コラム

関東大震災100年 防災新時代への提言防災・リスクマネジメント

災害時の「あるべき姿」からデジタル防災実現へ

防災新時代の自助・共助・公助への移行

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2023.11.20

社会インフラ事業本部東穗いづみ

関東大震災100年 防災新時代への提言
国や自治体による公助に依存する防災は限界を迎えている。デジタル技術を活用して「誰一人取り残されない防災」を目指すには、災害時の住民行動の「あるべき姿」を導き出した上で、自助や共助との役割分担を見直す必要がある。新時代のデジタル防災実現に向けたポイントを考える。

これまでの防災推進体制とデジタル活用の課題

命に関わる対応には特有の難しさがあるのに加え、いつ起こるかわからない災害に特化した防災サービスは民間では手掛けにくい。こうしたことなどから、防災の推進体制は国や自治体による公助がメインとなっている。特に発災後、公助には集中的かつ広範囲な対応が求められる。行政の多岐にわたる組織・部署は、平時からそれぞれの役割を分担して個別最適な対応を進めつつ、災害時には高度な相互連携を行う必要がある。

しかし、個別最適な対策の推進は、各組織の視野を自らに課された役割の中に閉じさせてしまう。ゆえに、平時から災害時、さらには復旧・復興期にわたる災害フェーズ全体において、多分野にわたる多様な住民課題の効果的な解決が阻害されることもある。

防災のデジタル化も、各組織の考え方や優先順位の下、個別に進められているケースが多い。各組織の限定的な役割・目的に従ったデジタル化の推進は、組織や災害フェーズごとにデジタルサービスやアプリを多数乱立させることにつながり、かえって課題解決を阻害するおそれもある。

こうした状況をみると、「誰一人取り残されない防災」の実現は難しいと言わざるを得ない。

公助頼りの防災を変えるデジタルの可能性

デジタル活用の推進は重要だが、その前に防災分野が抱えている根本的な課題として、公助への依存と限界を認識しておく必要がある。成熟した社会基盤を支える社会インフラは耐用年数超えが目立ち、災害は激甚化・広域化・切迫化している。これに対応する公助の人員・財源・資源が少子高齢化で急速に減少していく中、近い将来、公助中心の防災体制は限界を迎え、立ちゆかなくなる。公助依存の防災体制や仕組みに限界が来ている現状を直視し、自助・共助で可能な対応を促進していくことが急務である。

その手段としてデジタルをうまく活用したい。デジタル活用によって、公助を担う自治体の防災業務の効率化を図ることができる。またデジタルの長所を活かした細かなパーソナルニーズへ対応したサービスの普及は、企業や住民も参画した自助・共助を拡大させる契機にもなる。さらに、業務効率化で確保できる公助資源を、丁寧な対応が必要なセーフティネットのような住民支援業務に再配分することもできる。

デジタルの積極活用は日本の防災を公助依存から脱却させ、公助の限界を打破するとともに、防災体制や運用をサステナブルにする大きな可能性を秘めている。

「あるべき姿」の具体的イメージを共通認識に

防災分野のデジタル活用を通じて、上述の個別最適問題と公助依存防災の双方を同時に解決しつつ、「誰一人取り残されない防災」を実現させたい。すなわち、関係主体が連携し、住民の利益を最優先に考えた災害時に使いやすく役に立つサービスを、公助はもちろん、共助や自助の促進にも資するよう、デジタルを活用し開発・普及させていきたい。

そのためには、行政・民間企業等の防災に関わる主体全員が、今描けていないデジタル防災で目指す「あるべき姿」の具体的イメージを、共通認識として持つ必要がある。

関係者が信頼し合って実現すべき世界観を共有できれば、その実現に向け、官民それぞれの主体が協調・連携できる。つまり、災害発生時の負担が誰にとっても現状より軽減され、皆が速やかに再建できると確信して、踏み込んだ取り組みを協働し投資しながら推し進めていくことができる。

