藤本 50周年記念研究でのSFプロトタイプは、新入社員研修とかなり違うやり方をしています。専門性のあるメンバーが宮本先生と一緒に、社会課題や新たな社会的弱者の姿など未来の世界観をきちんと作り込んでから、どういう事件が起こって、何があって、と話を進めていく。社会システムの予想図もきちんと設定して、「こういう社会だからここにシステムエラーが起こるのでは。それをSFの題材にしていくのか」とも話し合っています。
宮本先生から面白いと指摘されたのが、未来の産業の姿だけでなく未来における代表的な個別企業のPL(損益決算書)まで考えた点です。未来がこう変わるからこういう産業が生まれ、メジャーどころの企業はこういう損益状況になるので確かに社会全体に広がる、みたいな話です。そうした点を詰めるとリアリティーが出てくる。ビジネスや社会の話題に加え、宮本先生のプロとしての視点を入れ込んだのは、作品の面白いところではあります。
宮本 SFプロトタイピングでは普通のSFと異なる評価軸を想定した方が良いと思っています。例えばSFは世界に大きな変化があった後、「ポスト○○」の世界を描いている作品が多いのですが、SFプロトタイピングではむしろその変化のプロセスを具体的に描くことに重点を置くと、良い物ができるのではないでしょうか。
もちろん、それを考えるのは難しい作業で、作家一人ではディティールを詰めていくのが大変です。そこで、作家と一緒に企業がビジネスの視点で考えるということが大事になってきます。例えば、ある技術が「登場」しただけでは社会は変わりません。ある技術ができたら、そこには新しい会社ができて、お金が回って、それにまつわる産業が発展して、新たな課題が生まれて、というふうに社会が少しずつ変わってゆくのです。こうした必然的な流れをどう設計し、どう変化の具体像を浮かび上がらせるかが、SFプロトタイピングの肝だと思っています。
以上のような共同作業は、作家と企業の双方に利点があります。企業にとっては、作家一人一人の未来を考える手法や批評的な視点を、作品のアウトプットを通してだけでなく、作品制作の途中の過程からも学ぶことができます。作家にとっては、ふだん一人での作業が多いので、制作に複数の視点が入ることで、一人では描けなかった新しいものを出すことができますし、企業から現場のさまざまな知識を得られるのも魅力です。
藤本 コロナ禍前に当社の会議室で、宮本先生と一緒に延々と壁いっぱいに、「こういうことが起こるんじゃないか」とか「なんでここ変わるんだ」みたいな話を書いて、ビフォーアフターですごく悩んだことを思い出しました。あの時は「こういうことが起こってこうすると、やっぱりこういうビジネスとしてこっちに人が来るのでは」とか「人の動きとしてはこちらが合理的だからこういうことが起こったら、これが普及するよね」と話していました。こうした話は産業の転換に近いもので、実際に計算してみたら現在当社よりも利益率が高いのでは、などという話になっていました。
つまり、未来において具体的なビジネスや法制度を想定することで、SF思考も納得性を伴い、地に足がついてきます。SFで産業というと大企業が膨大な費用を投じて秘密の研究をしているイメージがあるのですが、中小企業も活躍してビジネスや技術が社会に浸透しているところまで描けるのが、面白いなと思ったところですね。
宮本 そこまで具体的に描けているSF作品というのはなかなか少ないんですよね。何かを細かく想像するには、取材に行ってディティールを調べて、という大変なプロセスが必要になってきます。相当手だれの作家で、お金も時間もあるような条件がそろっていないと、そういうところまで行きつきにくい。SFは時として科学的な描写のディティールが求められるジャンルですが、もちろん産業の描写のディティールもリアリティーに大きく寄与します。
だからこそ、作品制作を作家に丸投げするのではなく、ビジネスサイドや専門家サイドが作家と相談を重ねて一緒に作品を作っていくという手法は、作家と企業の双方にとって「お得」なんです。
なお、たくさんの人が作品に関わると、場合によっては作品が丸くなってしまい、誰もが納得するが面白くない紋切り型の未来像に落ち着いてしまう場合があります。私もそうした実例をいくつか見ています。とがったアイデアを消さないワークショップ手法、お互いがお互いに強制しない形での共作プロセス、そういったものをこの共同研究で作り上げていければと思っています。