「アリゾナ流SFプロトタイピング」に学ぶ

「SF思考学」特別座談会 第2回
2020.8.14
当社未来構想センターは筑波大学と共同して研究している新たな学問「SF思考学」を世に示すため、このほど特別座談会を行った。その内容を紹介する連載の第2回では、2020年1月27、28日にアリゾナ州立大学「サイエンス・イマジネーション・センター(CSI)」を訪問した際のエピソードを紹介する。
同センターは近年の技術開発や研究が場当たり的であるとの反省から、2012年に設立された。SF×未来社会構想の研究と実践において世界一進んでいるとされる。訪問したのは筑波大学システム情報系の大澤博隆助教、宮本道人研究員、当社未来構想センターのセンター長である関根秀真、シニアプロデューサーの藤本敦也の計4人。「アリゾナ流SFプロトタイピング」のポイントはどこにあったのだろうか(以下、敬称略)。

未来像の実現とSFの役割

藤本 アリゾナ訪問は1月末でした。新型コロナウイルス感染症が大流行する少し前のタイミングで、今思うとギリギリでした。訪問中で一番盛り上がったのは未来像を作って実現させていく過程には三つのステージを意識することが重要ではないかとCSIの教官陣であるEd Finn先生とRuth Wylie先生へ問いかけたときでした。①未来像を作成して関連技術を開発、②技術による社会への影響を把握した上で規制改革を検討、➂社会実装に対する市民などの受容性を向上、というものです。

SFは①と②にすごく寄与するという話があり、SFで“What to do in the future(未来になすべきこと)”を具体的に共有できると感じました。そして、開発者がhow(方策)を考える起点となり、政策決定者や投資家、経営陣が意思決定をしていくことをSFが後押しするとともに、そのSFで描く未来を実現するコミュニティも作れるのではないかと。
日本人はいったん何かが決まれば一気にやっていくところがあるのですが、最初の段階ではステークホルダー間の意思決定が不可欠です。その「what(何)」を導きだす上でSFは非常に大事だ、という話が出たと思っております。

CSIで行われていた実験はワークショップ形式で、さまざまなパターンが試されていました。チーム構成は1チーム4~6人で、内訳はSF作家と編集者が各1人、残り2~4人はリサーチャー、エンジニア、研究者などの専門家で構成されたチームもあれば、さまざまな背景をもつ一般参加者で構成されたチームなどもありました。ワークショップの目的に応じて最適な構成にしていました。このようにある程度システム的にSFプロトタイピングを行う手法は、われわれのSF思考学の原点に近いのかな、と思います。

大澤先生も実際に行かれてみて、見よう見まねでSFをつくるのではなく、ある程度はシステム的に分析した上で、トライアルや実証を進めるべきだというお考えでしょうか。
写真1 アリゾナ州立大構内にて。CSIの教官たちとともに
写真1  アリゾナ州立大構内にて。CSIの教官たちとともに
写真:大澤先生提供
大澤 そうですね。システマチックな方法で、きちんと区分けがされているのはさすがだと思いました。われわれ自身もワークショップを体験しましたが、ワークショップでは、これとこれを結びつければうまくいきそう、という風に、アイデアがすんなりと出やすい形になっていたのが興味深かったです。また、ワークショップでは、共同作業を通じて文化的な背景が異なる人同士のコミュニケーションを特に重視していると感じました。それは多分、米国の政策決定の場においても非常に重要視されていることではないかと思います。

そして、彼らのアプローチとわれわれのアプローチが、そんなに違わなかったことに安心した面もありました。専門性が高まる昨今、ある技術が社会実装された時に、世の中がどう変わるかということを、複数の専門家や一般人が壁を越えて議論するにはどうしたらいいか、というのは世界共通の悩ましい問題です。そのときにフィクションの手も借りたい、ということなのでしょうね。SFは未来像を物語として表現することができ、SFを作り、読む過程で、あるキャラクターがどうなるかを、感情移入しながら主体的に議論できます。SFを用いる利点として、そうした強みがあることは、われわれとCSIが共通して持っている認識だと思います。

