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「人が手がける業務」の高度化こそAI導入のメリット DXに欠かせないAI活用とは?

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人がやるべき仕事を効率的に行なえる環境整備が、人材不足解決の一助に

今日はデジタル技術を活用した新たな働き方について話したいと思います。デジタル技術の普及により、単純作業が中心の職種はいずれ不要になると言われています。一方で、高度な専門性や知見を必要とする職種の人材は不足すると予測されています。MRIはこの社会課題を、デジタルで解決すべくお客さまをサポートしています。さまざまな職種の中で、設計技術者(建築、機械など)や、金融機関のルーティンワークはオートメーションや無人化が進みつつありますが、企画業務など不定形で専門性も必要な業務のDXについてはまだまだ途上にあります。これらのノンルーティン業務・職種において、どのように効率化が実現できるかを話していきましょう。
まずは設計技術職、とりわけ開発部門の現況について、板倉さん、いかがですか?

板倉 設計技術分野では団塊の世代を中心にベテラン層が退職を迎え、人手不足が現場の危機感につながっています。特に問題となっているのが、ベテランのノウハウ継承です。そこで当社は「匠AI」というAI構築の枠組みを利用したノウハウ継承方法をご提案しています。

金融業界はいかがですか?

堀 金融機関はホワイトカラーの職種であり、膨大な事務作業のルーティンワークに支えられているのが特徴です。シンプルなルーティンワークであれば自動化も進めやすいのですが、レイヤーが上の業務になると属人化している業務も混在し自動化しにくい状況です。その最たる例が審査業務です。1金融機関当たりでみると、個人ローンの申し込みは1日数百件に及び、その内容は千差万別。従来はそれを人がひたすら処理しましたが、実はその大部分はルーティンワークとしてこなせる可能性があります。自動化できるものと、人でなければできないものを振り分け、付加価値の高い業務に人手が回るようにAIを活用しようというのが当社の「審査AIサービス」の提案です。

企業には、経営企画部、人事企画部、マーケティング企画部、研究企画部、全社改革タスクフォースなどさまざまな企画業務があります。こうした企画業務については、いかがでしょうか。

清水 私が担当する中でよく耳にするのが、「解決すべき課題が以前より複雑化、多様化していて追いつけない」というものです。例えば、経営企画部署ではSDGs、カーボンニュートラルなど、社会的責任として方策を打ち出さなければいけないものの、担当者1人で役員と壁打ちするには範囲が広すぎて無理が生じています。さまざまな部署が連携し、ダイバーシティのある体制で取り組む話も出てきますが、そのメンバー全員が企画業務担当者のような業務の進め方をできるわけではありません。人材不足も相まって、企画業務そのものが限界を迎えている現状に対し、デジタルも活用して解決できないか検討しているところです。
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AI導入によって可視化と共通理解が進み、行動変容が生まれる

具体的に、設計技術分野のノウハウ継承という課題に対し、どのような支援を行っているか紹介してください。

板倉 例えば食品業界の場合、データとして蓄積されているレシピや試作案をもとに、このレシピで作ればこんな味になるという予測をAIが行うことで、開発期間の短縮、すなわち効率化を図ります。また、レシピ開発では完成形を予測するだけでなく、逆に目標とする味からどんな材料がどれだけ必要かを探索する機能が重要視されています。このレシピを探索する作業をデジタル化することで、業務の効率化と高度化が両立できます。

一般的に、試作段階では大量生産しないためデータ自体が少ないのです。だからこそ、AIが的確な予測結果を示すにはベテランの知識が重要な鍵となります。匠AIでは、ベテランが持つ暗黙知を抽出し、形式知化して共有できるようになるのが最大の特長です。

開発に携わる部署全体が、AIを媒介にしてつながっているということでしょうか?

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板倉 まさにその通りで、AI活用で重要なのは、それを媒体に組織の技術伝承の風土が醸成されることです。若手はAIによる仮想的な試作を通じてベテランのノウハウに触れることができますし、ベテランが使えばAIによる試行錯誤の支援により新しいアイデアの着想を得ることができます。その結果、AIを通じて開発の共通理解が進み、ベテランと若手とのコミュニケーションが活性化されます。
図 暗黙知の形式知化を通じた技術伝承
図 暗黙知の形式知化を通じた技術伝承
出所:三菱総合研究所

なるほど。設計開発と金融機関の審査業務では、人材に求められる要件が全く違うように思いますが、堀さんいかがでしょうか。

堀 審査業務にAIを導入した当初は、審査判断が比較的簡単な申込案件をAIに任せて効率化に貢献すると考えていましたが、導入が進むと想定とは異なる使われ方をするようになりました。いったん、すべての申込案件に対してAIの判定結果を見た上で審査をするようになってきたのです。つまり、難しい申込案件に対しても従来通りの審査をするのではなく、AIの判定結果を踏まえて「どうやったら貸せるのか」「このあたりなら貸せるよね」といったスタンスの変化が起こり、人間の業務自体が変わりました。

