元シンクロナイズドスイミング五輪メダリスト 川嶋奈緒子氏 セカンドキャリアインタビュー(2)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.12.11

メダリストからテレビディレクターへのパイオニアへ

—— スポーツを伝える仕事はたくさんあると思いますが、番組制作会社を選んだのはどういう思いからでしょうか。

川嶋 就職活動では「スポーツを伝える」という意味で出版社なども視野にあったのですが、幼いころから国語が苦手だったのであきらめました。他方、テレビ番組であれば映像がメインなので、国語力は関係ないかなと思い、テレビ番組制作会社にチャレンジをしようと考えたのです。ただ入社後、番組構成を考える上で国語の力、文章力がすごく必要なことがわかり、必死に勉強することになりました(笑)。

—— 今まで見られる人(シンクロ競技者)から、見せる人(番組制作者)への転身です。考え方の変化などあったのではないでしょうか?

川嶋 考え方の変化というよりも、私は選手時代に「こうしていたら良かったのに」と、選手目線で思うことが多かったため、むしろ選手側の目線を持ち合わせていることが強みであると感じました。

—— とはいえ、メダリストは引退後にコメンテーターやインタビュアーなどのテレビに映る側に転じるイメージが強く、制作をする完全な裏方業務をする人はまれだと思いますが、そこは意識されなかったのですか?

川嶋 周囲からは「メダリストなのに、こんなキツイ仕事を……」などと、よくいわれました。私自身シンクロの世界ではプライドがありますし、いろいろいわれるのは嫌ですけど、今の仕事では何も実績がないのだから、偉そうなことは言えないわけです。過去の栄光を捨てきれない人がいると聞いたこともありますが、私は新しい世界で一から勉強することが普通だと考えていたので、オリンピアンの実績を一度、ゼロにすることに決めたのです。そうしたことで苦労よりもワクワクするようになりました。入社当初から貪欲(どんよく)に学ぶという気持ちが強く、オリンピアンだからメダリストだからというプライドはありませんでした。自分自身の中で新たな世界で新しい知識を身につけられる楽しさと期待感に満ちあふれていました。

—— 競技引退直後、初めての会社勤めは苦労があったのではないでしょうか?

川嶋 初めは、契約社員としてテレビ番組のAD業務の仕事を始めました。体力的に大変厳しく、長続きする人が少なく定着率が良くないと聞いていましたが、元競技者としての強みの「体力」を生かし、すべての雑務に一生懸命に取り組みました。違うなと思ったら転職すればいいというアドバイスももらっていたので、自分に過度なプレッシャーをかけずに臨みました。ただ私自身が途中で投げ出すのが嫌な性格で、初めて触れる仕事をある程度できるようになるまでは辞めたくないと思っていました。五輪でメダルは取ったけど社会に出たら根性ないなと思われたくなかったという負けず嫌いな性格なのと、仕事自体が楽しく達成感があったことで、気づいたら10年以上続けていた感じです(笑)。
写真 アテネ五輪の銀メダルとオフィスでの川嶋氏
写真:山本浩氏撮影(左:銀メダル/アテネ五輪、右:オフィスにて)
—— 最初の上司は、どのような人でしたか?

川嶋 最初の上司は課長の菊岡大輔さんで今も直属の上司です。いつも気にかけていただき感謝をしています。初めて企画書を作成するときに助言をいただいたことは今でも覚えています。入社時からこれまで、私は特に周りの皆さまに恵まれていたと思っています。

—— スポーツ番組に関わることは希望されたのですか?

川嶋 水泳やシンクロを伝えることができる部署を希望していました。テレビ朝日が番組として世界水泳に関わっており、テレビ朝日スポーツ局で世界水泳やフィギュアスケート、新体操などの仕事をさせてもらえることになりました。入社して間もない2009年には世界水泳があり、シンクロ盛り上げ企画としてテレビ朝日のロビーで子どもたちや保護者、来館者向けに水槽内でシンクロ演技をしました。引退して1年くらいしかたっていなかったころのことでした。

—— それは川嶋さんだからこその企画ですね。とはいえ、社会人として慣れるまで大変ではなかったですか?

川嶋 入社当初から現在まで、一緒に仕事をする仲間、同僚は助け合える存在です。失敗は付きものであり、失敗しても、助け合ってそれをプラスにできる人になろうと自分自身心がけるとともに、後輩にも伝えています。

—— 何事にも前向きですね。現在の仕事内容を教えてください。

川嶋 現在は正社員としてテレビ朝日スポーツ局に出向し、ディレクターとして取材から企画作成、中継作業などを幅広く担当させていただいております。2008年入社ですので10年以上たちました。

—— これまで手掛けた番組や企画で、忘れられないもの、思い出に残っているものはありますか?