「サイコロ」に仕組まれたもの

藤本 ありがとうございます。私が印象的だったのは、CSIは1回作って捨てるところまでシステム的にやっている、と宮本さんが感動されていたことです。システムでやっているから、適切なタイミングですべてを捨てられるのだ、とおっしゃっていましたね。
写真2 「未来年表」の完成形
写真2 「未来年表」の完成形
写真:藤本撮影
宮本 先ほど、ワークショップのチーム構成の話がありましたが、CSIの重要なポイントは、一般の方が参加して未来を考えるコミュニケーションを行うSFワークショップと、プロの作家と一緒にフィクションを作るという、二つのやり方に分けられていたことです。これを分けたことによって、それぞれに最適な役割とやり方が試されていた印象があります。この二つの違いは、日本でSFプロトタイピングが話題にあがるときにはあまり気にされていないことが多いように感じます。

実際のところ、SFに慣れていない人にSF的な未来を考えてもらうのは、すごく難しいと思います。CSIではそれを解消するためにゲーム的な方法論が採用されていました。
例えば一般の方が参加して行うワークショップでは、まず、未来年表の上に明確な一つのゴールと目標年を決めます。さらに、事務局がゴールに対して影響の大きい出来事を記した付箋数枚を用意し、その中から参加者はサイコロをふってランダムに付箋を取り、それが年表のどこに位置するか相談しながら貼っていきます。
ただ、貼る際には前後の付箋との関連を議論するので、「何が起こるから、ここなのか」という因果関係の構造化を自然に行うことになります。
続いて、補足的に参加者が重要だと判断する事柄を自分で付箋に書いて貼りつけ、他のチームとも比べるなどの修正を加えて完成させます。その後、自分のチームが作成した年表は、実現したい未来かそうでないかを判定することになります。
この際、付箋の出来事について「これが起こらなかったら他の付箋の出来事にどういう影響が出るか」「これがこういう風に変わっていたら未来はどう変わっていくか」などの「SF度」を上げて議論させます。これによって、最初からいきなり突拍子もないことを考えさせるのではなく、いったん自分ごととして現実的な未来を考えた後にさらにフィクショナルに考える2段階思考みたいなことがきれいにできていた。それが誰にでもできるような形で設計されていたのが、CSIのすごさだったと思います。

試行錯誤の面白さと付箋の力

藤本 そうですね。最初は結構楽しいゲームのような感じでした。どちらの未来になるのかをサイコロで選んでいいのか、と思いもしましたが、同時並行のワークショップを通じて、いろいろな世界が出てくるのも面白かったです。日本のワークショップだと、まずは議論しましょうと言って疲れちゃいます。そして一つのテーマでのワークショップを大人数でやって、議論やアウトプットのパターンも一つに限られてしまいます。

宮本先生がおっしゃったように、数多くのパターンを作った上で選択した後、プロの人にも任せることもあり得る。この目的でこういう人を集めてきたら、こういうやり方でどうだろう、などと試行錯誤をしているCSI式は、確かに学問的で面白く、実践的でもあるな、と私も思いました。

大澤 付箋を貼る手法は視認性が高く、コミュニケーションの役割を重視して生まれたものだと思います。全員で議論した結果として、発想がステレオタイプに落ち着くこともありますが、例えそうだとしても、新しい思考や未来社会のイメージを、取りあえず集団で共有するプロセスを大事にしているところは、興味深いと思いました。

一方でプロのSF作家を交えた創作の場合は、アイデアを出し合ってコミュニケーションする過程よりも、それぞれのプロが、各フェーズで頑張って作ったアイデアや作品に基づいて生まれた未来像を、専門家が後できっちり検証するところに力を使っています。一般の方を対象としたワークショップでは裾野が広く、専門家を対象としたワークショップでは深い検証を行っている。そうした割り切りがはっきりしていて、大変システマチックですし、必要な手法を目的によって分けているなと感じました。

藤本 実はその後われわれも期せずして、そうした二つのパターンを実践しています。一つは今年4月の新人研修で行いました。もう一つは、プロのSF作家さんと一緒に行っている50周年記念研究です。
(第3回「新人研修と50周年記念研究」に続く)