AIの導入で新たなテクノロジーをいかに使うかを考えはじめ、人間の行動や考え方が変わり、業務が変わっていくという、まさにDXのあるべき姿が実現していると感じています。
図 AIで人間の意識や行動を変えることこそDXの本質
図 AIで人間の意識や行動を変えることこそDXの本質
出所:三菱総合研究所

暗黙知を民主化し、マインドセットすることでビジネスが高度化する

単に自動化するのではなく、AIの活用によって人の意識や行動が変わるというのは重要なポイントですね。以前は「人がAIに使われるようになってしまう」と言われたこともありましたが、目指すべきは「共存して働くこと」です。AIに任せて人間が堕落したということが起きず、逆に人間が進化した理由は何でしょうか。

堀 人間は知性を持っているので、新しいものが入ってくると何かできないか、と必ず考え始めるのです。「うまく活かしていこう」とした結果、業務やビジネスが変化したというのはお客さまからもよく聞きます。

導入前に現場の審査担当者にヒアリングすると、DXすなわちAI導入に関して前向きな意見もあれば後ろ向きな意見も出てきます。いきなり全員を変えることはできませんが、前向きにチャレンジするようマインドセットをしていくことは必要ですし、その信頼に足るAIサービスをご提供することが私たちの使命だと思っています。
板倉 似たようなことはメーカーの開発設計でも感じたことがあります。前向きな人をプラスの媒介に、うまく化学反応を起こせると良いですよね。また、ベテラン開発者から暗黙知を引き出す際、同席している別の担当者が知らないようなノウハウが出てくることがよくありました。社内でも共有されていなかったことを可視化することも大切です。
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暗黙知を形式知化し、誰もが使えるよう民主化することもDXには欠かせません。社内データとオープンデータを使い、例えば外れ値があった場合どうすれば良くなるのかというプロセスを回していくと、良いデータ分析になります。
ところで企画業務ではまだ実証段階のものが多いと思いますが、どのようにデジタル・AIを活用すればよいのでしょうか。

清水 企画業務でも「暗黙知」を形式知化することは喫緊の課題です。まとめた素案をどう役員に持っていけば説得しやすいか、といったノウハウも暗黙知の1つです。そもそも企画業務は誰が何をやっているのかわからないことも往々にしてあり、業務のあらゆる面を見える化することが重要です。担当者や案件ごとのタスクを記録することで、別のプロジェクトや部署でも参考にできるノウハウになり得ます。自然に記録される状態が望ましいので、プロジェクトマネージメントツールを使って自身のタスクを管理していくと良いと思います。

ただ、それだけでは外形的なことしかわからず、各タスクをどう進めればよいかわからない。そこでAIが登場するわけです。例えば初めて企画業務に取り組む人は情報収集のやり方もまとめ方もわかりませんが、AIを使えば、例えばSDGsに関する最近の競合の状況を自動収集できますし、将来的には動向レポートまで作成できるでしょう。すでに企画業務に習熟した人にとっても業務効率化になります。

他にも、企画ができあがった後、役員はじめ社内の人に相談するといろいろな指摘を受けるはずですが、その中には「こう企画したらこう返される」とパターン化できる情報が存在します。つまり、企画を展開する前にチェックすべき点を洗い出す作業も、デジタルで効率化・高度化できるのです。
図 チームプレーで正解の無い課題の解決に着実に近づく
図 チームプレーで正解の無い課題の解決に着実に近づく
出所:三菱総合研究所

AI導入によって働く人の意識が変われば、人材育成も進む

AIの導入やテクノロジーが進化することで、ノンルーティンな仕事をしている人の何が一番変わると思いますか?

板倉 設計業務では、意識が一番変わると思います。ヒアリングしていると、「データがない」という課題が最も多く聞かれる悩みです。そこをAIをうまく活用して、業務の暗黙知を形式知化することで、自分たちの業務の効率化が進むとわかると、自然にデータ蓄積が進むようになります。

働いている記録をどんどん残すのは、ライフログみたいな感じですよね。そうなると、監視されている状態やプライバシーが気になることはないのでしょうか。

板倉 メール解析までやるということではないので、そのような課題は出てきていません。試行錯誤のログをきちんと残すことで自分にメリットがあることに気付き、良いサイクルが生まれているのだと思います。
堀 AIが浸透したら銀行員の仕事がなくなると言われることがありますが、私はそうは思いません。1円のミスも許されない企業文化であるのは、お金を預かり運用している以上、当たり前です。問題は、人間がそれをすべてやっているために、忙しく働かざるを得ない状況。それをAIによって「人間でなければできない業務」をしっかり分けることで、人間は付加価値の高い業務に注力できるようになります。先ほど紹介した「どうしたら貸せるのか」というコンサルティング的な発想は銀行の差別化にもつながるでしょう。AI導入で意識が変わるのは、働く人に余裕が生まれるからです。人には知性があり考え続けるものです。余裕を得ることで、むしろ自ら変わっていくのだと思います。
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AIの活用で意識を変えることができる人が生き残る、とも言い換えられるかもしれませんね。簡単な審査がAI、難しい審査はAIと人間、というように振り分けるとしたら、新人がいきなり難しい審査を担当するようになってしまうのではないでしょうか。

