「SF思考学」の実践

「SF思考学」特別座談会 第3回
2020.11.5
筑波大学との「SF思考学」共同研究に関する特別座談会の連載も3回目となった。今回は三菱総合研究所が2020年4月に実施した新入社員研修や、進めてきた50周年記念研究における、具体的な取り組みを紹介する。

これまでと同様、参加者は筑波大学システム情報系の大澤博隆助教、宮本道人研究員、当社未来構想センターの関根秀真センター長※1、藤本敦也シニアプロデューサー※2の4人である(以下、敬称略)。

新入社員研修で見えたもの

藤本 大澤先生、宮本先生には4月に当社の新入社員研修をしていただきました。一方50周年記念研究では、両先生と共にプロのSF作家の方々という専門家集団と組ませていただいて、こうなっていたいという未来社会像づくりを進めています。似ているようで違うアプローチです。

新入社員研修ではゲーム感覚のSFプロトタイピングを通じて未来の姿を描き、最終的な出口は研究開発部門長役の審査員にプレゼンテーションしました。またSFプロトタイピングとの比較のため、同じメンバーで通常のシナリオシンキングも行いました。当時の映像を見返すと、SFプロトタイピングの方が皆さん自由に発言できていて楽しそうでした。

ただ、新入社員は泣きそうになっていました。午前中にシナリオプランニングをやって、午後にはチーム構成をがらりと変え、2時間半のSFプロトタイプをやりましたから。18個の研究テーマのプレゼンテーションを受けた審査員も、死にそうになっていましたけどね。

私の感想としては両手法の違いが結構出たなと思います。SFプロトタイピングは宮本先生が登場人物のキャラクターから作り出した一方、シナリオプランニングは逆にマクロトレンドを起点に、どういう業界構造の変化が起こるのか描き出す感じでした。SFプロトタイピングによるアウトプットやプロセスの特徴は今、大澤先生に分析していただいている最中です。論文としてもまとめる予定でしょうか。

大澤 はい。途中経過を、9月末の応用哲学会で発表しました。


藤本 現在は細かな内容を言えないと思いますが、SFプロトタイピングとシナリオプランニングとで何か違う傾向が出ていたのであれば、可能な範囲内で教えていただけますでしょうか。

大澤 新入社員の方々に従来型のシナリオプランニング手法で新しいビジネス提案を考えていただいたものと、われわれが開発しているSFを使った手法でビジネス提案をしたものとを、専門家の評価を用いて比較しています(図1)。SF手法の方が、挑発的で人々を楽しませるアイデアが出てきやすい傾向があるということが分かってきました。

一方で、SF手法で提案したアイデアの方が、リアリティーは低いようです。ただ、リアリティーが高ければニーズがある、というわけではありません。どちらかというと、提案の挑発性や楽しさ、新規性、直感性といった項目のほうが、経営層が継続検討にGoを出すためには重要なようです。SFの方が楽しい提案が出てきやすいため、ビジネスとしてやってみたいと思われる傾向にありますね。

少なくともSF手法が成功した場合には、従来あったようなステレオタイプな思考を外した、挑発的で楽しいアイデアが出やすいようです。ただ一方で、物語のオチをつけようとして、提案が安易な方向に流れるグループもありました。これはおそらくグループの構成にも依存しており、別々の専門知を持つメンバーが、自由に意見を出し合えているかどうかも重要なようです。

今回はメンバーの事前の性格や専門分野も評価し、メンバーがなるべく多様な背景を持つように気を使いました。SF手法を単に使えばいいというわけではありません。どのような場合に成功し、どのような場合にうまく行かなかったのか、詳細を分析する必要があります。

また、物語を中心にした議論は、メンバー間のコミュニケーションを活性化しやすいと考えています。シナリオ手法でうまくいったケースでは、特定の個人の発想力に他メンバーが依存する割合が大きいのですが、SF手法でうまくいったケースでは、メンバー間のやりとりでアイデアが生まれる傾向があります。SF手法の方が、メンバーそれぞれの個性をより活かせているのではないかと思います。
図1 SF手法はより挑発力が高く、楽しさを持っているが、一方でリアリティーには乏しい
図1 SF手法はより挑発力が高く、楽しさを持っているが、一方でリアリティーには乏しい

出所:三菱総合研究所評価者アンケートに基づき大澤助教作成

挑発性と方策の大切さ

宮本 ワークショップ自体のゴールと発表形式を工夫した点も補足しておきたいです。この手のワークショップは、現実的には無理がある未来像か、ありきたりな未来像のどちらかを考えることになりがちで、それに伴う課題や解決策も漠然としたものしか出てこないことも多いと思います。今回の新入社員研修ではそうならない工夫を随所に凝らしていて、特にアウトプットを研究開発提案という形にした部分がすごく大事だったと思っています。

関根 研究開発とは裏返すと、実現の方策を考えることだと思います。描くのはみんな楽しいけれど、実現には苦しみも伴うことまで考えた上で他人に説明できるかどうかが不可欠であると、今回の研修で新入社員は学んだはずです。

50周年記念研究ではそうした要素を「ビジョンとトランジション」と表現しています。SF思考学を深めていく中で、未来をどうやって実現するのかまでをしっかりとつなげるリアリティーと、いわゆるぶっ飛んだ非連続な部分とをバランスよく組み合わせて、最終的にいい解が描けるかが、注目されるべき点かなという印象を持っています。

