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自治体のEBPMを促進する「医療・介護DX」

データ二次利用を見据えたシステム設計がカギ
2024.9.1
田代 理紗

医療・介護DX本部田代理紗

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INSIGHT

制度改革を実現するプロセスでは、エビデンスに基づく検証により施策のPDCAサイクルを回していくことが求められる。医療・介護DXが進む中、医療・介護現場で収集・蓄積されたデータを施策の検討・評価に活用する「データの二次利用」に期待が寄せられているが、課題もある。ポイントは、「医療・介護現場の負担軽減」と「ベネフィットの実感」だ。データ二次利用に向けた現場視点の解決策を提言する。

データの二次利用に向け、進む環境整備

医療・介護分野の制度改革を実現するためには都道府県をはじめとした自治体の機能強化が欠かせない。自治体が限られたリソースで施策を推進していくためには、医療・介護DX※1が1つのカギとなる。医療・介護DXによって、医療・介護現場の業務効率化や、切れ目なく質の高い医療・介護サービスの提供が可能となる。

国は「医療DXの推進に関する工程表※2」に基づき、公的データベース(以下、公的DBという)※3などから構成される全国医療情報プラットフォームの構築を進めている。このプラットフォームが完成すれば、電子カルテや健診情報、要介護認定情報といった医療・介護情報を、利用者であるわたしたちを含めた関係者間で連携・共有することが可能となる。その結果、重複検査・重複投薬が行われにくくなるなど、医療費抑制につながることが期待される。質の高い医療・介護サービスを享受できるほか、データを自身の健康管理や予防に活用できるなど、国民にとってもメリットは大きい。

データ共有のベネフィットは他にもある。収集した医療情報などのデータを、医薬品開発や政策検討・評価に活用することも可能である(図表1)。これをデータの二次利用という。
図表1 全国医療情報プラットフォームのデータ利活用で実現する社会
全国医療情報プラットフォームのデータ利活用で実現する社会
出所:厚生労働省「全国医療情報プラットフォームの全体像(イメージ)」などを基に三菱総合研究所作成
2023年6月に決定された「医療DXの推進に関する工程表」および「規制改革実施計画」を受けて、厚生労働省に「医療等情報の二次利用に関するワーキンググループ(以下、二次利用WGという)」が同年11月に設置された。このWGではデータ利活用に向けた課題や論点が検討されるなど、公的DBデータの二次利用に向けた環境整備が進められている。ここでは、国が整備を進める公的DBに集積されたデータの二次利用に着目する。

自治体のデータ二次利用に「2つの壁」

公的DBのデータを施策検討や評価に用いることは、エビデンスに基づく効果的な施策の実施、すなわちEBPM(証拠に基づく政策立案)※4の推進につながることが期待される。例えば、自治体が実施する医療・介護分野の施策や保健事業が、住民の健康状態の改善や医療費などの適正化にどの程度効果があったかを定量的に検証することで、効果的な施策により重点的に資源を投入することが可能となる。

国が公的DBデータを政策に活用する事例は増加している。自治体でも公的DBデータの活用が進むことが理想だが、現時点では2つの障壁がある。

1点目は、データを施策検討・評価に活かす方法やノウハウ、人材が不足している点である。2点目は、施策検討・評価に必要なデータがそろっていない、あるいは必要なデータとは何かを定義できていない点である。

前者に対しては、自治体によるデータ二次利用環境の整備※5や、データ活用方法の周知・共有※6、自治体へ専門職を設置するなどの解決策が考えられ、すでに検討や取り組みが始まっている。そこで、ここでは特に、今後医療・介護DXの推進によって解決できると考えられる後者の課題に着目し、以下の2つの観点で課題解決の糸口を探る(図表2)。
図表2 自治体による公的DBデータの二次利用の課題と解決策
自治体による公的DBデータの二次利用の課題と解決策
三菱総合研究所作成

ポイント① 二次利用を見据えたシステム設計

データの二次利用というと、すでにあるデータをどう活かしていくかという視点で考えられがちだが、その場合、「施策の評価に必要なデータが不足する」「分析に手間やコストがかかる」といった事態が起こり得る。しかし施策の検討・評価のために、新たに医療機関などからの報告を求めたり、データ収集のためのシステムを開発したりするのは費用対効果の面でも合理的ではない。

「どのようなデータがあれば施策の検討・評価が可能となるのか」をあらかじめ検討した上で、必要なデータを収集できるよう制度や業務、システムを設計しておくことが重要だ。例えば、自治体が新たな介護施策を検討しようと、介護予防の効果を分析したいと思っても、既存の介護DBでは介護予防・日常生活支援総合事業※7に関する情報が十分ではないため、効果検証に活用するのが難しいという課題がある。医療・介護DXで今後データベース化が検討される電子カルテ情報や母子保健、予防接種履歴情報などの医療情報を横断的に分析し、施策検討・評価に活用できるようにするためには、あらかじめユースケースを想定し、事前にマスタの整備やコード値の標準化を行うなど、「使える」データにしておくことが肝要だ。

その意味では、国が医療・介護DXを推進し、現場の業務とシステムを変革しようとしている今が、データ二次利用を見据えた仕組みを設計・実装するチャンスといえる。厚生労働省では前述の二次利用WGと同時に、医療・介護現場の効率化やサービスの質向上に向けた医療・介護情報の利活用WGを設置し、検討を進めている※8。二次利用を見据えたデータ収集の仕組みを構築するためには、これらWG間の連携を図っていくことが欠かせない。また、二次利用WGでは主に技術的な課題やセキュリティ面について議論が行われてきたが、例えば重症化予防事業等の自治体による施策の効果検証など、データの政策利用に関するユースケースを具体化していくことも重要だ。