堀 その通りです。AI審査の導入にあたっては、現場の審査担当者に数百件の実際のデータについてAIの判定結果を見ていただき、違和感がないかなどをチェックしていただくのですが、そのプロセス自体がケーススタディの第一歩になっている側面があります。つまり、学びや新たな発見の機会をもたらす効果がある、ということです。

AIで自動化するプロセスを、教育に活用するのは新しいですね。この手法は開発設計でも使えるのでは?

板倉 設計現場では、初めはAIでなく本人に自分で考えて結果を出してもらうことが重要だと思います。その上で、AIと違う結果が導き出されたら双方を比較することで学習につながります。最近は「AIの説明可能性」が重要視されつつありますが、学習で用いる場合には、なぜAIがその結果を出したのかが説明できるようになっていることが必須ですね。

企画業務は多様な要素がある業務ですが、それに特化した人はなかなか育てられず、人材育成が難しいですよね。その課題はどう解決すればいいのでしょうか?

清水 企画業務の人材が育ちにくい背景には、独特の作法や進め方がわからない点が影響しています。また、事業会社は既存のものを活用するのは得意な反面、ゼロから新しいことを考える経験は乏しい。新しいことを生み出す方法をデジタルツールで見える化することが、解決法の1つとなります。

加えて、企画部の業務を習得するには1年、早くても3カ月という時間がかかっています。せっかく企画能力が買われた人なのに、習得に時間を取られるのはもったいないことです。先ほどお話ししたようにデジタルツールも活用して企画業務に関するハードルを下げることで、企画内容を高度化し、企画の具現化に会社全体が注力できるようになります。

業務のデジタル化では、AIを活用する目的や効果などの明確化が必要ということですね。AIの活用によって、ホワイトカラーがやるべき仕事に注力できるようになる、新たなことにもチャレンジしやすくなる。それこそが「Working with AI」の真のメリットです。
最後に、皆さんがお客さまと接する中で、人間でなければできないと感じられた業務内容を教えてください。

堀 人と接し、コミュニケーションを伴う業務だと思います。
清水 企画・創造の決定・決断ではないでしょうか。AIで瞬時にレコメンドを出すことはできても、自分たちの状況がこうだから今後はこうしていこうというストーリー、未来へのWillを示すことは人間にしかできません。
板倉 設計もそうですね。AIからは前例のない全く新しいコンセプトは生まれません。

AIにはパーパス、つまり「なぜそうするのか?」は設定できません。どんなAIを作るかのゴール設定は、人間がなすべきこととして残るものです。私自身は、コミュニケーション以上に、「周囲の人を巻き込んでいく力」がAIではうまくいかない予感がしています。人がいて、人の周りにAIがあり、人がリードしながらビジネスが進化していくもの。そんな世界観を目指し、お客さまと向き合っていきたいと考えています。

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PROFILEプロフィール

インタビューアー

  • 研究理事
    デジタル・トランスフォーメーション部門 DX技術顧問
    これまでさまざまなAIを開発し活用してきました。現在はデジタル変革を促すDX事業の中で、ビッグデータ・AI関連事業を担当しています。
    また、当社内のデジタル変革「シンクタンクDX」にも取り組んでいます。

インタビューイー

  • 堀 彰男
    堀 彰男
    金融DX本部 金融DXイノベーショングループ グループリーダー
    金融機関様に対し業務の高度化・効率化を実現するためのコンサルティングやサービス開発を実施しています。
    2020年12月にローンチした「審査AIサービス」を中心に、金融機関様の審査業務DXをマイクロサービスで実現する取り組みを推進中です。
  • DX技術本部 シンクタンクDXグループ グループリーダー
    DX戦略の策定からビッグデータ活用、AIの構築・業務適用までDX・AIに関するコンサルティングを実施してきました。
    現在は当社内のデジタル変革「シンクタンクDX」を推進するとともに、世の中の企画業務の変革に取り組んでいます。
  • DX技術本部 AIイノベーショングループ
    メーカーなど民間企業を中心に、AI導入の計画策定からシステム開発まで一貫したご支援をしています。人手不足や技術伝承といった多くの企業で慢性化している課題の解決に、「AI活用」で挑みたいと思います。

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