元アスリートを受け入れる側の声 『上司の目・採用者の目』

「する」から「支える」になれない人は大成しない

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.5.19
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(左)天野氏 (右)宮本氏  写真:小村大樹氏撮影
天野喜崇氏のリハビリテーション科の直属の上司であり、採用も担当された宮本梓氏に人事の目線のお話や上司としてのお考えを伺いました。



—— さて、宮本さんは人事面でも携わられていますので、採用側の目線のお話を含めながら、天野氏のことを伺いたいと思います。率直にアスリート出身者を採用することへの期待と不安を教えてください。

宮本 天野さんもそうですが、元選手で自分がけがをしたことによって理学療法士を知り、引退後に資格を取得し面接に来る人は多いです。ですが、採用する側からすると、採用後にとても活躍する人もいれば、職場が合わずに辞めてしまう人もいるため、ある種の賭けでもあります。

—— リハビリテーション科だとまさにそういうケースで就職したいと考える元選手が多いと思います。大成するかしないかの差は何なのでしょうか。

宮本 これはアスリートのセカンドキャリアにも繋がることですが、あくまでも個人的な見解で話をします。アマチュアで全国制覇した経験があるとか、選手として甲子園に出たなど選手としてのアドバンテージをアピールして採用面接に来られる元選手がいます。動機はかまわないのですが、それだけを前面に出す元選手の場合は、採用して良かったという経験が自分にはありません。それは元選手が活躍してきた「良いイメージ」を持っていて、そこに「個のギャップ」が生じてダメになってしまうケースが多いからです。

—— 個のギャップですか。

宮本 元選手から理学療法士になった人を数多く見てきましたが、自分が主役のままやってしまうことが多いです。スポーツをしている時は自分が主役でもよいのですが、支える側の裏方にまわったのに、自分がまた輝くことを目指す人がいます。理学療法士は主役ではありません。ただどうしても主役のままでありたいという姿勢が出てきてしまい、協調性が取れなくなる人がいるのです。

—— 協調性が取れない具体例としてどんなことがありますか。

宮本 患者さんの多くは高齢者で、スポーツ選手は少ないです。8対2くらいの割合です。一般の患者さんも診なければいけないわけですが、自分がやりたいことと違うと思ってしまう。入社して2~3カ月しか経っていないのに、私は野球選手のリハビリをやるために入ったので野球選手のリハビリをさせてほしいと訴える。自分の思い通りにいかないからと辞めて、専門に特化した病院を探し始めます。しかし、それではたぶんどこに行っても同じでしょう。その点、天野さんの良いところは、やりたいことの前に、皆といるときは皆と同じ仕事を時には我慢もしてしっかりとやってくれています。それができた上で自分の強みを出してくれます。同僚たちも天野さんのことを悪く言う人はいません。彼は元プロバスケ選手だということを聞かれるまで言いません。元プロバスケ選手の理学療法士としてではなく、一人の理学療法士として患者さんたちに接しています。

—— 選手の気持ちのままマインドセットできずに新しい仕事に就くと、協調性が取れなくなるということですね。そして、これからの新しい仕事(理学療法士)をしていくのだという「自覚」と「覚悟」が必要だということでしょうか。

宮本 社会経験がない新卒の人や理学療法士を目指して就職する人など、「この仕事をやりたいです」と来てくれた人の方が、真っ白な状態からスタートできます。満遍なく仕事を学びながら、自分の強みを見つけて専門分野をつくっていく方が、上司としてはマネジメントしやすい。選手時代の栄光は大きなアドバンテージでもあるのですが、その出し方は大事です。過去とこれからをしっかり割り切れている人の方が良いでしょう。逆に協調性を全く取らずに突き抜けてしまう人も稀にいます。勉強して誰も文句が言えないくらいに突き抜けてしまう人。それで個人として認められている人もいますが、病院のような組織としては扱いづらいところはあります。

—— 天野氏も、元プロバスケ選手という経歴を持っていますが、なぜ採用されたのでしょうか?

宮本 採用面接には、学校からの指定校推薦ではなく、一般入社試験として受けに来て、私が面接を担当しました。6人中4人採用したのですが天野さんはトップ合格でした。プロ選手だったということだけでなく、自衛隊に2年間入っていたことも評価しました。一方、気になったのは年齢です。当時、27、8歳でしたので柔軟に吸収できるかなという不安はありました。普通に大学を卒業した後、リハビリの専門学校を出て26歳前後で採用試験を受けに来る人もいますが、社会経験がないので新人扱いできます。天野さんの場合は多少なりの社会経験もありましたので、物事を素直に見られるかという不安があったのです。ところが、実際は全く問題ありませんでした。むしろ天野さんが一番ピュアなくらいでした。

—— 天野氏は元プロ選手であったことを主張してこなかったのですか?

