レガシーとは何か

レガシーという言葉は耳慣れないかもしれません。レガシーとは何でしょうか、またオリンピックとレガシーにどのような関係があるのでしょうか。ここでは、オリンピック・レガシーについて歴史から具体的実例までをひもときます。

(1)歴史的背景

レガシーは近年国際オリンピック委員会(IOC)が最も力を入れているテーマの一つです。IOCの憲法ともいえるオリンピック憲章には次のように記されています。

「オリンピック競技大会のよい遺産(レガシー)を、開催都市ならびに開催国に残すことを推進する」(第1章「オリンピック・ムーブメントとその活動」第2項「IOCの使命と役割」)。

上記の規定が憲章に盛り込まれた契機の1つは、1998年のオリンピック招致を巡るIOC委員買収事件であったとされます。この事件により、オリンピック開催が負担となって招致を希望する都市が現れなくなるのではないかという懸念が生じました。また、近代オリンピックから記念すべき100年が経過というタイミングもあり、2002年11月IOC総会でレガシーに関する規定は盛り込まれたと言われています(間野義之『オリンピック・レガシー』参照)。以降、IOCはオリンピック・ムーブメントの一環としてレガシーを重視するようになり、2012年大会の開催都市決定プロセスから、開催都市として立候補する段階での言及が必要な項目とされるに至ります。 

(2)概念

IOCによれば、レガシーとは「長期にわたる、特にポジティブな影響」とされます(IOC "Olympic Legacy and Impacts")。オリンピックの開催が決まると、開催予定都市において各種の施設やインフラの整備、スポーツ振興等が図られます。これによって生活の利便性が高まるなど人々の暮らしにさまざまな影響が出ます。こうしたオリンピック開催を契機として社会に生み出される持続的な効果がオリンピック・レガシーです。IOCは、オリンピック・レガシーの分野としてスポーツ、社会、環境、都市、経済の5分野を挙げています(IOC "Olympic Legacy Booklet")。
なお、レガシーの概念理解を深める際に重要な3つの軸があります。それは、①ポジティブなものか、ネガティブなものか、②有形のものか、無形のものか、③あらかじめ計画したものか、偶発的なものか、の3つでありこれらの軸で構成される六面体はレガシーキューブと言われています(Gratton & Preuss, 2008)。これらのうち、ポジティブ・有形・計画的なもの(いわゆるインフラ整備等)に焦点が当てられがちですが、実は無形・ソフト等も含む多面的な幅広い概念です。
図 オリンピック・レガシー・キューブ
出典:Gratton, C. & Preuss, H.(2008) Maximizing Olympic impacts by building up legacies.
The International Journal of the History of Sport 25(14), 1922-1938 より三菱総合研究所作成

(3)レガシーの具体例

直近の例である2012年ロンドン大会を見てみます。英国ではレガシーに関して事前に目標を掲げるとともに、大会開催後の2013年に政府・ロンドン市の共同報告書において、さまざまなオリンピック・レガシーの成果を取りまとめています。特徴的なものを下記表に示します。
表 ロンドン・オリンピックにおけるレガシー
スポーツ・健康生活
  • スポーツ選手への助成増強(13%増)
  • 運動(週1回)する人の増加(140万人以上)
  • 学校スポーツへの1.5億ポンド/年の助成(2013年以降)
  • スポーツ国際交流(20カ国1500万人の参加)
東ロンドン再生
  • オリンピックパーク・施設の整備
  • 交通整備への投資(65億ポンド)
  • 1万1000戸の住宅整備、1万人の新規雇用創出
経済成長
  • 280~410億ポンドの経済効果、62~90万人の雇用創出(2020年まで)
  • 失業者への雇用創出(7万)
  • 2014年ワールドカップ、2016年リオ五輪に向けた新規契約の獲得(1.2億ポンド)
  • 観光客増(1%)、観光消費増(4%)
コミュニティ強化
  • ボランティア意欲向上、参加者の増加
  • 10万人の新規ボランティア(2013年)
  • 文化プログラムへの参加(4300万人)
  • 環境配慮(オリンピックパークの土壌洗浄、ISO20121等)
パラリンピック
  • 障がい者のスポーツ参加向上
  • パラリンピック支援助成の増加
  • 交通、社会インフラにおけるアクセス性の向上

出典:"Inspired by 2012: The legacy from the London 2012 Olympic and Paralympic Games"より三菱総合研究所作成
なお、日本においては、1964年東京大会の際に、東海道新幹線や首都高速道路の整備、体育の日の制定などがなされたことが有名なレガシーとして挙げられます。今後2020年に向けて、オリンピックを契機とした有形・無形のレガシーをいかに創出し次世代に継承していくかが問われています。
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