エネルギー

消費者の行動変容から導くカーボンニュートラル実現と、その未来像

脱炭素化の実現には、需要側の行動変容が不可欠

日本では2030年温室効果ガス46%削減(2013年比)、2050年カーボンニュートラル(以下CN)実現という目標を掲げていますが、それに向けた政策としてMRIでは3つのポイントを設定しています。

志田 当社では「エネルギーを利用する消費者や企業の行動変化を後押しすること(需要側の行動変容)」、「電力部門を早期に脱炭素化すること(電力部門のゼロエミッション化)」、「産業や日々のくらしの脱炭素化に向けたイノベーションを進めること(戦略的イノベーションの誘発)」の3点をキーポイントと捉え、それぞれの意義と方向性を提言しています。

その3点にポイントを定めた背景には、日本ならではの特性がありますよね?

志田 日本のCN達成へのハードルは他国より高い状況にあります。発電構成の70%以上を化石燃料由来の火力発電が占めていること、脱炭素化における技術的ハードルが高い産業部門の割合が大きいことなどが要因です。CO2を46%減というのは非常に厳しい目標であるうえ、猶予も8年しかないので技術革新や社会実装で解決するには時間が足りません。
これを受け、当社では需要側・個人の行動変容を重要視し、エネルギーを使う側の工夫や脱炭素行動をどう意識させていくかを議論しています。これまでのエネルギー政策は供給側に焦点が当たりがちでしたが、コストを払ってでも脱炭素化を目指したいという一般企業も増えています。そんな動きをいかに積み上げていくか、時間軸を意識しながら対策していくことが大切です。
▲46%達成には需要側の行動変容を契機としながら、さらなるブレイクスルーが必要に
▲46%達成には需要側の行動変容を契機としながら、さらなるブレイクスルーが必要に
出所:三菱総合研究所

2022年4月から当社単独では、再エネ100%の電力利用に変わりました。当社グループ全体では2050年に再エネ電力100%を目指しています。また、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に対応した経営戦略を開示し、経済産業省主導のGXリーグへの賛同を表明するなど、需要側の一企業として脱炭素化を推進しています。ところで、当社のCN提言の中では「需要側の行動変容」として4つのポイントを提示しています。

小川 ひとつは使用するエネルギーを再エネ由来に切り替える「エネルギー選択の変更」、2つめはボイラーやガソリン車など化石燃料を消費する製品からヒートポンプやEVなどの電力を使用する機器に切り替える「エネルギー利用機器の切り替え(電化)」、3つめは節電や高効率製品への買い替えなどによる「エネルギー利用方法の変更(省エネ)」です。そして最後が自らの生活や働き方を変える「ライフスタイル・ワークスタイルの変更」であり、脱炭素な生活へのムーブメントを起こすというものです。
最後の点については、当社は「Region Ring®」という地域課題解決型のデジタル地域通貨サービスを展開しています。この地域通貨サービスはさまざまな社会課題に対応可能なものですが、例えばCNについては、温室効果ガスの排出削減に資する個人の行動に対して、ポイントなどの経済的なインセンティブを付与することで、行動変容を促すことができると考えています。
需要側の行動変容により、早期の効果が期待
需要側の行動変容により、早期の効果が期待
出所:三菱総合研究所

カーボンプライシングは、行動変容を促す効果的な一手

需要側の行動変容につながる具体的な施策として、われわれはカーボンプライシング(排出量取引、炭素税。以下、CP)にも注目しています。

橋本 CPは資金の流れを変容させることで、「脱炭素に向けた行動」へと行動変容を促すものです。例えば、化石燃料をたくさん消費する活動に課税し、その税収を脱炭素技術開発の促進に充てるといった制度運用が考えられます。需要側のエネルギー利用に関する行動変容は比較的スピーディに効果が期待できるため、脱炭素化で最もポイントになる部分ですが、CPはそのための戦略的な制度イノベーションであると言えます。CPの導入に当たっては、CNに向けた円滑な行動変容を促すため、電力や産業、民生・運輸といった各部門の特性に応じたきめ細やかな制度設計が必要です。
橋本 例えば電力部門には排出量取引制度を導入することにより、卸電力市場を通じて排出枠(排出権)の価格付けを行いながら、石炭火力からLNG火力や再エネに電源構成のウエイトをシフトさせることが可能だと考えています。その際、政府が排出枠を有償で電力部門に配分し、それによる政府の歳入増加分を、電力価格上昇の悪影響の緩和措置に用いるとともに、脱炭素技術開発や普及にも充てることがポイントです。電力価格上昇による悪影響の緩和には、政府歳入増加分を一部の電力需要家に還元することが考えられます。同時に、政府歳入増加分を水素・アンモニア発電や水素還元製鉄と言った脱炭素技術の普及にも用いることが必要です。
特性を踏まえて部門ごとに制度を検討
特性を踏まえて部門ごとに制度を検討
出所:三菱総合研究所

