元総合格闘家 大山峻護氏 セカンドキャリアインタビュー

セカンドキャリアの成功者と称される大山峻護氏から学ぶ3つのポイント
「引退試合」「変化に対応する進化」「勘違い力」
それは生き方にも通ずるヒント

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.6.9
「ピンチはチャンス」「現実に立ち止まっているのなら、未来を向いて一歩踏み込んでみよう」。言葉では簡単ですが、いざ実行となると不安や心配な気持ちが湧き出てしまうものです。この一歩踏み込む勇気やチャレンジ精神の根底にあるもの、そのヒントを今の時代だからこそ学びたい。総合格闘家として修羅場を何度もくぐり抜け、引退後も『ファイトネス』でセカンドキャリアの成功者として注目も浴び、新型コロナで自粛中であってもオンラインで元気にさせてしまう大山峻護(おおやま・しゅんご)さんにお話を伺います。

「引退試合」ができたことは「選手としてのお葬式ができた感じです」

—— 総合格闘家としてPRIDEやK-1・HERO'Sのリングで、グレイシー一族やピーターアーツと戦い勝利を収め、Martial Combatライトヘビー級王座やROAD FCの初代ミドル級王座と輝かしい戦歴の大山さんですが、引退のきっかけは何だったのでしょうか?

大山 ある試合で不自然な倒れ方をしてしまい、頭部・脳にダメージを受けた感覚をもちながらも、当時現役を続けていました。2014年8月の試合(対戦相手は一慶選手)で、そうした感覚を強烈に感じたため、引退を決意しました。試合で負けて「これで終わりだな」と思ったのはその時が初めてで、その日のうちに引退を発表してしまったのです。しかし、発表してからものすごく後悔しはじめました。この決断は正しいのだろうか、間違えたことをしたのではないかと、自分で怖くなってしまいました。現役中は「不屈の日本男子」「魂の格闘家」などと称されていたこともあり、今までどんなことがあっても立ち上がってきたのに、こんな形の引退でよかったのかと。よく考えた末、ここで身を引くのではなく、仲間たちにも自分のためにももう一度、引退試合としてリング上に立つという意識に変わりました。

—— 試合に負けて引退を決意しそのままリングを去り、引退セレモニーをして終わる選手が多い中、大山さんは、引退表明を撤回し、引退試合としてリングに上がる決意をされます。それは、最後の雄姿を仲間たちに見せ、ご自身の格闘技人生に終止符を打つものだったということでしょうか。

大山 そうです。同年12月6日にパンクラスのリングで引退試合(対戦相手は桜木裕司選手)を実施できたことは幸せでした。この引退試合ができたことで、自分自身の格闘技人生にけじめをつけることができました。この試合で燃焼しきれなかったら、次のキャリアに向けた覚悟を決められなかったと思います。引退試合は、自分自身のけじめだけでなく、仲間たちにも最後の姿を観てもらって、10カウントまでさせてもらえた。そうした節目があるのとないのとでは大違いです。僕はラッキーでした。選手としてのお葬式ができた感じです。未来を見るためにも引退試合をやって、気持ちが切り替わって良かったと思います。
写真
写真:大山氏提供
—— 現在、起業家として、格闘技とフィットネスを融合した新しいタイプのトレーニングプログラム『ファイトネス』の普及に取り組まれている大山さんは、セカンドキャリアの成功者と称されるほど多くのメディアに取り上げられていますが、引退以前から『ファイトネス』の構想はあったのでしょうか。

大山 いいえ、引退してから半年間は、先が真っ暗で不安でした。考えてもアイデアが出ないので、だったらいろいろな人に会ってヒントをもらおうと思いました。幸いなことに現役時代から「大山会」というさまざまな分野の方々が集まるコミュニティをもっていました。この人脈がさまざまな観点からの刺激をくれました。たぶん同じ「格闘家村」の人たちだけだったら、アドバイスをもらったり発想も出なかったでしょうね。

—— いろいろな専門家の方々からアドバイスをいただき、『ファイトネス』にたどり着くわけですか。

大山 引退後、格闘技に変わる「燃えるもの」を探していました。格闘技と同じくらいの熱量を持ってやれることを考えていました。世の中には元気でない人が多くいる、そういう人たちを元気にさせるために自分は何ができるだろうかと、いろいろな人からアドバイスをいただき考えました。そこで思いついたのが「格闘技」と「フィットネス」を融合した新しいタイプのトレーニングプログラム『ファイトネス』です。やることが見つかってからは燃えましたね。実は、現役時代にジムの中で楽しむための総合格闘技スクールで講師を務めていました。10年試行錯誤しながらやっていたプログラムがあり、これを元に外で展開してみようと思ったのがきっかけです。

—— 40歳を過ぎてからの新しいビジネスの取り組みでしたが、不安はありませんでしたか?

大山 現役中に格闘技スクールで講師を10年間やっていたこともあり不安はありませんでした。また、大学卒業後、3年間柔道の実業団選手として京葉ガスに入社し総務課の仕事をしていましたので、新人研修も受け、一般的な社会人の素地は学んでいました。プロになったのはその後でしたので、いろいろな経験がつながってラッキーな面があったと思いますね。

— 引退した半年後(2015年)から『ファイトネス』の活動が始まりますが、当初はいかがでしたか?

