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医療・介護DXで目指す「医療・介護連携」の深化

「入退院支援」に見る連携の課題と解決の糸口
2024.9.1
有田 匡伸

ヘルスケア事業本部有田匡伸

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INSIGHT

多様化する高齢者のニーズに対応するためには、医療現場と介護現場の綿密な連携が欠かせない。それを支えるのが医療・介護DXによる情報連携だ。しかし医療現場と介護現場は異なる情報システムが導入されているなど、横断的な連携には課題も多い。自治体を中心に地域が一体となり、地域の実情を踏まえて情報連携の仕組みを整えるポイントとは——。

超高齢社会に必要不可欠な医療・介護連携

医療や介護を支える人材の不足や偏在が懸念されている。厚生労働省が2024年7月に公表した推計によると、2040年度には約272万人の介護職員が必要となり、現状のままでは約57万人が不足すると予測されている※1

しかも医療・介護の課題はそれだけではない。利用者のニーズも極めて多様化している。例えば高齢化の進展に伴い、複数の基礎疾患があり、病院に通いながら介護サービスを必要とするような人の増加が見込まれている。つまり、医療と介護の深い連携が、今まで以上に求められているのである。

これまで、入院医療については、各地域で地域医療構想に基づく医療機能(急性期~回復期・慢性期)の分化・連携が推進されてきた。今後はさらに、要介護状態になっても在宅を中心に生活を継続しながら必要に応じて入退院を繰り返す、「ときどき入院、ほぼ在宅」の高齢者が増加すると考えられる。そこで限りあるリソースで医療・介護の複合的ニーズを有する高齢者の増加に対応するために、地域で、医療機関(入院・外来・在宅)、介護施設・事業者、薬局などが密に連携していくことが求められる。

医療・介護間の情報連携を阻む「現場の負担」

連携を後押しするさまざまな診療報酬・介護報酬の加算の枠組みが設けられているが、実質的な連携は十分とは言えない。

例えば、介護施設などに入居する高齢者の容体が急変した際に、受け入れ側の医療機関の体制が整っていないため速やかに入院できる医療機関を見つけることができなかったというケースが少なからず発生している。介護施設では協力医療機関を指定することとなっているが、形式的な連携に留まっているケースもあり、平時からの実効性のある連携体制を構築していくことが求められている※2

高齢者の入退院時は、特に医療と介護の連携が求められる場面といえる。高齢者は退院後に介護保険サービスを受けるケースが多く、医師や看護師・ケアマネジャー・受け入れ先の介護職員といった多職種の連携が欠かせない。

例えば認知症患者等の退院時に困難が予測される患者が入院する場合、入院時における退院支援計画の作成や多職種カンファレンス※3による退院調整の実施など、医療・介護が連携して入院時から退院を見据えた支援を行うことが求められる。

こうした入退院支援でも、いくつか課題が指摘されている。その代表的なものが、医療機関や介護事業所への負担増だ。2022(令和4)年度に実施された実態調査※4によると、退院時の課題として「患者・家族と面会日などを調整することが難しい」「患者1人当たりの退院調整に充分な時間を割くことができない」というマンパワーに関する課題のほか、「病棟との情報共有が十分ではない」「退院支援を開始するタイミングが遅れている」といった、関係者間の情報共有・連携上の課題が指摘されている(図表1)。また、入院時・退院時に患者の情報を連携する場合にFAXが利用されるケースが非常に多く、デジタル化やデータ共有の遅れが現場担当者の負担となっているとの報告もある※5
図表1 退院支援における課題
退院支援における課題
出所:厚生労働省「令和4年度入院・外来医療等における実態調査(施設票)」を基に三菱総合研究所作成

医療・介護共通の情報基盤の構築が追い風に

ここで重要なのが医療・介護DXの一層の推進である。ここまで見てきたように、現場の日々の作業負担を軽減しつつ、医療と介護の情報連携を図り、複雑化する高齢者のニーズに対応していく手段として、医療・介護DXを推進していく意義は極めて大きい。例えば、情報共有の場である多職種カンファレンスを実施する際、従来の対面型からオンライン型に変えるだけでも、現場の負担軽減や業務効率化に大いに貢献すると考えられる。

一方、介護現場と医療現場は別々の組織やシステムで運営されている場合が多く、個々の組織が独立にDXを導入しても情報連携が進みにくいという課題がある。

そこで解決策として期待されるのが、現在国が構築を進めている全国医療情報プラットフォーム※6(以下、PFという)である。同PFによって、全国の医療・介護組織間で電子カルテや健診情報、要介護認定情報といった医療・介護情報を切れ目なく連携・共有できる環境が整いつつある。今後、例えば入院時に医療機関が患者の介護情報を参照したり、また退院時にはケアマネジャー・介護サービス事業者が診療情報提供書などを同PFから閲覧したりできる環境が整えば、業務の効率化と医療・介護の質の向上の両面から効果が見込まれる(図表2)。

