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AIからAI・ロボティクスへ

加速する「モノの知能化」と日本の針路
2024.10.1
森 卓也

先進技術センター森 卓也

中村 裕彦

先進技術センター中村裕彦

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OPINION

AI搭載により、高度に知能化したロボットは「AI・ロボティクス」と呼ばれ、新たな成長分野として期待が高まっている。生成AIブームで勢いに乗ったビッグテックを中心にAI・ロボティクス分野への新規参入が拡大。一方、伝統的なロボット産業もAI技術を取り込んで開発を加速化しており、技術覇権を目指す開発競争が激化している。その先にあるのは、従来の産業用ロボットやサービスロボットだけでなく、あらゆるモノが知能化(フィジカル・インテリジェンス)した社会だ。誰もがそれを「ロボット」と認識しない時代が到来する。最新の技術動向を俯瞰するとともに、AI・ロボティクスが当たり前に存在する未来社会を現実のものとするため、日本が乗り越えるべき課題を検証する。

覇権争いが激化するAI・ロボティクス

AIブームが世界的に広がり、ビッグテックやスタートアップの巨額の開発投資が話題となる中、その競争領域は、純粋な「AI」から「AIを付加したロボット」、すなわち「AI・ロボティクス」に拡大している。AIで高度に知能化したロボットが普及することで、柔軟な対応力が必要な医療・介護現場での支援作業や、危険な高所における複雑な作業の自動化など、従来では成し得なかった社会課題解決やイノベーション創出が可能になる。

これまでビッグテックなどは、膨大なデータセットに基づきトレーニングされた大規模言語モデルをベースに、さまざまなアプリケーションを創出することで、人の知的活動を代替するというAIビジネスモデルを確立してきた。彼らはこの成功体験を、AI・ロボティクス領域にも拡張できると考えている。具体的には、まず現実世界との接点(インターフェース)であるロボットを通じて収集した、多種多様なデータで学習させた基盤モデルを構築する。そして、それをファインチューニングすることで、あいまいな自然言語での指示に従ってさまざまなタスク(業務)に適用が可能な「汎用ロボット」を実現できると想定している。

もちろん、汎用ロボットの実現に至る道程は簡単ではなく、必要となる投資額も膨大である。しかし、ビッグテックなどはそのリスクへ果敢に挑戦し、インターネット世界だけでなく現実世界においても、人の生産活動を代替する技術覇権を握ることを目指している。

AI業界vsロボット業界 異なるアプローチ

せきを切ったようにAI業界がロボット開発に参入する一方で、長年の技術蓄積があるロボット業界も、AI技術を取り込む形でAI・ロボティクス開発を加速化している。

ロボット自体の歴史は古く、1920年には「ロボット」という言葉が初めて登場する。1960年代に産業ロボットが登場して以降は、日米欧でロボット研究が盛んになり、「ロボティクス」という学問分野が確立。主な技術要素である知能・制御系、駆動系、センサー系それぞれの分野で着実に技術進歩を重ねてきた。とはいえ近年はやや成熟し、技術進歩も漸進的となっていたロボット研究であるが、現在はAI技術の爆発的な技術進歩を吸収することで、その研究開発が大きく加速している。

生成AIの成功体験もあり、AI業界はより汎用的なAI・ロボティクスを志向する傾向がある。これに対しロボット業界は、AIの基盤モデルを活用しつつも、特定のタスク(業務)や業界に特化したハードウエア・アプリケーションを志向する傾向があり、両者のアプローチには違いが見られる(図表1)。これら異なるアプローチからの開発競争が、より魅力的なAI・ロボティクスの実用化を後押ししている。
図表1 AI業界とロボット業界の典型的なアプローチ
AI業界とロボット業界の典型的なアプローチ
三菱総合研究所作成

AI・ロボティクス進化で「ロボット」が死語に

従来、ロボットといえば工場などの制限されたエリアで特定のタスクを自動化する産業ロボットが「主役」であり、それ以外の人を補助するサービスロボットは、市場規模の面でも社会実装の面でも「脇役」と思われていた。AI・ロボティクスの急激な進歩は「ロボットの民主化」、すなわち技術的な知識がない人々でもロボットを簡単に利用できる社会を実現する。ロボットは、人が携わってきた業務の効率化や人の代替を担う「servant(召し使い)」にとどまらず、人が感知できないような、相手の微妙な感情起伏や体調変化をおもんばかり気配りができる、人にやさしい「partner(友人)」となる。ロボットの民主化は、サービスロボットの市場拡大を促すことはもちろん、将来的には現実世界にある、あらゆるモノの知能化(フィジカル・インテリジェンス)を具現化することになるであろう(図表2)。
図表2 AI・ロボティクスからモノの知能化へ
AI・ロボティクスからモノの知能化へ
三菱総合研究所作成
これまで技術者(専門家)しか接点がなかった「ロボット」が、誰もが身近に接する「気の利いたモノ」となる結果、おそらく、そこで使われるモノを誰も「ロボット」とは認識しない。AI・ロボティクスの進化により、「ロボット」という言葉が死語となる時代が到来する。

投資体力と顧客品質 日本が克服すべき課題

これまでに紹介したバラ色の未来社会は、特に日本では、AI・ロボティクスの技術進歩が順調に進展するだけでは実現しない点に注意が必要だ。

さまざまな隘路が想定されるが、最初に挙げられるものは「投資体力」である。純粋なAIと異なりAI・ロボティクスはハードウエアが伴うため、低コスト化にも限界がある。そのため、特に普及初期段階においてAI・ロボティクスを活用し、その恩恵を得るためには、投資体力が不可欠である。

例えば人手不足によりロボット活用が期待される国内産業の「農業」や「ヘルスケア」は、資本集約が進んでおらず、AI・ロボティクスへの投資が後手に回ると予想される。こうした分野では、投資できる組織体にどれだけ変われるかが問われることになろう。

もう一つの隘路は「顧客品質」である。生成AIと同様に、AI・ロボティクスの技術進歩には多種多様なデータセットによる学習トレーニングがカギとなる。逆に言えば、普及初期段階はAI・ロボティクス製品の品質精度には限界があり、それを許容しつつ現実世界で使い続けてデータを得ることで技術が高度化する。品質要求が厳しいとされる日本国民や日本企業が、AI・ロボティクスを用いた初期の製品・サービスを「品質精度が低いから」として敬遠するのではなく、イノベーティブカスタマーとして積極的に活用できるかが問われることになる。

AI・ロボティクス分野で日本企業が世界で競争していく上で、ベースとなる日本市場がAI・ロボティクスに親和的であることは優位に働く。親和的な市場を形成していくには、「投資体力」と「顧客品質」という2つの隘路を克服することが欠かせない。AI・ロボティクス分野における産業競争力を高めるためにも、アカデミアやロボット業界に向けたサプライ(供給)サイドの産業政策だけでなく、資本集約の促進や品質意識の変革といったAI・ロボティクスを活用する側に向けたデマンド(需要)サイドの産業政策を推進していくべきである。

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