大山 先ほども触れた格闘技スクールのプログラムを、会社の福利厚生の一環として取り入れてもらおうと、各企業にアプローチをかけました。進めていくうちに、このプログラムへの参加者たちの仲間意識が強まっていくことを実感しました。つまり、『ファイトネス』はチームビルディングの効果があることがわかったのです。企業が元々やっていたチームビルディング研修やコミュニケーション研修などのニーズと『ファイトネス』が結びつき、新しい企業研修として展開できるようになりました。それまで、企業の研修に格闘技を取り入れるケースはほとんどなかったので、研修として認めてもらえたことは大きかったです。

—— 格闘家としても知名度の高かった大山さんが新しい『ファイトネス』という企業研修の武器をもたれたことで、スムーズに事業拡大ができたのでしょうか。

大山 いいえ、最初は苦労しました。多くの人からどうやれば多くの仕事を受注できるのかとよく聞かれるのですが、普通に頭を下げて泥臭く自分で営業回りしているのです。ごく普通のサラリーマンと同じように、交流会や知り合いを介して名刺交換をして、アポをとって、スーツを着てプレゼンをさせてもらって、一般的な営業と同じで泥臭くやっています(笑)。
元ファイターというバックボーンがあるので、普通の営業マンに比べると、アポをとりやすい面もあるのかもしれません。しかし、その後は一般的な営業とまったく同じです。足を使って商談しています。プレゼンを含め熱量で突き破るしかないです(笑)。これが試合と一緒で楽しいのです。僕の中では、今の勝負どころは商談成立かどうかです。勝率は高い方だと思います。

—— かなりゴリゴリの営業スタイルで顧客を獲得しているのですね。

大山 最初は実績が欲しいばかりにゴリゴリに営業をしていました。しかし、やっていくうちに「逆の立場になったら嫌だな」と気づいたのです。契約がどうしても欲しいという一方的な気持ちって相手に伝わるじゃないですか。それは嫌だなと思ったのです。今は無理な営業をしなくなりました。打ち合わせの段階まで進んでも、人間関係をつくるという方向にシフトしたのです。この人に何が貢献できるかと考えるようになりました。

—— 大山さんのお人柄ならではですね。年間100社以上の実績を継続して出しておられますが、協力しているサポーターは主に格闘家の方々なのですか。

大山 そうです。『ファイトネス』の研修は全て自分が主体で行っていますが、現役の格闘家や引退選手にサポートにきてもらっています。当初は選手のセカンドキャリアになれば良いと思い、引退した選手たちに声をかけていましたが、最近は自らサポートしたいという現役の格闘家が多くなっています。まさにデュアルキャリアとして、現役の間に社会を知る場になっています。参加する人にとっても格闘家と触れ合う機会がないため刺激的であり、現役中の交流だからこそ、ここでのご縁から自分のファンになってくれたりもする。「格闘家村」の外の世界を見る良いきっかけになっていると思います。『ファイトネス』は、アスリートのデュアルキャリアの役割も担っているかもしれません。

—— 関わる人たちがwin-winになる素敵な場になっていますね。順風満帆に感じますが、悩みはありますか?

大山 サポートしてくれる現役格闘家や引退選手に「任せる勇気」ですね。『ファイトネス』の内容はミット打ちなど体を使うことが主です。全ての研修を自分が主体でやっていますので、体にダメージもあり、満身創痍です。将来的にはサポートしてくれている現役格闘家が主体的に動いてくれるよう、彼らに譲って任せることができるか、自分自身の勇気がこれから重要になってくると思います。

—— そのような課題もありますが、大山さんは総合的にセカンドキャリアの成功者とみられています。自身では成功要因は何だと思われますか?

大山 格闘技を通じた企業研修ははじめてで、誰もやってこなかったところで挑戦したことが成功の一因かと思います。それは誇りに思っています。セカンドキャリアの成功とよく言われますが、「成功」っていろいろあると思います。数多くメディアで取り上げられたら成功、お金を稼げたら成功、さまざまなものさしがあります。
皆さんがなぜ僕を成功者と言ってくださっているのかというと、僕がセカンドキャリアを楽しんでいるからだと思うのです。今の仕事に対して心の充足感があります。そこが大きいと思います。実は、格闘技をやっていた時はワクワクではなくて、怖さが先に来ていました。ぜったい勝つという前向きな気持ちも当然ありましたが、当時燃やしていたエネルギーはむしろジェラシーや劣等感の方が大きかったかもしれません。子どもの頃から格闘技自体は純粋に強くなりたいという気持ちから出発していましたが、続けているうちに、認められたい、評価されたいという思いが強くなっていきました。今の仕事では、本当に喜んでもらうことが嬉しいので、楽しんでやっています。

—— 選手時代は自分自身が商品であり、勝ち負けがはっきりしていました。結果が重きをなしていたところだったかもしれませんが、現在の『ファイトネス』は、自分の商品価値を参加者の皆さんと共有して一体になって完成したい、その喜びは参加者の笑顔という、そもそもの活動や存在価値の評価軸が変わったのかもしれませんね。

大山 自分自身が楽しんでいる気持ちが相手にも伝わるというのが良いですね。対象は何でもいいのかもしれません。例えば、農家だったとしても、靴職人だったとしても、今の熱量でやっていたら、大山はセカンドキャリアで成功したなと言ってくださると思うのです。その喜びの軸を持って活動しているかどうか、それが出せない場では失敗します。友人にロンドン五輪の水泳選手の加藤和(いずみ)さんがいます。彼女は今ネイリストなのですが、水泳で日本代表まで行った人が何でネイルなんてやっているのと言われたそうです。彼女は「今、私は幸せなのです」とはっきり言っています。それが僕の胸に響きました。誰が何と言おうと、自分が幸せだと言えることが大事だと思います。彼女のその一言が選手のセカンドキャリアの成否を象徴しているのではないでしょうか。 
ファイトネス公式HPより
ファイトネス公式HPより
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