藤本 0から1の最初の一歩を踏み出すにはやはり、挑発性や楽しさ、ワクワクする部分がないと無理ですね。それはSFの力です。リアリティーよりも挑発性の方が最終的な意思決定に寄与する、との大澤先生の見方は面白い。そこから先の10から100や、100から1000に行くところの意思決定には多少のリアリティーが求められる気がしますが、最初の段階では挑発性や楽しさがないとそもそも話にならない。

SF思考学に今後取り組む上で一つの肝になってくるのは、実現の方策を考えるところまで、こうした挑発性を保ち続けられるかどうかではないでしょうか。


関根 SFのプロトタイピングやシンキングは発想法にととまらず、合意形成の手法でもあるようです。ステークホルダーに「この社会は、実現させたい!ね!」と同意させることができるのが重要であると感じます。

「ビジネス視点」の効用

藤本 50周年記念研究でのSFプロトタイプは、新入社員研修とかなり違うやり方をしています。専門性のあるメンバーが宮本先生と一緒に、社会課題や新たな社会的弱者の姿など未来の世界観をきちんと作り込んでから、どういう事件が起こって、何があって、と話を進めていく。社会システムの予想図もきちんと設定して、「こういう社会だからここにシステムエラーが起こるのでは。それをSFの題材にしていくのか」とも話し合っています。

宮本先生から面白いと指摘されたのが、未来の産業の姿だけでなく未来における代表的な個別企業のPL(損益決算書)まで考えた点です。未来がこう変わるからこういう産業が生まれ、メジャーどころの企業はこういう損益状況になるので確かに社会全体に広がる、みたいな話です。そうした点を詰めるとリアリティーが出てくる。ビジネスや社会の話題に加え、宮本先生のプロとしての視点を入れ込んだのは、作品の面白いところではあります。

宮本 SFプロトタイピングでは普通のSFと異なる評価軸を想定した方が良いと思っています。例えばSFは世界に大きな変化があった後、「ポスト○○」の世界を描いている作品が多いのですが、SFプロトタイピングではむしろその変化のプロセスを具体的に描くことに重点を置くと、良い物ができるのではないでしょうか。

もちろん、それを考えるのは難しい作業で、作家一人ではディティールを詰めていくのが大変です。そこで、作家と一緒に企業がビジネスの視点で考えるということが大事になってきます。例えば、ある技術が「登場」しただけでは社会は変わりません。ある技術ができたら、そこには新しい会社ができて、お金が回って、それにまつわる産業が発展して、新たな課題が生まれて、というふうに社会が少しずつ変わってゆくのです。こうした必然的な流れをどう設計し、どう変化の具体像を浮かび上がらせるかが、SFプロトタイピングの肝だと思っています。

以上のような共同作業は、作家と企業の双方に利点があります。企業にとっては、作家一人一人の未来を考える手法や批評的な視点を、作品のアウトプットを通してだけでなく、作品制作の途中の過程からも学ぶことができます。作家にとっては、ふだん一人での作業が多いので、制作に複数の視点が入ることで、一人では描けなかった新しいものを出すことができますし、企業から現場のさまざまな知識を得られるのも魅力です。

藤本 コロナ禍前に当社の会議室で、宮本先生と一緒に延々と壁いっぱいに、「こういうことが起こるんじゃないか」とか「なんでここ変わるんだ」みたいな話を書いて、ビフォーアフターですごく悩んだことを思い出しました。あの時は「こういうことが起こってこうすると、やっぱりこういうビジネスとしてこっちに人が来るのでは」とか「人の動きとしてはこちらが合理的だからこういうことが起こったら、これが普及するよね」と話していました。こうした話は産業の転換に近いもので、実際に計算してみたら現在当社よりも利益率が高いのでは、などという話になっていました。

つまり、未来において具体的なビジネスや法制度を想定することで、SF思考も納得性を伴い、地に足がついてきます。SFで産業というと大企業が膨大な費用を投じて秘密の研究をしているイメージがあるのですが、中小企業も活躍してビジネスや技術が社会に浸透しているところまで描けるのが、面白いなと思ったところですね。

宮本 そこまで具体的に描けているSF作品というのはなかなか少ないんですよね。何かを細かく想像するには、取材に行ってディティールを調べて、という大変なプロセスが必要になってきます。相当手だれの作家で、お金も時間もあるような条件がそろっていないと、そういうところまで行きつきにくい。SFは時として科学的な描写のディティールが求められるジャンルですが、もちろん産業の描写のディティールもリアリティーに大きく寄与します。

だからこそ、作品制作を作家に丸投げするのではなく、ビジネスサイドや専門家サイドが作家と相談を重ねて一緒に作品を作っていくという手法は、作家と企業の双方にとって「お得」なんです。

なお、たくさんの人が作品に関わると、場合によっては作品が丸くなってしまい、誰もが納得するが面白くない紋切り型の未来像に落ち着いてしまう場合があります。私もそうした実例をいくつか見ています。とがったアイデアを消さないワークショップ手法、お互いがお互いに強制しない形での共作プロセス、そういったものをこの共同研究で作り上げていければと思っています。
(第4回「SF思考学の未来」に続く)

※1:対談時点。現先進技術センター、センター長

※2:対談時点。現経営イノベーション本部所属