デジタル庁は2022年度に、個々の住民等が災害時に的確な支援が受けられるようにするため、デジタル面での課題解決に向けて動き出した。災害フェーズを一気通貫した『デジタルを活用した防災/災害時における住民行動のあるべき姿(ToBe像)』を設計し、住民が何度も同じ情報を入力せずにワンスオンリーでさまざまな支援を受けられるかたちを目指す取り組みを開始した※1

具体的には、災害時に大多数の住民が置かれる状況の全体像を捉えるため、住民の多くに当てはまるペルソナ※2を詳細に設定した上で、時系列で示すフローチャートを設計した。その上で、各災害フェーズにおける住民の特徴的行動を伴うシーンを個別ユースケースとして整理した(図)。
図 ペルソナ設定によるTOBE像検討 対象とするシーン
ペルソナ設定によるTOBE像検討 対象とするシーン
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出所:防災DX官民共創協議会 2023年度第2回全体会合(2023年6月30日)における「④ デジタル庁事業紹介資料」
https://ppp-bosai-dx.jp/documents(閲覧日:2023年9月27日)
表1は、そのフレームを活用した、健常者の災害切迫時の避難を促すシーンの一例である。住民の具体的な行動を細かく分析するこのフレームは、災害時のさまざまな課題とそれに対して行動する住民の姿を「誰が見ても同じイメージを持てるように」言語化したものである。これを活用することにより、現状の住民行動(AsIs)とデジタルを利活用したあるべき姿(ToBe)のギャップを明確に示し、何が課題であるのか、何を求められているのかを、住民サービスを実施する自治体、防災サービスを提供する民間企業、支援する国、そして実行する住民という関係主体の全てが共通のイメージとして認識できるようになるだろう。
表1 災害切迫時の避難(避難スイッチ):健常者の例
災害切迫時の避難(避難スイッチ):健常者の例
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出所:デジタル庁 R4年度 防災情報のデジタル化推進に向けた防災アーキテクチャに関する調査研究報告書
デジタル庁によるとこのコラムで紹介したToBe像は、関係者にその適切性や実現性を確認し、今後改修することも想定した第一案である。技術進展や社会制度・規制の変化等を考慮しながらブラッシュアップしていく予定とのことである。

当社も、防災DX官民共創協議会※3での本フレーム活用なども視野に、各主体が同じ未来を見据え、おのおのの得意領域を活かしつつ相互連携して住民に寄り添ったデジタル防災を政策や社会実装の面でリードする役割を担っていきたい。

ToBe像起点のデジタル防災が持つ可能性

ToBe像を起点にした防災分野でのデジタル活用の推進は、住民だけでなく関係する各主体にもメリットがある(表2)。社会課題解決のみならず、各主体が自らの便益もにらみながら、積極的に関与していくことを期待したい。その過程では、これからの防災がどうあるべきか、関係主体が共に考える土壌も形成されていくであろう。

デジタルを活用し、住民や民間企業の自助・共助領域を拡大する余地が広がれば、自助・共助・公助の役割分担が見直され、関係主体が協調して防災新時代を形作る起爆剤となる。
表2 ToBe像を起点にしたデジタル防災活用のメリット
ToBe像を起点にしたデジタル防災活用のメリット
出所:三菱総合研究所

※1:当社において事業(デジタル庁 R4年度 防災情報のデジタル化推進に向けた防災アーキテクチャに関する調査研究)を受注。

※2:対象とするペルソナは健常者と要配慮者に大別される。ペルソナの設定においては、シンプルなニーズの抽出にとどまらず、より多様・複雑なニーズを抽出することができるよう、ジェンダーによるニーズ・行動の特徴・課題も加味した。

※3:官民共創で防災分野におけるデータ連携等の推進を通じた住民の利便性の向上を目指し、防災分野のデータアーキテクチャの設計やデータ連携基盤の構築等の検討を行う協議会。280以上の民間事業者と80以上の自治体が参画(2023年11月現在)。
https://ppp-bosai-dx.jp/(閲覧日:2023年11月17日)

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