元アスリートを受け入れる側の声 稽古場での加藤え美子さんについて

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2021.3.11
写真:有限会社プロダクション東京ドラマハウス提供(左:井口氏、右:加藤氏)
写真:有限会社プロダクション東京ドラマハウス提供(左:井口氏、右:加藤氏)
加藤さんは、大輪の花のようであり、またヒナギクのようにひっそりとしたところを合わせ持った人です。そんな加藤さんが演劇に興味をもち、第二の人生のスタートとして、一緒に稽古を始めました。

「習い事は一より始まり十にいき、また十より戻り、一より始まる」といわれます。基礎を丁寧に習い、上達し、また、基礎を確認して、さらなる高みを目指すという意味です。よく、スポーツや芸事を一生懸命に続けてきた人が、教える立場になって追体験し、「これは、こういうことだったのか」と改めて目からウロコのように気付いたり、再発見することがあるといいます。まさに「一より十へ。十より一へ」の証しだと思います。

加藤さんは、幼いころからフィギュアスケートに打ちこみ、「人にものを習う」「レッスンを受ける」という基本姿勢がきちんと身についている人です。「指導者の要求にどこまで応えられるか」「指導者の求めているものは何か」を考える、習う者の基本姿勢ができあがっているのです。

日本で最初の芸能レッスンテキストは、世阿弥の「花伝書」です。その「花伝書」の中に「序破急」という言葉が出てきます。これは、物語を作る上での心得とされていますが、稽古をするときの心得ともいわれています。「序破急」の「序」は基本を大切にということ。基本を大切に、型を重視して先人の伝えてきた良い部分をしっかり身につけた後で、独自性を打ち出す。すなわち「破」です。

若い時分は、自己の意識や発想ばかりに目がいって、「私のやりたいように表現する」という人が多いものです。しかし、基本をきちんと習得しない人の芸は大半の場合、一人よがりの美しいものではありません。そのため、トレーナーの最初の仕事は、何もできない若者に「私は何もできない。最初からきちんと学ぶ」という姿勢を植えつけることです。

「まねるは、学ぶ」といいますが自意識の強い人は、かたくなにこれを拒みます。稽古場で「加藤さんはできていますね」「加藤さんが一番早くできました」「皆さん、加藤さんの演技をよく見て!」「なぜ加藤さんがいち早くできるのかを考えてください」とよくいいます。それはとりもなおさず、トレーナーの要求に応えて、それをクリアにしていくという強い意志が加藤さんの中にあるからです。

加藤さんは、長年フィギュアスケートの世界で修練を積んできました。フィギュアスケートは他のスポーツと同様に、守らなければ達成できない技術が山積しています。全体重を支える足首の強化、スケーティングの技術、それを支える体幹力、バレリーナの要素、表現力、体力、気力、精神力、そして根性など。それらの要素は一朝一夕に身に付くことではありません。基本に基本を重ねて初めて達成できることなのです。

若いレッスン生の中には「うん、分かった、分かった」とうなずく人がいますが、実際やってみると、レッスンの目的すら分かってはいないことがあります。そんなときには、「加藤さんを見習って」と声をかけます。加藤さんは、目でよく見て、「何をしているか」「目的は何か」「その結果は」と全てを確認して、耳を研ぎ澄ませて聞いています。ですから、習得が速いのです。

抽象画の大家ピカソや岡本太郎も、若き修業時代のデッサンなどは実に緻密で繊細なものです。彼らの独創的な作品群は、たくさんの稽古と苦悩の中から生まれました。「形に入って、形無しとなり、やがて型破りとなる」。レッスンの第一歩は正しい形をもつことです。加藤さんのレッスンの大きなポイントは、先人へのリスペクトにあります。良いものへの正しい評価と尊敬が、加藤さんの中に根付いています。

そして、名は体を表す。加藤さんはとてもチャーミングで、稽古場でもすてきな笑顔を見せてくれます。いつの日か、大きく花開き、さらに成長して、加藤さんならではの演技を見せてくれることを心から期待しています。


有限会社プロダクション東京ドラマハウス 代表
日本俳優連合理事
井口 成人
取材・文 : 小村大樹(おむら・だいじゅ)
草創期のメンタルトレーナーを経て、総合学園ヒューマンアカデミー、一般社団法人日本トップリーグ連携機構などに従事。
現在は、NPO法人スポーツ業界おしごとラボ理事長・小村スポーツ職業紹介所所長。
株式会社三菱総合研究所 アスリートキャリア支援事業プロジェクトに協力。

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