川嶋 たくさんあります。先ほどのシンクロ盛り上げ企画もそうですし、2012年のロンドン五輪でのシンクロ最終予選で取り組んだ企画も思い出深いです。出来は決して良いものではなかったと思いますが、自分でもナレーションを読むなど試行錯誤して作りました。2017年には、ハンガリーのブダペストで開催された世界水泳の盛り上げ企画として「シンフロ」を行いました。これはシンクロとお風呂を掛け合わせ、温泉でシンクロをする盛り上げ企画で、水着を1から作ったり、ロケハンにも行ったりと達成感がありました。次回の世界水泳は2022年5月に福岡でありますので、そこでも新しいことにチャレンジしたいと思っています。

—— アスリート出身のビジネスパーソンとして自覚されている強み、弱みは何だと思われますか?

川嶋 強みはアスリートとしてオリンピックに出場したことで、いろいろな競技の選手たちと共通の話ができるということと、シンクロの技術的なことについて難しいところを正しく放送に生かすことができることです。実は、入社からしばらくの間、「オリンピック選手だった」という話は自分からはしませんでした。数年たったある時、撮影に不安な選手に「自分も選手でした」と伝えたことで、その選手が安心して心を開いてくれることがあり、選手の立場に立って寄り添えることが私の強みであると気づきました。それ以降は、むしろ自分が元選手であったことを伝えていくようにしています。
元選手だったからという強みの反面、シンクロに関しては知りすぎてしまっていることが弱みにもなっていると思います。知っているが故に、一般の方が面白いと思えることなどに、なかなか気づけないこともあります。先ほども例で出した「水の中で音は聞こえるのですか?」といった、好奇心からの発想が浮かばない点でしょうか。

—— テレビ番組制作者として、これからのビジョンや夢を教えてください。

川嶋 この仕事を始めて、2020年で12年目になります。まだまだ未熟なところも多いのですが、成長を重ねて良い番組作りにまい進していきたいと思っています。そして、この仕事を始めたころからやりたいと思っていた「選手密着取材企画」をいつか実現できればと思っています。

—— 最後に川嶋さんから現役アスリートへセカンドキャリアのアドバイスをお願いします。

川嶋 競技での技術力向上も大切ですが、日常生活での人間性を磨いておくことを忘れてはいけないと思います。そして、自分が何に興味があるかを知るために、できれば選手のうちから、いろいろな人と短時間で良いので出会っておくことをお勧めします。
多くのアスリートは自身の引退後、次の職業を選択する際に、自分が何に興味があるのかがわからなくて困っているケースがあるようにみえます。人と会うことによって、自分が何に関心があるのかがわかり、それが次につながるのだと思います。でも実際は、私を含めて選手時代は競技に集中したくて、そのような時間が取りにくいことがあります。
私は骨折後にたまたまリハビリをする経験をして、その時間を通じて、「スポーツを伝える」という興味ある分野に出会えました。競技引退後からでも、いろいろな人に会って、自分自身の関心がどこにあるのか、また、セカンドキャリアの選択肢を学ぶ時間が有効なのかもしれません。自分自身が興味を持ち選択した分野ならゼロから始められるし、うまくいくのではないかと考えます。人と会うのが難しければ本を読むことでも良いだろうし、何事にもチャレンジすることが大切だと思います。
川嶋奈緒子(かわしま・なおこ)プロフィール

1981年4月7日生。東京都出身。国士館高校、国士館大学、国士館大学大学院。小学生2年生の時にシンクロナイズドスイミングに興味を抱き、3年生から始める。小学生・中学生はジュニアオリンピックで活躍し、1997年よりジュニア日本代表に選出。2000年ナショナルBチームを経て、2001年からナショナルAチーム入り。同年世界水泳チーム銀メダル、2003年世界水泳チーム銀メダル、フリーコンビネーション金メダル、2004年アテネ五輪でチーム銀メダル、2005年世界水泳チーム銀メダル、フリーコンビネーション銀メダル、2007年世界水泳チーム・テクニカルルーティン銀メダル、チーム・フリールーティン銅メダル、フリーコンビネーション銀メダル、2008年北京五輪でチーム5位入賞。この間、2006年7月の練習中に左足の人さし指を骨折し長期リハビリを経験。2008年の北京五輪終了後に競技引退。同年10月にテレビ朝日グループの番組制作会社である東京サウンド・プロダクションに契約社員として入社。ADとして実績を積み、現在は同社正社員としてテレビ朝日スポーツ局へ派遣されエースディレクターとして活躍。オリンピックメダリストからテレビディレクターとなった唯一無二の存在。 主な担当番組は「フィギュアスケートグランプリシリーズ・ファイナル」や「世界水泳」。来年の「東京五輪」、2022年には「世界水泳福岡」も担当予定。
【TSP 株式会社東京サウンド・プロダクション】
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【株式会社テレビ朝日 スポーツサイト】
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【株式会社テレビ朝日】
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