ポイント➁ 現場へのベネフィットの提供

既存のシステムを活用して自治体の施策検討・評価に必要なデータを効率的に収集するには、医療・介護現場の新たな負担を増やすことなく、通常業務の中でデータを収集できることが理想だ。しかし、医療機関や介護事業所にとってデータ登録に対する動機づけがないと収集率が低くなり、データの網羅性を担保できないという問題が生じる。この問題を解決するためには、データが二次利用されることで、自分たちにとってもベネフィットがあることを医療機関や介護施設・事業所に実感してもらうことが有効だ。

ここでは、科学的介護情報システム(LIFE)※9を例として示す。LIFEとは、エビデンスに基づくケア(医療・介護におけるサービスの具体的な行動)、すなわち「科学的介護」の実現に向けたシステムである。国が全国の介護施設・事業所から利用者の要介護度やADL(日常生活動作)などの情報を収集し、各施設・事業所に経年変化や他事業者との比較結果をフィードバックすることで、ケアに対するPDCAサイクルの運用を支援するシステムである。

介護報酬※10の一部の加算の算定要件には、「LIFEへのデータ提出およびデータ活用したPDCAサイクルの運用」が定められている。施設サービスにおける算定率は6~7割に向上しているものの、通所・居住サービスでの算定率は3~5割であり※11、データの蓄積が十分ではないのが現状だ。施策の検討・評価に資するデータの収集率を高めるためには、「データ入力がケアの質の向上につながることが実感できるシステム」に進化させていくことが重要である。

1つのアイデアとして、介護のケアに関するデータとLIFEデータを連結した分析結果のフィードバックが考えられる。LIFEデータは主に利用者のADLなどの状態像に関するデータだが、ケアの情報を合わせて分析することで、「このようなケアを行うと、利用者の状態がこれくらい改善する」ということが分かるようになる(図表3)。効果的なケアを特定し、利用者のQOL向上につなげることができる可能性がある。こうしたベネフィットを現場が感じられるような分析・フィードバックを行うことが、データの入力率を上げるインセンティブとなる。
図表3 介入方法のデータと利用者の状態像(LIFEデータ)の連結による効果的なケアの特定
介入方法のデータと利用者の状態像(LIFEデータ)の連結による効果的なケアの特定
出所:厚生労働省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」などを基に三菱総合研究所作成

自治体EBPMがもたらす質の向上

公的DBデータの二次利用は、自治体がEBPMを実現する上での強力な推進力となる。費用対効果の高い医療・介護施策に地域資源を集中させることは、医療費抑制など財政面のメリットに加え、医療機関・介護事業所の負担軽減にも貢献する。さらに、自治体が効果的なケアやサービスに関する科学的知見を発信・周知していくことは、地域全体の医療・介護サービスの質の向上につながり、私たち生活者にも大きな恩恵をもたらす。医療・介護DX環境が整いつつある今、自治体が公的DBデータをより能動的に利活用し、施策の実効性を高めていくことが期待される。

※1:厚生労働省によれば、医療・介護DXとは「保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤(クラウドなど)を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えること」。
厚生労働省「第1回『医療DX令和ビジョン2030』厚生労働省推進チーム」資料1
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/000992373.pdf(閲覧日:2024年7月26日)

※2:第4回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム 資料2-1
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001140172.pdf(閲覧日:2024年7月8日)

※3:公的DBとは、厚生労働大臣が保有する医療・介護関係のDBなどの総称であり、「匿名医療保険等関連情報データベース(National Data Base of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan: NDB)」や「匿名診療等関連情報データベース(DPC DB)」、「介護保険総合データベース(介護DB)」などが含まれる。

※4:EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)とは、証拠に基づく政策立案のこと。
内閣府「内閣府におけるEBPMへの取組」
https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html(閲覧日:2024年7月3日)

※5:例えば兵庫県では、NDBのデータを集計分析するシステムを運用し、特定健診の地域別の健診結果を公表している。https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf17/kenkodukurishienshisutemu.html(閲覧日:2024年7月30日)

※6:厚生労働省では、医療計画作成支援データブックで提供するNDB集計指標の活用について、神奈川県での活用事例を共有している。
第1回医療政策研修会・第1回地域医療構想アドバイザー会議 資料5-1 P20
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000683713.pdf(閲覧日:2024年7月30日)
また厚生労働省では、介護DBのデータを含むデータを介護保険事業(支援)計画等の策定・実行を支援する、地域包括ケア「見える化」システムを構築・運用している。
https://mieruka.mhlw.go.jp/(閲覧日:2024年7月30日)

※7:介護予防・日常生活支援総合事業とは、市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することで、地域の支え合い体制づくりを推進し、要支援者等の方に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すものである。
厚生労働省「総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192992.html(閲覧日:2024年7月26日)

※8:厚生労働省「健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ」、「健康・医療・介護情報利活用検討会 介護情報利活用ワーキンググループ」

※9:厚生労働省「科学的介護情報システム(LIFE)について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000198094_00037.html(閲覧日:2024年5月22日)

※10:介護報酬とは、事業者が利用者に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に支払われる費用のこと。介護報酬はサービスごとに設定されているが、それぞれの介護事業所のサービス提供体制や利用者の状況等に応じて加算・減算される。

※11:厚生労働省「社会保障審議会介護給付費分科会(第232回)」資料4 P48
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001171212.pdf(閲覧日:2024年8月6日)

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