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2040年に向け自律的な医療介護システムへの変革を

都道府県のガバナンス強化と医療・介護DXがカギ
2024.9.1
柿沼 美智留

政策・経済センター柿沼美智留

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OPINION

「人生100年時代」に欠かせない医療・介護制度。だが、少子高齢化を背景に財政状態は厳しく、サービスを担う人材不足も深刻化し、制度そのものが危ぶまれている。課題解決には制度改革が不可欠だが、先送りされてきたのが実情だ。制度改革の具体案に加え、実効性をより高める「都道府県によるガバナンスの強化」と、それを後押しする「医療・介護DX推進」を提言する。高齢者人口がピークを迎える2040年まで、残された時間は多くない。

改革に取り組む最後のチャンス

高齢化に伴い、年金や医療、介護などの社会保障給付費は増加し続けている。その一方で、制度の支え手である現役世代の人口は今後急速に減っていく。2040年頃には高齢者人口がピークを迎えると予測される中、現役世代が高齢者を支えるというこれまでの形を続けるには限界がみえている。日本の社会保障制度は厳しい環境にさらされている。

社会保障制度の中でも、特に持続性が危ぶまれるのが医療・介護制度だ。年金には社会情勢に応じて給付額が調整される仕組み※1もあるが、医療・介護制度には現状そうした仕組みはない。当社が実施した推計では、2040年にかけて医療・介護給付費は2020年の1.5倍の80.5兆円にまで増大すると見込まれている(図表1)。さらに、財源の問題に加え、医療・介護サービスを担う人材不足や地域偏在という大きな課題も抱えている。

2040年を前に、早期に医療・介護制度改革に取り組むことがぜひとも必要である。制度改革の効果が得られるまでには、5年・10年単位の時間がかかるため、われわれに残された時間は少ない。医療・介護制度の持続性を高め、国民の安心な暮らしを支えていくために、今がまさに制度改革に取り組む最後のチャンスと捉えるべきだ。
図表1 人口動態の見通しと医療・介護給付費の将来推計
人口動態の見通しと医療・介護給付費の将来推計
(上)
注:予測値は死亡中位の推計。
出所:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」より三菱総合研究所作成

(下)
注:医療給付費には自費診療などは含まれず、コロナ危機の影響を排除するため、2025年以降の医療・介護給付費の推計には2015年を基準として用いている。
出所:内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省 平成30年5月21日「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」、三菱総合研究所「健康寿命シミュレーション」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」「令和2年度 社会保障費用統計」などを基に三菱総合研究所試算

自律的な医療介護システムへの変革を

日本経済はデフレ脱却に向けた大きな転換点にあり、医療・介護制度を取り巻く環境も変化している。例えば、人手不足を背景に医療・介護現場の生産性向上が喫緊の課題となる一方で、医療・介護DXなどデジタル技術の進展というプラスの変化も生じている。これらを好機と捉えたい。

医療機関や介護事業者が経営余力を持続的に創出できる効率的な提供体制の構築と、公債依存からの脱却を目指す、「自律的な医療介護システム」を実現すべきだ。そのためには、「①提供体制の効率化(医療・介護サービスをより効率的に提供)」「②給付の適正化(真に必要なサービスを適切に提供)」「③自己負担の改革(負担能力に応じて自己負担率を設定)」という3つの制度改革が必要だとわれわれは考えている(図表2)。
図表2 自律的な医療介護システム実現に向けた制度改革
自律的な医療介護システム実現に向けた制度改革
三菱総合研究所作成
細かく説明したい。
① 提供体制の効率化
限られた医療資源を効率的かつ適切に提供するため、地域のニーズを踏まえ入院・外来医療の機能分化を徹底すると共に、介護事業所の大規模化・協働化による効率化・生産性向上を目指す。

② 給付の適正化
例えば従来は患者の入院が必要だった一部の手術を外来医療で提供するなど、国民の利便性向上と給付費抑制の両立を図ることが考えられる。

③ 自己負担の改革
年齢ではなく、資産や所得などの負担能力に応じた自己負担(応能負担)の導入だ。

当社の試算では、これらの制度改革により、2040年には約7.3兆円の給付費抑制効果が得られると見込んでいる。(詳細は【提言】社会保障制度改革の中長期提言に記載)

カギは「都道府県」にあり

上述の「提供体制の効率化」や「給付の適正化」の必要性は以前から指摘されてきたが、こうした制度改革は先送りされてきた。2つの背景があると考えられる。

1つは、日本では医療・介護ともにサービス提供主体の多くが民間事業者であることだ。それぞれが開業の自由を認められ、独自の経営理念に基づいて医療・介護サービスを提供しているので、国全体の医療・介護需要を踏まえた「全体最適」を実現するようなガバナンスが効きにくい。

もう1つは、利用者が医療機関などを自由に選べ(フリーアクセス)、また自己負担率が比較的低いという点だ。国民が医療にアクセスしやすいという利点があるが、「コンビニ受診」や「はしご受診」を助長しかねないなど、国民が適正受診に向けた行動を起こしにくいという側面もある。これらにより、政策的に効率化・適正化を図ろうとしても、実際にはコントロールが難しいという事情があった。