再エネの主力電源化には、分散型エネルギー源や蓄電池活用が有効

電力部門のゼロエミッション化を実現するには、発電に占める再生可能エネルギー(以下、再エネ)比率を高めていく必要があります。

小川 政府目標では、2030年の再エネ比率は36~38%とされており、2050年にはさらに大幅に引き上げる必要があります。2019年の再エネ比率は18%ですから、かなり意欲的に再エネ導入を進めなければいけませんが、そこで課題となるのが出力抑制です。
太陽光発電や風力発電は、気候や地理条件による発電立地の偏りや、発電の時間変動がどうしても起きることから、電力の需要と供給のミスマッチが生じやすく、せっかく発電しても電気が使えずにムダが生じます。このようなミスマッチに対しては供給側の出力を制御するという対応に加え、需要側が供給側にどう合わせていくかを考えることも重要です。

この問題には、「地域間での電力融通」「発電出力変動を吸収するための蓄電池活用」「電力発電施設の再エネ発電地域への移転」などさまざまな対処が必要ですね。技術的な対応として分散型エネルギー源(DER)の導入も効果は大きいと考えられます。

小川 DERは、電力消費地の近くに発電設備や蓄電設備、需要設備といったエネルギーリソースを分散配置し送電ロスを減らすとともに、再エネ発電の出力変動を吸収することを狙ったシステムです。DERは自然災害が多い日本において、レジリエンスの側面からも重要な取り組みです。レジリエンスを向上させられるという意味でも、DR(ディマンドリスポンス=電気の需給バランスをとるために、需要側を変化させること)の重要性は高まっています。

再エネ導入促進には、その事業性を確保できる環境整備も必要です。

志田 先ほどの指摘にあったように、再エネは立地や気象条件によって発電出力が変動するので、出力変動に伴うリスクを抑える仕組みを考慮しなければいけません。その解のひとつが蓄電池の活用です。蓄電池の設置によって出力変動を緩和し、電力の安定供給に繋げること、また、事業者の視点では事業リスクの低減と収益性の向上を図っていくことが重要です。
また、再エネ導入拡大をいかに経済発展に結びつけられるかも大きな課題です。例えば、太陽光パネルは中国製が大きなシェアを有し、洋上風力事業の実績や知見は欧州に貯まっています。こうした状況下で、日本における再エネ関連の産業をいかに育成・振興していくか。さらには日本の技術や知見を海外に売るくらいのレベルにすることを見据え、技術開発や人材育成を進めていくことも肝要だと思います。
橋本 再エネ電源はさまざまな地域で立地することになります。しかし、せっかく発電しても、発電事業者の東京本社が利益のほとんどを持っていくというようなことでは、立地地域が得られるのは固定資産税だけになりかねません。発電事業による利益分配をうまく設計することも大切です。また、再エネ発電施設が立地する地域の方に、その意義をよく理解してもらわなければ建設が進みませんから、共生という観点でいかに丁寧に説明し合意形成ができるか。再エネ電源の立地を進める上で、行政の大きな課題です。

