元プロ野球選手 寺嶋寛大氏 セカンドキャリアインタビュー(2)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.6.26

『志事(シゴト)』という言葉がものすごく刺さった

—— 現在は株式会社M&Iコンサルティングファームにて保険代理店業の個人事業主として活動されています。引退後の経緯はどうだったのでしょうか。

寺嶋 2017年秋に戦力外通告を受け、合同トライアウトに参加した際に、東京のクラブチームに声をかけてもらいました。そのクラブチームは、トレーナーとして一般のお客さまを指導しながら野球ができるという実業団に近い形態でした。この先、何をしてよいのかわからない中で、仕事をしながら野球もできるという話を聞いたので、深く考えもしないで、元プロ野球選手という看板だけでプチスターになれる! と思い、入団しました。ただ、そこでは(プロ野球のときのような)熱いものが湧き出てこず、なんとなくモヤモヤした日々を送ってしまいました。そうした時に、選手時代からの行きつけの店のオーナーの紹介で、現在所属する保険会社の社長に出会いました。

—— もともと保険には興味があったのですか?

寺嶋 全くありませんでした。ただ、その時のやりとりで気づいたことが大きかったのです。はじめて社長に会った時に、社長から「寛大、お前の仕事って何だ?」と聞かれ、「トレーナーです」と答えました。すると、社長が「聞き方を変えよう。お前のシゴトはどういう字を書くのだ?」と再び聞いたので、「仕事」と書いたのですが、「それは正解だけど違う」と言われました。「シゴトにはいろんな種類があるのだ。私事、死事、使事……」だと。その時の自分はモヤモヤした気持ちでトレーナーをしていたので、いわば「死事」だったのですね。さらに、社長からは「お前は何のために野球をしていたのだ?」と質問されました。「応援してくれている人、母親のため、自分が輝くため……」と答えると、「そういうことだよな。野球をやっていた時のシゴトは『志事』だったよな」と言われたのです。この『志事』という言葉がものすごく刺さったのです。野球をしていた時は、それが当たり前でやっていたから気づきませんでした。自分は志を持って野球をやっていたのだとその時に気づいて、それなら社会人も同じだと結びついたのです。仕事の内容というよりは、この出会いがきっかけで、そうした考えに導いてくださった社長について行くことを決めました。たまたま、その業務が保険だったということです。

—— そのような経緯があり、2018年12月から保険会社の業務に転身したのですね。志を持ち取り組む仕事を「保険」と決めたということですね。完全に野球から離れた社会人となることへの不安はありませんでしたか?

寺嶋 これから社会人としてやっていくということに関しては、不安しかなかったです。そのため、入社前に社長に、私は正直何をして良いのか全くわからないと言いました。保険を売る順番などやり方がわからないので教えてくださいと指示を仰ごうとしたのです。すると、社長から、2つのことだけを言われました。1つは自分が保険屋になった理由を考えること、もう1つは商談の流れの動画をひたすら見て学ぶこと。入社後の3カ月間の研修期間、その2つのことだけをがむしゃらにやりました。

—— まだこの段階では指示待ちの気質が抜けていなかったのですね。ただ、個人事業主の形の保険代理店は歩合ですから、収入保証がある3カ月間の研修期間の後は大変だったですか。

寺嶋 指示された2つのことを徹底的に取り組んだからか、研修期間後は、新規開拓から不思議と自ら動き出すことができました。特に所属している会社から、指示などもなく、指示を待つでもなく、自らの足で動いていけたのです。代理店が集まる勉強会や事業経営者が集まる研修なども、情報があれば貪欲に参加しました。
保険代理店業も、野球選手と同じ個人事業主で、基本的に自らが動く仕事なので、時間の使い方も自由に決められます。この夏には、海の家の手伝いをしたことが『志事』につながったりもしました。海の家で自分を解放することができ、また仲間も作れたところから保険の営業に繋がったのです。よく保険が売れるのは「縁・運・タイミング」だとも言われますが……。

—— 今の仕事に満足されていますか。

寺嶋 まだ保険代理店業を初めて期間が短いので、全くこれからです。私は「ゴール・戦略・行動」が大事であると思っていますが、仕事に関しては、まだまだゴールが明確になっていないのが課題です。ゴールは何でも良いと言われていますが、ゴールが見えていないと戦略が立てられず、行動ができない。ゴールは自分で見つけるものですが、その気づきを得られるきっかけの場が欲しいですね。何でも良いと言われても、それを「考える力」がまだ自分には本当に乏しいと思います。すぐに指示を仰ぎたくなってしまうところがあるのです。

—— お話を伺っていると、寺嶋さんは、自分自身の弱点を客観的に分析され、課題も明確に答えられていると思います。そうした分析力は、キャッチャーをやっていたことと関係しているのでしょうか。
寺嶋 仕事を『志事』にするためのキー(鍵)になる「コト」を考えることは、まだまだ苦手です。誰かに教えてほしいという癖も抜けきってはいませんね。ただ、キャッチャーの経験がビジネスでも生きていることとして「観察力」があります。相手の顔をしっかり見て、この人は何を考えているのかなといろいろ考えてしまうのが癖になっているんですね。

—— 寺嶋さんは、相手や周囲を分析し、その状況の中で自分はどうするべきかという点には長けているように感じますが、情報がない中での判断力が苦手で、慣れていないということでしょうか。

寺嶋 ある状況の下で、何が良いのかを考えることは得意ですね。野球の配球でも、この打者に何を投げればアウトが取れるかなどを考えていました。バッターを見て、握り方を見て、立ち位置を見てという観察力。これは本来キャッチャーとしてやるべき基本なので、普通にやれてしまっているだけのことかもしれません。仕事に置き換えると、保険の話をしている時に、相手の表情からこれは伝わっていないとか、この言い方なら伝わりそうだというところは、観察できていると思います。

—— 素晴らしい強みだと思います。しかも当たり前にできてしまっている。まだ保険販売業としては実績を上げておられる途上ですから、これから磨きをかければ交渉力や折衝力のスペシャリストになりそうですね。その土台となるのがキャッチャーというポジションを長年やってきたからこそ自然にできる観察力だと感じます。
写真
写真:寺嶋氏提供
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