「SF思考学」の未来

「SF思考学」特別座談会 第4回
2020.11.5
筑波大学との「SF思考学」共同研究に関する特別座談会の連載もこれで4回目。最終回では、今後のSF思考学の展開と50周年記念研究との関わりについて考察する。参加者は筑波大学システム情報系の大澤博隆助教、宮本道人研究員、当社未来構想センターの関根秀真センター長※1、藤本敦也シニアプロデューサー※2である(以下、敬称略)。

「伴走」の大切さ

藤本 SF作家に丸投げするのではなく、ビジネスサイドも含めた専門家がきちんと伴走することがSFプロトタイピングでは重要だと、宮本先生が指摘されました。しかし、発注する企業側には、世界観などに関する踏み込んだ議論をしない場合もあり、結果的には商品PRや企業イメージ向上にしか使われていないこともあります。また、世界観などはうまく作れても、そこからビジネスまで落としていくところで詰まってしまうケースも多いです。まだビジネス×SFは黎明(れいめい)期であると実感しています。

これを一歩進めるためには、SFを使ってプロトタイピングから産業創出までやっていく中で、やはりステークホルダーと作家が伴走しながらコツコツ作っていくことが大切だと思っています。この点、大澤先生はいかがでしょうか。

大澤 ステークホルダーと作家のコラボレーションのうまいやり方は、ぜひ掘り下げて調べたいところです。最初はアイデアがなかなか出てこない場合もありますが、SF作家に深く突っ込んでいくと、非常に良いアイデアを打ち返してくれることがあります。出会い方をうまく設計することが重要なのは間違いないでしょうね。

また、SFというと「物語」そのものを考えますが、影響の範囲はさらに広いだろうと思っています。われわれは現在、早川書房さんと共同で、研究者にSFの影響を聞く「SFの射程距離」という連載を雑誌「SFマガジン」でやっています。その中でさまざまな作家や研究者に取材していますが、SFの影響は非常に広範にわたります。物語の進行だけでなく、その中に出てくるギミックや映像が大好きであるとか、周囲の社会状況に合わせてこういう影響を受けたなど、研究者に対する影響にはさまざまな形があります。

ステークホルダーと作家が伴走してイメージを設計する際にも、SFのシナリオだけではなく、設定やビジュアルの力なども含めて、何か言えることはあるのではと思います。そういった辺りも、きちんと分析していきたいです。

あつまれ SFさっかのたまご!(SF作品コンテスト)で目指すもの

藤本 プロや専門家ではなく、素人同士が集まる形として、2020年8月に行った当社の「ファミリーマンス(会社のことを家族に知ってもらうイベント)」の中で、「あつまれ SFさっかのたまご!」と題して、小中学生のお子さんを中心に家族でSFを作るというコンテストを行いました。家族というコミュニティーの中で「子どもの未来を一緒に考えてみる」とか「子どもが育つ未来とはどういうのがいいのだろう」みたいな。

写真:当社「ファミリーマンス」の様子
写真:当社「ファミリーマンス」の様子
写真:三菱総合研究所
藤本 審査員役となった当社の経営陣も乗り気で、とても関心を持っていました。小説だけでなく漫画でも絵本でも出品可能にしました。通常のコンテストと違い、最初に小中学生向けにアレンジしたSF思考学のオンラインワークショップを行ったのが特徴です。結果、大人顔負けの作品や大人の発想では出てこない力作がいくつも寄せられました。また事前宿題の家族大調査も好評で、子どもたちが喜々として親にヒアリングをしたなどの声も上がっています。次年度以降、当社だけでなく他の三菱グループ企業と連携して進めていくことも検討しています。これ以外にも、高校に出向いて、生徒の単位の取得などにも活用できるようなプロジェクトも考えています。そういった一般の方々の集まりがSF思考学の今後に与える影響について、どう思われますか。

宮本 子どもさんと一緒に考えるワークショップは大人にとっても重要だと思っています。未来への道筋を立てるには、世代間の考えの差を認識し、まだ生まれてない世代の価値観さえも予想する必要がありますが、今回のファミリーマンスのようなワークショップはその足がかりに成り得るんです。

そもそもSFプロトタイピングは未来の商品なり社会制度なり何かしらをSFという形で考察するものですが、それが「プロトタイプ」である以上、先ほどからの話にもあるように、その後の現実化(商品化・社会実装など)の可能性が前提に置かれるわけです。では、誰がその現実化に携わるのでしょうか。もちろん現在そのプロジェクトに関わっている大人は、今から未来のための準備をするかもしれません。でも、それなりに遠い未来をSFプロトタイピングで考えていた場合、将来的にそこに携わる人やそれを享受する人というのは、今現在はまだ小さい子どもかもしれません。

