辺住民への被害や経済的損失が大きい箇所については修繕対策の優先度を高める、といった対応が考えられます。
小宮山研究員

防災分野の業務を多く手がける井上さんはいかがですか?

井上 業務では災害の被害想定や防災計画の策定を支援しています。防災分野では、地震や大雨などの災害の原因となる現象の発生頻度やその大きさをハザードという指標でとらえます。また、そうした場所に人がどれだけ住んでいるか(ハザードにどれだけの人々が曝されているか)を曝露という指標でとらえます。今回の評価ツールの開発を通じて、防災分野特有の見方だけでなく多様な視点で影響を見ていくことの重要性を改めて感じています。また、そのように視点を広げていくには、分野を横断し社内外で協力していくことが必要だと思いました。
東穗 防災分野にいると、どうしても災害発生という事象をスタートポイントとして着目するように視野が限定的になってしまいます。経済活動が止まってしまうということを起点とすると、老朽化や事故、その他の鳥獣害等も含めた自然環境影響等、災害以外のトリガーも同じ現象を引き起こす可能性も出てくる。多くの事象を全体的・俯瞰的にとらえ、災害リスクというものをより広い視点でとらえ直す思考も必要であると思います。
東穂研究員
平山 実際、国も自治体も365日防災ばかりに特化して対策するのは現実的ではないでしょう。防災の専門性を身に付けるとともに、災害時の周辺への影響を予測してインフラの維持管理につなげるなど、横展開していく仕組みをつくっていくことが必要です。

和歌山の水管橋の崩落事故では、管路の点検はしていましたが、支える部分(橋格)を点検していなかったことが分かりました。橋格は水道の担当部署にとっては対象範囲外となるところを、業務にどう組み込んで気づけるようにしていけるかがポイントではないかと思います。

例えば、東京都は、水道管路の更新では「管を新しくしています」ではなく、「地震に強い管路に更新しています」という看板表示をしています。やっていることは同じでも、自分たちが管を新しくすることに、どのような意味や価値があるかに気づけるか。そのためには防災とインフラ維持管理の担当者がソフトに交流できる環境づくりが必要でしょう。

災害リスクに対する“対策効果”の可視化が重要

三重苦の中で、災害リスクの捉え方やその対策への課題認識が変わってきているというお話でした。今回私たちが開発した評価ツールはどのような効果を発揮できるでしょうか。

井上 評価ツールは、道路や橋、各種用水といった老朽化が課題となっているインフラを改修することでレジリエンス(強靱さ・回復力)がどの程度向上し、その結果、災害リスクをどの程度低減できるか、といったことを定量的に評価することができます。
井上研究員
田中 具体的にはまず、地震など自然災害の起こりやすさを示すハザードデータ、またインフラがどの程度災害に耐えられるかを表すアセットデータ、利用実態データなどを入力することで、大災害に見舞われた場合のインフラの損壊の程度や利用停止となる日数、さらに経済への影響などを割り出します。
井上 インフラ維持を長期的な視点でとらえられる点が特徴です。

インフラ管路は50~70年が寿命と言われ、敷設から49年を迎える管もあれば、さらに古い管もある。そんな状況で、どういう順番で交換していければよいか、インフラが抱える「三重苦」に対し、多様な視点で検討できます。

現在、産業インフラは公共・民間の異なる主体によって維持管理されており、インフラ全体としてのリスクやウイークポイントを把握する手段は限られているのが現状です。災害によるインフラへの被害が生活者へどのような影響を与え、経済損失に波及していくかを評価することは難しく、今回の手法は、これらを客観的なデータに基づき定量的に把握することを可能にしました。この情報をもとに、地域経済を止めないようにするにはどのインフラが重要か、長期的に効果の高い改修プランはどれか候補を提示するようにしています。