カーボンニュートラルが変える未来像、そしてMRIの果たす役割とは

CNの達成は容易ではないが、取り組みを「コスト」ではなく「未来への投資」と位置づけ、新たな産業競争力につなげていくことも重要です。

橋本 CNは立ち位置によって見える風景がかなり異なるでしょう。脱炭素を達成したからといって個人の生活がガラリと変わるわけではなく、むしろ産業の方に大きな変化が訪れるのではないかと考えています。
志田 現在と同じように見える製品であったとしても、製造プロセス自体が脱炭素化されているという状況が想定できます。CNという目標は、産業構造に大きな影響を与えることになります。世界全体がCNに向かって動き、産業構造が変化していくことは、持続可能な社会の実現に向けた一歩と言えます。
橋本 CNの実現は、産業構造や経済社会の変革を通じた成長の機会であるとする視点が重要ですね。こうした視点はグリーントランスフォーメーションと呼ばれています。グリーントランスフォーメーションは、需要側を含むエネルギー供給システムの変革を促すアプローチですが、化石燃料から再エネ・水素に切り替えることで、エネルギー源のみならずエネルギーを生活者に届けるまでのフローも大きく変わります。その結果、各産業の生産設備や装置も変える必要が生じ、関連する市場の拡大が想定されます。
今まさに、そうした市場の陣取り合戦が世界で起きていて、世界全体でグローバルサプライチェーンの再構築がなされています。そうした中で既存のプレイヤーがそのままの状態で存続できるとは思えませんし、日本の産業がどういうポジションをとるか、ある種の危機感を持っています。
志田 パテント競争力を見ると、現状、日本は水素や燃料電池関連が強いですが、それだけに限らず日本が競争力を持ちうる領域を見極めることが重要です。日本は再エネ立地スペース確保の困難さや自然災害の多さといった点で他国と比べ不利な条件が多いですが、逆にこうした課題を乗り越えられれば新たな事業機会・産業競争力につながるのではないでしょうか。
小川 エネルギーは手段であって、目的にはなり得ません。ですから生活者目線で考えたとき、過渡期においては一定のコスト負担はあるものの、不便だなと思いながら脱炭素化に向けた行動をする世の中にはしたくないと思っています。したがってCN実現には、エネルギーを利用する生活者や企業が特別な意識をもって行動しなくても脱炭素化できている状況を実現するためのインフラやシステムの構築が大切です。
例えば食品表示にしても、かつてはカロリーや原産地表記を気にする人はほとんどいなかったのに、今では自然と気にしながら商品選びをしており、消費者の選好行動基準が変わってきています。それと同じように、脱炭素化という視点での消費者の選好行動が常態化し、生産プロセスの脱炭素化が高付加価値化の源泉となるような状態が生まれてくることが望ましいのではないでしょうか。

再エネの主力電源化に向けた変革は、なかなか思い通りには進んでいかないのが現状です。しかし、世界情勢や気候変動もその変化が大きくなる今、それらの変化をわれわれは先取り・予測し、各所と連携しながら「変化に対応するためのソリューション」を提供していきたいと考えています。そのためにも提言は非常に重要ですし、これまでの調査やコンサルティングの経験も活かしながら、提言や実証した内容の事業化、つまり再エネ主力電源化に向けた社会実装にもつなげていきたいと考えます。

PROFILEプロフィール

インタビューアー

  • 全社連携事業推進本部 エネルギー分野VCPマネージャー
    エネルギー分野の政策や事業支援など実績多数。本分野の全社連携リーダーとして、研究提言から社会実装までの各プロセス間の連携を図り、カーボンニュートラルに関する課題解決を推進しています。

インタビューイー

  • 政策・経済センター 研究提言チーフ
    電力分野の事業化、ビジネス支援など実績多数。確かなデータ・ロジックに基づく定量分析と、実際のビジネスにおける現場感を重ね合わせ、お客さまの意思決定支援に取り組んでいます。
  • サステナビリティ本部
    脱炭素ソリューショングループ 特命リーダー
    脱炭素化に向けた政策検討や企業戦略策定支援など実績多数。カーボンニュートラル実現に向け、カーボンプライシング導入に向けた政策形成支援や課題解決の検討、脱炭素経営の戦略支援を進めています。
  • サステナビリティ本部
    脱炭素ソリューショングループ
    エネルギー分野を中心に、政策提言、新規事業戦略策定支援、中長期のエネルギー需要予測・分析など実績多数。幅広い視野からお客さまの課題、社会課題へのソリューション提供に取り組んでいます。

Our Efforts

「エネルギー」分野のコンセプト

エネルギー分野の政策課題や事業課題を先取りし、新しい社会システム構築支援を行うMRI。2050年カーボンニュートラル実現に向けた提言やサービス提供を取り組んでいます。

MRIの取り組み

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