その子どもたち自身のニーズや価値観を理解すべく対話を行うというのは、子どもにとっても大人にとっても重要なことです。大人が共感できないこだわりや理解できない悩みを子どもが持っていたら、それは新しい産業を作り出す鍵に成り得るわけですが、子どもだけではその可能性に気付きにくい。そのため、今回のファミリーマンスでは、子どもさんだけで作品を作るというよりも、子どもさんからご家族に質問しながら具体的な未来を考えていただけるような設計を行いました。

単に未来を妄想するだけではなく、未来から逆算して今なにをすべきか考える能力はそういう対話から生まれてくると考えているのですが、そもそも日常生活では、ご家庭内であってもそれ以外であっても、子どもと大人が未来についてきちんと語りあう機会は非常に少ないです。進路選択のときになって、自分一人で想像できる将来像は解像度が低かったり範囲が狭かったりすることに気付く子どもさんも多いんじゃないでしょうか。そこでこういったイベントを通じて、未来と今を接続するSF思考を子どもたちに身につけてもらえたらと思いますし、逆に僕らも子どもたちから自分たちにない可能性を学びとるべきだと思っています。

計画だけでなく実現をするために

関根 SF思考学に関しても手前のところ、つまり未来を考えることに、日本、あるいはわれわれがどう取り組んでいくのかがポイントになるかなと思っています。

欧米もそうかもしれませんが、日本はシナリオプランニングが苦手だとされてきました。先日、米国の方から「日本には政府のロードマップなど計画がたくさんあるのだから、それを実現することを考えろ」と言われました。何かを作るのは好きだけど、その先がうまくいかない日本の状態も含め、作ってはいるものの共感は得られていない点は問題だと思っています。作ることに手間暇をかけていても、それが本当に目指したいものだったのか、という本質的な問いをしっかりとすべきではないか。それは50周年記念研究に突き付けられている課題でもあるのですが。

20~30年前は日本も科学技術立国と言われていました。今の技術者は「機動戦士ガンダム」や「サイボーグ009」などから影響を受けてきています。先ほどのファミリーマンスでは、子どもたちに新しいものを作るモチベーションをもってもらうために、SFをうまく使えれば良いと考えていました。ちょっと希望的観測ではありますが。

大澤 物語を相手と共有して互いの意図を推し量りながら未来を作っていくには、コミュニケーションが大切です。アリゾナ訪問では、その点をあらためて認識しました。彼らは、フィクションを使う重要な利点の一つとして、物語が異分野の人を結びつける点を重視していました。社会を作っていく際に欠かせない要素である「コミュニケーション」を促す役割を、フィクションに求めているところに、民主主義を根源に置く米国の特色を感じました。

ファミリーマンスなどのプロジェクトを進めていく上でも、物語がもたらすコミュニケーションの役割には大変期待できる点があると思っています。日本は技術でもすでに各国に追いつかれ、追い抜かれている状況ではありますが、現在も海外のSFと比べても遜色ない、世界トップクラスの高いクオリティーの物語をもっています。

こうした物語が、文章だけでなく、漫画やアニメーションなどイメージの形で世代を超えて国民間にある程度共有されている状況自体が、わが国の隠れた資産だと思います。例えば「攻殻機動隊」や「ソードアート・オンライン」などは、ネット社会のもたらす未来像を政策決定の担当者から一般社会まで共有する上で、重要な役割を果たしていると思います。ファミリーマンスにおいても、SF手法を通じてつくりあげる過程そのものが、世代間のコミュニケーション手段となっている面がありました。親がやっていることってこういう意味だなと考えたり、逆に子どもたちが未来にこういうビジョンをもっているのだと親が知ったりする形で、世代間を超えるコミュニケーションの手段としてフィクションが機能していくと、とてもうれしいですね。

宮本 関根さんや大澤さんの話を聞いて感じたのは、これまでのSFプロトタイピングでは「評価」がおろそかにされがちだったのではないかということです。SF的な面白さ、プロトタイピングとしての実現可能性などがフォーカスされがちですが、そのほかにもさまざまな評価軸が考えられ、それをどう整理していくかが重要です。

例えばアウトプットの出来が悪かったものに関してチーム内で話していたら別のアイデアが出て、うまく起業に結びつくなどというケースも有り得ます。プロジェクトの価値が後から別の人によって発見される可能性もあります。異なる国から見たら、日本のSFプロトタイピングのプロジェクトは、日本人が考える未来ビジョンを知る上で意味があるかもしれません。また、アウトプットが小説なのか漫画なのか、はたまたPower Pointのスライドでのプレゼンテーションなのかなどによっても評価軸も異なってきます。ワークショップの形式によっても、どのようなコミュニケーションが意図されていたかが異なるため、評価軸も異なります。このように多面的かつ長期的にプロジェクトを振り返っていくと、隠れた価値を見いだせる場合もあるでしょう。つまり何かを簡単に成功や失敗であると言い切るべきではありません。