そこでわれわれは、制度改革の実効性を高めるカギは「都道府県によるガバナンスの強化」にあると考えた(図表3)。制度改革を社会に真に実装するには、サービスを提供する医療機関や介護事業所、さらにはサービスを受ける国民の行動変容を促す必要がある。ここで重要な役割を果たすのが、提供体制の責任主体であり、かつ保険者※2としての役割を担う都道府県だ。
図表3 都道府県のガバナンス強化に向けた方策
都道府県のガバナンス強化に向けた方策
三菱総合研究所作成
着目したい点がある。近年、さまざまな制度改革が行われた結果、医療・介護分野で都道府県が果たす役割はこれまで以上に大きくなっていることだ。2018年には都道府県が国保の保険者となり、財政運営の責任主体として位置づけられた。また、地域医療構想※3の推進役として都道府県知事の権限が強化された。さらに介護についても、介護保険の基盤整備や、保険者である市町村を支援する役割が期待されている。

都道府県がその役割・機能を十分に発揮できる仕組みを作ることが、医療機関・介護事業所や国民(患者・利用者)に対するガバナンスの強化につながる。そのためには、まず都道府県が権限を確実に行使できるよう、法制上の責務の明確化が必要だ。さらに、提供体制の効率化や給付の適正化など、成果を出した都道府県を適切に評価し、それに見合う財政面でのインセンティブを与える仕組みも有用と考えられる。

医療・介護DXでさらなる実効性向上を

制度改革実現のカギを握るのは都道府県だが、権限を強化するだけでその役割を果たすのは難しい。現状では、施策を実行するためのリソースやノウハウが不足しているという課題がある。

都道府県の事務負担を軽減し、リソース不足を補う1つの方法として期待されるのが、医療・介護DX※4だ(図表4)。具体的には、デジタル技術を活用した業務効率化や省人化である。都道府県がより強い実践力を備え、施策の成果を上げていくためにも医療・介護DXは欠かせない。人材不足が叫ばれる中、限りあるリソースで増大する高齢者のニーズに対応していくためには、データの共有により自治体、医療機関、介護事業者などが密に連携し、地域の全体最適を図っていくことが求められる。

さらに国が整備を進めている公的データベース※5のデータを活用して医療・介護施策の効果検証を行うことで、都道府県が円滑にPDCAを回し、自らの施策の実効性を高めていくことが可能となる。
図表4 制度改革の実効性を高める医療・介護DX
制度改革の実効性を高める医療・介護DX
三菱総合研究所作成
これら医療・介護DXのポイントについて、インサイトで詳述する。インサイト1では、都道府県がEBPM※6を実現するためのデータ利活用について、またインサイト2では、地域における医療・介護提供体制の効率化・高度化を可能とするDXのあり方について提案する。

人生100年時代の安心な暮らしのために

医療・介護制度をはじめとする社会保障制度は、全ての国民の安心で健康な暮らしを支えるためのセーフティーネットであり、人生100年時代を生きるわれわれにとってなくてはならない生活基盤だ。社会保障制度に向き合い、改革を進めていくことは、将来の国民生活を支えるセーフティーネットをつくるという意味だけでなく、国民の不安解消を通じて少子化対策や社会全体の活性化にもつながる。

すべての世代が安心できる制度の実現はできるのか。わたしたち一人ひとりが自分ごととして議論を深めていきたい。

※1:マクロ経済スライドと呼ばれる。将来の現役世代の負担が過重なものとならないよう、最終的な負担(保険料)の水準を定め、その中で保険料などの収入と年金給付などの支出の均衡が保たれるよう、年金の給付水準を調整する仕組み。具体的には、賃金や物価による改定率から、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて算出した「スライド調整率」を差し引くことによって、年金の給付水準を調整する。
日本年金機構「マクロ経済スライド」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/kyotsu/kaitei/20150401-02.html(閲覧日:2024年8月19日)

※2:保険者とは、医療保険事業や介護保険事業の運営主体のこと。2018年の国保制度改革以降、都道府県は市町村とともに国民健康保険の共同保険者となり、国保財政の責任主体として位置づけられている。

※3:地域医療構想とは、中長期的な人口構造や地域の医療ニーズの質・量の変化を見据え、医療機関の機能分化・連携を進め、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の確保を目的とした政策。
厚生労働省「地域医療構想」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080850.html(閲覧日:2024年7月3日)

※4:厚生労働省によれば、医療・介護DXとは「保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤(クラウドなど)を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えること」。厚生労働省「第1回『医療DX令和ビジョン2030』厚生労働省推進チーム」資料1
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf(閲覧日:2024年7月26日)

※5:厚生労働大臣が保有する医療・介護関係のデータベース等の総称であり、「匿名医療保険等関連情報データベース(National Data Base of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan: NDB)」や「匿名診療等関連情報データベース(DPC DB)」、「介護保険総合データベース(介護DB)」などが含まれる。

※6:EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)とは、証拠に基づく政策立案のこと。
内閣府「内閣府におけるEBPMへの取組」
https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html(閲覧日:2024年7月3日)

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