適切なコストをかけた対策が速やかに実施されることを支援することで、地域のレジリエンス向上に役立てることを目標としています。
図2 評価ツールの活用イメージ
図2 評価ツールの活用イメージ
出所:三菱総合研究所
小宮山 一部地域では企業寄付によって強靱化を図っているところもあります。防災のために自治体が予算を獲得することは重要ですが、厳しい財政状況の中で予算化には時間がかかります。しかし、さまざまな対策を前倒しで実施し災害に備えなければ間に合いません。地域で防災対策の必要性を共有し、企業寄付などの促進などの機運を醸成していくことが重要かつ喫緊の課題であり、今回の評価ツールはその一助になると考えています。
平山 数字で見えるのは耐震化率ばかりで、その後の被害評価や、同じハザードなのに被害を受ける管路と受けない管路はどうして生まれるのかといった分析は後回しになっていました。その点、今回の評価ツールは被害が出ることも積極的に評価し、修正すればどう良くなるのか、“回復力”を見える化したことが一番大きな成果です。官だけが先行してしまうと反発につながりかねませんが、産官でエビデンスをつくれるようになった点は非常に大きい。

そもそも、日本の水道の漏水率は平均5%と世界的にも非常に優秀にも関わらず、想定外の影響を受けるとお手上げとなってしまいます。アメリカは減災に注力する文化なのに対し日本は防災と言われますが、これを変えるポテンシャルを今回の評価ツールは持っています。
東穗 脱炭素社会に向けた世界的潮流と、ESG金融の進展・流れによる企業の気候変動分野での戦略開示や目標設定が進んでいますが、レジリエンス分野も本来はESGの「S」を構成するもので社会や経済を支えるために必須の取り組みのはずです。このようなツールによって、ESGのカーボンニュートラルの流れに類する潮流が沸きあがればと考えています。対策ができていないポイントをあぶり出すためではなく、レジリエンスの対策を効果的に着実に進め、事前に被害を減らせたという「頑張った成果」を定量的に示す指標として、活用いただければという思いです。
平山 外的要因が次々変化する中で、これからの時代に即した一歩となるでしょう。産官学の連携はもちろん、自ら「自分たちのエリアのインフラを守り支えていく」という地域力・減災力を高められる頭脳集団を、MRIさんなら育てられると期待しています。ただし、MRIが前に出すぎてもダメ。地域の人が「自分たちでやるんだ」という機運を高めるような動きをしてほしいですね。
対談風景

PROFILEプロフィール

インタビューアー

  • VCPマネージャー(全社連携事業推進本部)
    レジリエンス分野VCPマネージャー/博士(工学)
    入社以来、環境、防災、先端科学技術、未来社会に関わる国内外のさまざまな事業に取り組んできました。現在は、“防災×他分野”によるレジリエントな社会実現のための全社連携による事業を主導しています。

インタビューイー

  • 平山 修久
    平山 修久
    名古屋大学 減災連携研究センター 准教授
    3.11以降、上下水道システムにおける災害レジリエンスを踏まえた災害環境工学を考えてきました。学術的な視点から、地域力を支える上下水道システムの実現に向けた産官学民の連携を支援していきます。
  • スマート・リージョン本部 都市インフラ戦略グループ 主任研究員
    公共施設・インフラを対象としたアセットマネジメント分野、地域公共交通分野を専門としています。公共施設に関しては保有総量を契機とした都市再編に係る検討、および実施に向けた市民対話をご支援しています。
  • セーフティ&インダストリー本部 リスクマネジメントグループ 主任研究員
    防災・減災、国土強靱化、レジリエンス、リスクマネジメントに関する各種調査・コンサルティングなど実績多数。特に、同分野の課題と社会的インパクトを見据えながら、産業化・ビジネス化の観点を含め課題解決を図っていくことを意識して取り組んでいます。
  • セーフティ&インダストリー本部 リスクマネジメントグループ 主任研究員
    官公庁や民間企業をお客さまとして、激甚化する自然災害や気候変動に対処するためのリスク分析・モデリングの業務に従事しています。また、近年では防災分野でのデータ分析・データ活用を推進する業務に取り組んでいます。
  • セーフティ&インダストリー本部 リスクマネジメントグループ
    学生時代より気候変動やそれに伴う災害激甚化の課題に取り組み、現在は気候変動分野、防災分野、産業保安分野等における調査やシミュレーション、リスク分析を通じて官民のお客さまをご支援しています。

所属・役職は当時のものです

Our Efforts

「レジリエンス」のコンセプト

平時と災害時をどのようにつなげるかという視点を重視し、レジリエントで持続可能な社会や産業を築けるよう課題に向き合っています。リスクマネジメントや危機管理の知見や経験を活かし、デジタル技術を用いたリスク予測や影響評価、リスク対策に取り組みます。

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