「物語が面白かった!」といった一過性の満足をしたいだけなら、「SFプロトタイピング」でなくて「SF」を読んでいればいい。「高い確率で起こりそうな未来がシミュレーションされている!」と喜びたいだけなら、未来予測の本を読んでいればいい。でも、「SFプロトタイピング」であるならば、低い確率で起こることを考えることも多いでしょうし、描きたいガジェット(未来の道具やサービス、制度など)のためにストーリーをねじ曲げることも多くなるはずです。そういったSFプロトタイピングならではの特質に対しては、これまでにはない評価軸を構築する必要があります。

われわれのSF思考学ではこのような観点から、さまざまなプロジェクトの良い部分・悪い部分を抽出し、さらに伸ばすべき点・改良可能な点を議論し、現場でのトライアンドエラーを繰り返し、カギカッコ付きの「成功例」と「失敗例」を積み上げ、方法論を慎重に模索していくことがポイントだと思っています。

使ってもらってなんぼ

藤本 SF思考学はまだまだ試行錯誤の段階ですが、今後は評価軸や手法、インパクトを含めて体系的に見ていくことが求められます。個人的には「使ってもらってなんぼ」の学問にしたい。学問としてどんどん純粋になったり、使われなくなっていったりするものもありますが、やはり地に足がついて、使われ続けて変わっていく、という工学的な要素があってもいいのではないかと。

宮本 プロトタイピングのインターフェースとしてSFを使おう、という考えには工学的な側面もあって、大澤さんはまさにその考えで研究を始めていらっしゃるわけですよね。

特に、これを技術と考えると、ワークショップデザイン自体が人を傷つけないようにするにはどう仕組みを設計するかという観点が気になってきます。例えば深く考えずに作家とビジネスパーソンや研究者のチームを作った場合、それぞれのマナーや言葉の使い方が違うために不要なもめごとが起きてしまい、その後のコミュニケーションの可能性がなくなり、他のプロジェクトに迷惑がかかるといったようなことも起こり得ます。

かといってリスクを恐れて共作を避けるのも損です。ハリウッド映画の中には、登場する事物を科学技術的な側面からデザインするチームがあり、その人たちがちゃんとエンドクレジットに載るといった作品も普通にあるわけですが、日本ではチームでの共作や科学監修付きの作品制作といったものがそれほど一般的ではないと思います。そもそも共作自体、あまり研究されている分野ではなく、「共作の教科書」みたいなものも日本では聞いたことがありません。

また、共作で失敗した事例は共有されにくいという問題もあります。一人で失敗した場合はそれを外に話しても試行錯誤の1段階くらいに思ってもらえるわけですが、共作の失敗は誰に責任があるのかなどの議論を避けるために公開しにくいのです。自分たちがうまくいっているところだけを見せたいと思う人も多いので、企業とクリエイターがもめた場合、それを公開することも少ないでしょう。特に秘密保持の契約を結んでいた場合、言いにくいことも増えてしまいます。

こうした問題を避けるためには、最初のチームビルディングの時点から、人選をきちんと行う必要があります。今回の三菱総研さんの新入社員研修では大澤さんがその点を事前に準備し、心理学的な指標をもとに最良と思われるチームづくりをされていました。そういう基本的なところから一つ一つ丁寧に設計していかないと、リスクがメリットを上回る場合もあるということは、こういったプロジェクトを扱う上で絶対に認識しておかないといけない点です。逆にそういうもろ刃の剣的なファクターさえしっかり認識しておけば、基本的には楽しく自由に思考できると思いますね。

藤本 おっしゃる通りだと思います。また、実際に企業とSFワークショップをやってみると、「まだ頭の柔らかい若手にぜひやらせたい」という声が経営陣や中間管理職から上がってくるのですが、そうではなくて固くなってしまった頭を解きほぐすためにも使ってほしい。このようにSF思考学は、さまざまな使い方が可能だと思います。今後も引き続き研究を進め、ワクワクする未来を産み出すために広げていきたいと思います。最後に関根から50周年記念研究におけるSF思考学の今後について、少し抱負を述べたいと思います。

関根 50周年記念研究で社会、あるいはヒトのこれからを目指す中で人間基点のSFは大切です。われわれが定めている五つの目標※3をSFに落とし込んで、共感が得られる社会像を描いて実現する推進力にするため、SF思考のフェーズをしっかり作りながら、50周年記念研究としてのアウトプットを出していければ、と希望しています。

※1:対談時点。現先進技術センター、センター長。

※2:対談時点。現経営イノベーション本部所属。

※3:「健康維持・心身の潜在能力発揮」「多様性の尊重とツナガリの確保」「新たな価値創出と自己実現」「安全安心の担保」「地球の持続可能性の確保」の五つ。