元バドミントン選手・モデル 花田真寿美氏 セカンドキャリアインタビュー(3)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2021.6.14

スポーツに「美」は不要という場に新しい風を吹き込む

—— バドミントン選手、モデルを経て、2016年、29歳の時にアスリートビューティーアドバイザーとして「Precious one(プレシャスワン)」を起業されました。一般社団法人日本アスリートビューティー協会も立ち上げ、代表理事として活動されていますが、どのような仕事なのか教えてください。

花田 試合の前、表彰式の前、そしてメディア対応時に、現場で選手のメイクをサポートするほか、各競技団体、連盟、実業団などに所属している選手たち向けのメイクレッスンを行っています。

—— メイクの施術だけでなく、講師として選手たちに指導されているのですね。

花田 外面だけではなく、メイクを通して内面も磨くプログラムを提供しています。講義などの内容も各競技団体やチームとの話し合いで決めています。選手数が多く、私だけでは対応できない場合は、メイクの専門家の方々にも来ていただき、どのようなメイクを施すのか、指導するのかを指示するアスリートビューティーチームのリーダーの役割を担っています。

—— 起業するに当たりビジネススキルなどを学ばれたのですか?

花田 モデル時代はマネジャーがいたため、自分自身の商品価値を磨くことに専念しており、社会人としてのビジネススキルをまったく持たずに起業しました。そこで、まずパソコン教室に通い、スキルを身に付けながら、同時進行で経営相談所や起業家支援の勉強会などに積極的に参加し、経理関連など最低限必要な知識を学びました。もちろん、ビジネス書などでも勉強しました。

—— ビジネスの船出はどのようなものでしたか?

花田 ハンドボールの実業団チームやプロバスケットボールBリーグのチアリーダーの方々にメイクを施す機会を得ることはできていましたが、「女性アスリートに美=メイクは必要なのか」という風潮が根強く、思い通りに活動できていませんでした。「メイクをしている時間があるなら練習しろ」という指導方針のところも多く、私もそうでしたが、女性アスリート自身もメイクをタブー視していた面があったと思います。まずはビジネスよりも理解してもらうことが先でしたね。

—— 理解され始めるキッカケは何かあったのでしょうか?

花田 秦英之氏との出会いですね。当時、秦氏はスポーツ産業の分析などを手掛けるニールセンスポーツジャパンを率いておられました(現在はONEチャンピオンシップ・ジャパン社長)。2017年2月に郷里でお世話になっているスポーツ関係の方から、「今度、富山県にスポーツ界でスゴイ人が来るから」と秦氏の講演会への参加を促されました。東京から帰省して講演を聴き、その直後にお会いしてアスリートビューティーへの意気込みを伝えると、とても興味を持っていただきました。私の活動を「より多くのスポーツ関係者にも知ってもらうべき」と評価していただき、ご自身が主催するスポーツ関係者の集まりである「マグマの会」のプレゼンターにも抜てきしていただきました。

—— それは大きな転機でしたね。

花田 はい。5月に「マグマの会」でお話させていただいた後、出席されていたスポーツ関係者とのご縁がつながり、活動の幅が広がりました。6月には秦氏からご紹介いただいて、笹川スポーツ財団にビューティーサポートの企画をご提案し、承認されました。さらに、その場に海外のビューティー事情に詳しい方がいらっしゃり、「日本のアスリートビューティーは世界に比べて遅れている。日本でも女性アスリートのメイクは必要である」とアシストしていただきました。そして、7月に初めての海外活動として、ポーランドでのワールドゲームズ世界大会で選手のメイクを担当しました。ワールドゲームズというのは、オリンピックに採用されていない種目のアスリートが集う、国際的なスポーツ競技大会のことで、大きな刺激と経験になりました。

—— 人脈がつながっていったのですね。活動していくにつれて変化はありましたか?

花田 受け入れていただいていると感じることが多くなりました。当初は実例も少なく、懐疑的で反応も悪く、「やってもいいが、経費は出せない」と言われるケースもありました。それが、次第に「アスリートもキレイだよね」「必要だよね」と言ってもらえる流れになってきました。

—— メイクすることを選手自身はどう思っているのでしょうか?