宮本 スポーツをやってきた割に、面接の時にその点の自己主張をしてこなかったことで、かえって安心したかもしれません。多くの元選手は、スポーツに絡めて「私はこうしてきました」という主張が多いのが特徴ですが、これは個人的には逆効果と考えています。私はスポーツでこういうことをしてきたので我慢強いですとか、私はこのことについては得意ですとか、そういう主張をする人はこのスポーツに関係することしかしたくないのだろうなと思ってしまうのです。実際に採用してもやはりそういうケースは多いです。

—— 元選手たちが面接に臨む場合は、選手の過去体験のみで自分を見せることよりも、これからの仕事に対して選手の過去体験がどう未来へつながるのかを見せる。または天野氏のように事実は履歴書を見ればわかるので、自分自身のことや理学療法士としてのこれからのことを見せることが、むしろ大切ということですね。天野氏を採用して良かったと思いますか。

宮本 間違いなく良かったです。効果とすれば、年長の彼が頑張っている姿は周囲の刺激になります。上司の私から22歳の若手に直接言うよりは、同期で年上の天野さんが頑張っている姿を見せる方が効果はありました。もちろん元選手だからこそ良いと思う点もあります。それは、患者さんの立場に立ってリハビリ計画をつくれること。患者さんは医者の診断を受けてリハビリを受けに来ますが、例えば、半月板の部位のリハビリに関しては教科書的なやり方があります。ただ天野さんの場合は、どういう時に痛いのか、選手であれば試合はいつあるのか、いつまでに復帰したいのかと、患者さん(選手)に親身に対応します。自分が選手だったという経験があったからこその対応で、それに合わせてリハビリのスケジュールを組んだりしています。選手だったからこそ、心理的なところや、感覚のところがわかるというのは大きいですね。

—— 改めて宮本さんから見て、天野氏のいまの活躍はいかがですか?

宮本 リハビリテーション科の理学療法士は現在24名(2019年度)いて、若手の中では十分活躍していると思います。天野さんは、足と膝の専門ですが、それのみに特化してやっているというわけではありません。他の理学療法士も自身の専門分野以外も含めて、業務上はすべての患者さんを診ています。天野さんはそれを理解してやってくれています。中には自分の専門分野外をやりたがらず、デューティー(職責)をおろそかにする人もいます。そうなってしまうと、自分の専門分野のところばかりを頑張っても、評価のしようがないのです。天野さんの場合は、デューティーを一生懸命にやり、プラスアルファのところもやってくれていますので、非常に頼りがいがあります。専門分野もほかの分野も偏りなく対応をしてくれるところを高く評価しています。

—— 天野氏は新卒ではなく入りましたが、組織やマネジメントをする上で気遣っていることなどはありますか。

宮本 天野さんは他の同期よりも年齢が高いですが、そこはあまり問題なくコミュニケーションがとれています。年下の先輩に対しても敬語を使っています。そもそも組織全体として年齢や経験年数の上下はないです。年下の後輩に対しても敬語を使いますし、全員が敬語で話す職場風土になっています。

—— 天野氏をはじめ、人材育成に関してはどのようにお考えですか。

宮本 基本的に個人がやりたいことに対しては尊重しています。病院外の活動に関しても後押ししています。リハビリテーション科は、土曜日の午後、日曜日、祝日が休み。また理学療法士は夜勤がないので、基本的には9時から17時勤務です。そのような就業後の時間や休日を活用しての病院外部の活動(プロバスケチーム、学会、勉強会などへの参加)を推奨しています。目的が外れていないことに関しては許可をし、出張が年間何日までとも決めていません。所属長が許可したものに対しては病院が了承したと判断をして外部活動ができるシステムです。自発的に勉強や活動ができる環境があります。勤務自体は、天野さんもそうでしたが、入社してすぐに一人で動ける新人はいませんので、最初は先輩がマンツーマンで指導します。後輩ができないことがあれば先輩が全てサポートするシステムです。その過程で、病院勤務にも慣れ外部活動に視野を広げる場合は後押しします。天野さんも素地をしっかりつくった上で、プロバスケチームの群馬クレインサンダーズのメディカルスタッフ(トレーナー)として活動したいという申し出があったので、オフィシャルな活動として病院側は全面的にバックアップしています。

—— 自立し自律できる素晴らしい環境ですね。2016年に天野氏がこちらに着任されてから、現在まで仕事ぶりを見てこられたと思いますが、上司のお立場から天野氏の強みと弱みをどう見られていますか。

宮本 天野さんの強みであり弱みであるところは、成長がゆっくりであるところです。やる気があって、目的をしっかり見据えて進んでいるのですけど、マイペースなところがあります。彼に役割を与えて、ひと月でここまで来るかなと思っていたうちの七割くらいしか到達していないことがあります。特に勉強のところです。丁寧なのか不器用なのか。良いところはそれでも諦めずやり遂げるところです。

—— ご本人が、納得いくまでストイックにやり続ける、とおっしゃっていましたが、そのことと関係しているかもしれませんね。天野氏に今後期待することは何ですか。

宮本 このまま行けるところまで行ってもらいたいです。患者さんに対しても、研究に対しても同じです。足を専門にする人は少なく、競争率が低いことはチャンスでもありますから、長く続けて欲しいですね。
宮本 梓(みやもと・あずさ)プロフィール

特定医療法人 慶友会 診療副部長
理学療法士。専門は「肩」。
取材・文 : 小村大樹(おむら・だいじゅ)
草創期のメンタルトレーナーを経て、総合学園ヒューマンアカデミー、一般社団法人日本トップリーグ連携機構などに従事。
現在は、NPO法人スポーツ業界おしごとラボ理事長・小村スポーツ職業紹介所所長。
株式会社三菱総合研究所 アスリートキャリア支援事業プロジェクトに協力。

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