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2050年カーボンニュートラルの社会・経済への影響

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2022.7.4

株式会社三菱総合研究所

株式会社三菱総合研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:籔田健二)は、2050年に向けた日本の四つの将来シナリオを設定し、カーボンニュートラルが社会や経済に与える影響について試算しました。その結果を踏まえ、脱炭素社会への円滑な移行に向けて必要となる対策の方向性を提言します。

中長期的な脱炭素の潮流はむしろ強固に

2022年2月のウクライナ侵攻は、世界的なエネルギー価格の高騰に拍車をかけるとともに、エネルギー安全保障の問題を改めて世界に突きつけることになった。欧州各国では石炭・天然ガスの備蓄や、調達先の多様化も含めた対策に乗り出しているが、これは化石燃料への単純な回帰を意味している訳ではない。欧州全体では域内エネルギー自給率を高めるため再生可能エネルギー・省エネルギー(再エネ・省エネ)の普及を加速させており、中長期的な脱炭素化の流れはむしろ強固になってきている。

世界ではカーボンニュートラル(CN)を宣言する国・地域が130カ国を超え、実際のビジネスルールへの落とし込みが進んでいる。CNは社会全体に大きな構造変化をもたらすドライバーであり、日本においてもその影響を矮小(わいしょう)化することなく捉える必要がある。

行動変容と技術革新の相乗効果が、円滑なCN移行への鍵に

CNを目指すシナリオは1つではなく複数が考えられる。どのシナリオにおいても再エネの最大限の導入、需要側の省エネ・電化は必須となり、足元からエネルギー需給構造は大きく変わることになる。また、電源構成では再エネ大量導入を支えるための調整力確保として、水素・アンモニアへの燃料転換など火力電源の脱炭素化等も避けられない。他方、シナリオによる違いが表れるのは、温室効果ガスの削減可能量・削減費用であり、「行動変容」と「技術革新」を組み合わせることが円滑なCN移行のために重要となる。

CNに伴う構造変化は、資源循環や人材戦略にも波及

エネルギー・経済安全保障の観点では、再エネ導入拡大に伴いエネルギー自給率は向上することになる。他方、送電線や再エネ、蓄電池等に必要とされる資源は地理的に偏在しており、化石燃料に比べて寡占的かつ権威主義国に偏るものもある。太陽光・風力発電部品などは現状では海外依存度も高く、CN移行に伴い経済安全保障のリスクがより深刻となり、資源循環・サーキュラーエコノミーの重要性が増すであろう。

脱炭素化は経済全体でみた場合は、日本国内にプラスの波及効果をもたらすことが期待される。ただし、その波及は一律ではなく、電力関連産業が増大する一方、旧来の自動車関連産業は縮小するなど、産業構造は大きく変化する。円滑な脱炭素化社会への移行のためには、必要とされる産業への業種を超えた雇用移動が前提となる。加えて、デジタル人材などをはじめ、脱炭素化での成長産業に必要な専門性の高い人材や、創造的な業務に従事する人材を中長期的な観点から育成していくことも重要となる。家計への影響では、電気料金の上昇やそれに起因する物価上昇がもたらす負の影響を最小化するため、分配のあり方が今後の重要な課題となる。

行動変容の実現には、適切な情報提供がまだまだ必要

脱炭素化に向けた行動変容は最も早期に取り組む必要があるが、企業・消費者へのアンケート結果からは、再エネ電力への切り替えやオンサイト発電の導入といった対策は、期待される効果に比して取り組み意向が低い状況にある。この理由には初期費用や設備上の制約等から選択肢がないことに加えて「取り組みの効果がよく分からない」という回答も多く、十分な選択肢や情報の提供によって行動変容が促される余地がまだ大きいことが示唆されている。

原子力利用のオプションを捨てず、再エネとの共存を

原子力利用については、足もとのエネルギー市場の混乱や2030年温室効果ガス削減目標達成という比較的至近の課題だけに捉われるのではなく、長期的な目線に立ち原子力というオプションを「日本に残す」というメッセージを明確に発することが重要となる。

そのためには、技術・人材の維持、そして原子力自体のイノベーションが必要となる。前者は安全基盤の継続だけではなく経済安全保障の観点からも重要となり、後者は安全性の更なる向上や、再エネ大量導入時代に即した原子力利用(負荷追従、水素製造、熱利用等)がポイントとなる。また、原子力を取り扱う事業者に対する不信感払しょくのための業界構造の変革、企業ガバナンスへの対応、継続的な社会との対話等に真摯に取り組むことも必須となる。

情報爆発や災害対応は「起こるもの」とした対応が必要

グレー・リノ(灰色のサイ)とは「発生する確率が高くインパクトが大きいにも関わらず、見かけの緊急性が低いために軽視されがちな事象・問題」を指す。その一つが情報爆発であり、社会のデジタル化に伴い加速度的に情報量が増加するなか、エネルギー消費量の増大を相殺するだけの技術革新が今後も続くかが論点となる。地域で追加的に発生する電力需要と、再エネをはじめとした地域電源を組みあわせるなど、分散型のアーキテクチャを情報通信とエネルギーで一体的に考えることが重要になる。

また、気候変動に伴う風水害激化に加えて、南海トラフ地震、首都直下地震の発生も懸念されており、こうした自然災害についても、今後起こるものという前提で脱炭素化を進めていく必要がある。有事だけでなく平時も含めた対策が重要になるほか、備蓄性・可搬性に優れた燃焼系エネルギーの脱炭素化も意義を有している。

領域横断的な取り組みのもと、CNを日本の新たな産業競争力に

上述のようにCNが日本の社会・経済に与える影響は広範であり、エネルギー関連産業だけにとどまるものではない。CN移行に伴う資源需要の増加は新たな地政学リスクをもたらし、産業構造変化は雇用政策に直結する。情報爆発による電力需要の過度な増加はCN・DXの両方の足かせになる可能性もある。これらはすべて旧来の業界・官庁の縦割りの範囲で収まるものではなく、領域横断的な取り組みが不可欠であることを示している。

産業構造における製造業比率の高さ、火力発電比率の高さ、国内脱炭素エネルギーの乏しさ、再エネ適地の少なさ、大規模災害の多さなど、日本のCN達成のハードルは多く存在するが、同様の課題に直面している国は他にもある。上記のような課題をクリアできれば、それは新たな事業機会や競争力となり他国のCN達成に貢献する道筋も考えられる。世界全体の脱炭素化は幾つかの揺り戻しはあったとしても、中長期的には不可逆的に進んでいくと想定される。世界の潮流に受け身になることなく、産官学のステークホルダーが一体となって、CNによる社会変化を日本の新たな産業競争力につなげることが求められる。

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