これらを実現するためには、医療・介護現場でどのような情報が必要とされているのか、入退院支援など具体的なユースケースを想定した上で、基盤整備を行うことが欠かせない。
図表2 全国医療情報基盤の入退院支援における活用イメージ
全国医療情報基盤の入退院支援における活用イメージ
三菱総合研究所作成

医療・介護従事者の行動変容が鍵

さらに、医療・介護DXを現場レベルで普及させ、実効性のある情報連携体制を構築するためには、自治体、医療機関、介護サービス事業者もそれぞれの役割を果たす必要がある(図表3)。
図表3 実効性のある情報連携体制構築に向けた国・自治体・医療・介護サービス提供者の役割
実効性のある情報連携体制構築に向けた国・自治体・医療・介護サービス提供者の役割
三菱総合研究所作成
例えば、全国医療情報PFだけでは対応できない、日々の診療・ケアに必要な細やかでタイムリーな情報の共有には、地域の実情に合わせた情報共有ツールを活用することも考えられる。その中心的役割を担うのが自治体である。

また、医療機関・介護サービス事業者は、これらの情報共有基盤やツールを活用し、現場の行動変容につなげる必要がある。具体的には、医師や介護従事者が情報連携の意義を理解し、日常の治療やケアにおいてさらなる情報の利活用をしていくことが求められる。

例えば、一般病院への入院が在宅要介護高齢者の要介護度を悪化させる要因になるとの研究結果もある※7。入院前よりADL(日常生活動作)※8が低下し、退院後に生活様式を変えざるを得ない高齢者も少なくない。介護に関する情報もうまく活用して、退院後の生活を見据えた療養を行うことが重要である。そこで情報共有ツールなどを用いて、医師・看護師が、普段の食事形態や口腔機能などを含めた患者の日常生活の情報を深く理解しておけば、より質の高い医療サービスを効率的に提供できるようになるはずだ。同様に、要介護の高齢者が日常生活を送る上での医学的な留意点について、介護従事者が知っておくことも、より良い介護サービスを提供するために有効である。これらにより、患者は傷病の再発を防ぐとともに自分らしい生活を送ることができるようになるだろう。

地域一体の医療・介護DXを

ここまで、医療・介護間の情報連携を深めるためのDXのポイントとして、「地域の実情に合わせた情報共有ツールの導入」や「医療機関・介護サービス事業者の行動変容」などを挙げてきた。ただ、言うのは簡単であるが、実行に移すのは難しい。

最後に、この難しい課題に取り組んでいる1つの先進事例を紹介しよう。島根県では、島根県・医師会・大学病院などが中心となり「しまね医療情報ネットワーク(愛称:まめネット)※9」を構築し、診療情報や在宅ケア支援の情報共有など、さまざまな情報や機能を多職種に展開している。

まめネットの成功要因の1つに、「人的ネットワークの構築」が挙げられる。まめネットは国の補助事業を活用した実証事業からスタートし、施行錯誤を重ねる中で、地域の関係者間の人的なネットワークや信頼関係が構築され、事業運営に結びついた※10。まめネットの例のように、関係者間による地道な取り組みが、医療・介護の連携を深めるようなDXの実装には重要となる。

今回は、主に入退院時を例として医療・介護連携の意義と、それを支えるDX実践のポイントを述べた。技術的には情報共有の環境は整いつつある。医療、介護における地域の課題を関係者間で共有した上で、地域一体となり着実にDXに取り組むことが求められる。

※1:厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41379.html(閲覧日:2024年7月24日)

※2:厚生労働省 社会保障審議会介護給付費分科会(第231回)資料5「高齢者施設等と医療機関の連携強化(改定の方向性)」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001168123.pdf(閲覧日:2024年7月24日)

※3:多職種カンファレンスとは、医師や看護師、薬剤師などの多職種が集まり、患者の現状や治療方針等を話し合う会議のこと。

※4:厚生労働省「入院・外来医療等における実態調査 調査結果報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001108665.pdf(閲覧日:2024年7月24日)

※5:株式会社NTTデータ経営研究所「医療・介護連携の推進に向けた情報提供のあり方にかかる調査研究事業 報告書」

※6:厚生労働省「「医療 DX 令和ビジョン 2030」厚生労働省推進チーム第1回資料【資料1】医療 DX について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf(閲覧日:2024年8月5日)

※7:厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 長寿科学政策研究「自立支援に資する介護等の化及びエビデンスの体系的な整理に関する研究(21GA2003)」

※8:ADL(日常生活動作)とは、日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作のこと。

※9:島根県「しまね医療情報ネットワーク(愛称:まめネット)」
https://www.pref.shimane.lg.jp/medical/kenko/iryo/shimaneno_iryo/mame-net.html(閲覧日:2024年7月24日)

※10:総務省「しまね医療情報ネットワーク『まめネット』」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000237126.pdf(閲覧日:2024年7月24日)

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