花田 「メイクすることによって、自信を持ってコートに立てた」「カメラやメディアの前で、堂々と発言できるようになった」と言われます。姿勢が良くなると気持ちも前向きになるので、メンタル面での効果も抜群です。

—— コンタクトスポーツの場合、メイクが取れたり、相手を汚したりというイメージがありますが、そのような競技者への対応はどうされていますか?

花田 競技によってメイクの仕方や素材を変えています。もちろん、競技中にメイクができない競技もあります。そうした競技の選手たちは、オフの時にメイクをするようにしました。それによって、メイクと無縁であった選手たちも、「今まで以上にリフレッシュできるようになった」「練習に集中できるようになった」と言ってくれています。

—— 指導者、スタッフなど関係者の反応、周囲の目は変わりましたか。

花田 変わった部分の方が大きいですが、まだまだ変わっていない部分も耳にします。「悪目立ちさせたくない」という声も聞きます。自分の価値観で派手なメイクや似合わないメイクをして変に目立ち、逆効果と捉えられてしまう選手もいることは事実です。

—— メイクレッスンの仕事はチームから依頼されるのですか?

花田 チームに所属する選手全員を対象にした集団レッスンの依頼は多いのですが、ここ数年は、個人の依頼も増えてきました。個人競技の選手の場合は、「ライバルである選手たちと一緒に受講したくない」という要望があります。また、チーム競技の選手の場合は、指導者の知らないところでの個人活動となるため、チーム方針や他の選手とのバランスの兼ね合いが課題です。他に、リハビリ中の選手の依頼もあります。

—— この1年は、新型コロナウイルスにより活動が制限されるなど大変だったのではないでしょうか?

花田 複数人で直接会う機会は制限されましたが、オンラインレッスンを始めたことで、ステイホームを余儀なくされたアスリートたちからの反響が大きくありました。また、2020年10月からは「チームアスリートビューティー」を立ち上げ、元競泳日本代表・伊藤華英さんのほか、管理栄養士、パーソナルカラー診断士、皮膚科専門医ら10人で協力し、それぞれのジャンルで「美」を追求したオンラインプログラムの提供も始めました。

—— 未来に手応えを感じた成功事例があれば教えてください。

花田 ボルダリングの大会に呼ばれ、表彰式の前に、フリークライマーの野口啓代選手ら入賞者たちにメイクをしました。私がとても感動したのは、プログラムの一部としてメイク時間が設けられていたことです。初めての経験で、存在意義を認められたできごとでした。

—— 他にも達成感の大きな事例はありますか?

花田 2019年に活躍した選手たちを表彰するアワードの際に、ホッケーの「さくらジャパン」の選手たちのメイクを担当しました。その時に選手たちから、「オリンピックの時も、花田さんにメイクしてほしい」と言ってもらえたことが、とてもうれしかったですね。

—— 少しずつ女性アスリートへのメイクが認められていく過程で、苦い経験もあったと思います。

花田 ポーランドで行われたワールドゲームズ2017で、ウェイクボードの選手の「試合後のメイク」を担当させたいただいた時のことです。残念ながら彼女は勝利を逃し、負けた悔しさで涙を流していました。そのような状況でメイクすることが初めてだったので、何と声を掛けてよいのか分からず、ただ背中をさすってあげることしかできませんでした。この経験から、ただメイクするだけでなく、さまざまな状況において選手にどう寄り添うべきかを意識することが重要であると痛感しました。これを機にコーチングやカウンセリングの勉強も取り入れました。

—— 「選手に寄り添う」というのは、具体的に何をされているのですか?

花田 大会運営組織からの依頼で「表彰式前のメイク」を行う場合、選手には試合後に初めてお会いすることがほとんどです。それで選手を知るために、事前に試合を見るようにしました。表彰式がない日の試合や選手のSNSなども調べて情報を収集しています。「あの時の試合を見ていましたよ」などの言葉が掛けられるか否かで、選手側としての安心感も変わってくると思います。選手を知る努力をすることが寄り添いにつながります。
写真:花田氏提供
写真:花田氏提供
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