元柔道選手 菊池教泰氏 セカンドキャリアインタビュー

アスリートが強くなるため、速くなるため、うまくなるため、
自分で考え続けてきた力は、ビジネスにも活きる力である

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.9.28
これからの時代はイノベーションを起こせる人が重要だ、イノベーションと企業家精神が大事だといったように、昨今「イノベーション」という言葉をよく耳にする。イノベーションが大事であることはわかるが、どうすればイノベーションを起こせるのだろうか。選手時代に栄光と挫折を経験し、その教訓を活かして現在は「認知科学に基づくコーチング」をベースに、企業を「One Team化」するため、組織変革を通じたイノベーションをサポートしている元柔道選手の菊池教泰(きくち・のりやす)氏に話を聞いた。

自分自身のイノベーションの起こし方~イノベーションを起こすヒント

—— 菊池さんの現在の仕事内容を教えてください。

菊池 私は、自身の使命として「人と組織の可能性を最大化すること」を掲げています。デクブリールという会社を起業し、「急成長している企業」を対象に、研修や従業員面談、制度づくりを通じて「組織マネジメントを変革するソリューション」を提供しています。急成長している企業の多くは「従業員を採用しても、すぐ辞めてしまう」「組織がバラバラで、部門同士・個人同士の連携ができない」といった問題を抱えています。急成長企業のこのような問題を解決するために、選手時代の経験も活かしつつ、「企業を"One Team化"する組織変革の専門家」として日々活動しています。

—— 菊池さんの活動領域は、企業相手だけではないですよね?

菊池 そのとおりです。CSR(企業の社会的責任)活動として、スポーツや学校教育についても、講演や研修を行っています。私自身の使命が「人と組織の可能性を最大化すること」とお伝えしましたが、ここでのポイントは「人と組織」と言っているのであって「ビジネスパーソンと企業」とは言っていないことです。「人と組織」という言葉は、人が何らかの目的で集まっている集団全てに該当するため、スポーツや学校教育も含まれます。ビジネスで培った知識や経験を、スポーツや学校教育にもフィードバックする責務が自分にはあると思っているので、CSR活動として行っているのです。反対に、スポーツや学校教育関係の皆さまから私が学ぶことも当然あるわけで、「企業・スポーツ・学校教育のすべてに関わっている」ことこそ私の最大の特徴であり、それにより常に知見をブラッシュアップしています。 
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写真左:菊池氏提供(北海道 スポーツ少年団 指導者への研修)
写真右:菊池氏提供(千葉県 2年目の高校教員への研修)
—— 起業当初から、そのようなスタンスを取っていたのですか?

菊池 いえ、違います。事業を進める中でどんどん変化して、現在のスタンスになりました。ただ最初から変わっていないのは、専門分野である「認知科学に基づくコーチング」をベースとしているところです。

—— 「認知科学に基づくコーチング」とはどういうものでしょうか?

菊池 「認知科学」とは、「人が物事を判断するメカニズムを研究すること」であり、「脳と心」に深い関係があります。私たちは「脳と心」を同じものとして扱い、「マインド」と呼んでいますが、認知科学では「コーチ」の定義を「マインドの上手な使い方を教える人」としています。もともと「コーチ」の語源は「人を目的地まで連れていく馬車」であることから、マインドの上手な使い方を教えて目的地まで連れていくのが、認知科学に基づくコーチングです。
また、認知科学に基づくコーチングは、過去の経験から最適解を求めるのではなく、前例がないことや、今までやったことがないことを生み出す「イノベーションを起こすためのマインドづくり」に近いものです。

—— しかしながら、突然斬新なアイデアを思いつくことは難しく、現状をベースに考えてしまうのが常です。イノベーションの動きができるようになるための目標設定はどうすればよいのでしょうか。

菊池 目標を持つことは大事です。わかりやすく説明するために、まずは絶対にイノベーションが起こらない目標設定からお話しします。それは「積み上げ式で目標を設定すること」です。例えば、売り上げにおいて、今年はこの方法で1,000万円だから、来年もこのままちょっと頑張って1,100万円、といったようなもの。このやり方では「現状の延長線上にある未来」しか作れません。乱暴な言い方になりますが、「先に目標を設定し、手段は後から創り出す」というのが認知科学に基づくコーチングの要点です。実はその考え方こそが、唯一イノベーションを起こせるマインド(脳と心)のあり方なのです。
人の脳は「自分にとって今重要なものしか見ない」という性質があります。逆に言うと、現在重要ではない情報をスルーしてしまうのです。よくこの例えで使われるのが「今みなさんの目の前に赤いものはいくつありますか?」という質問です。この質問をされるまで「赤いものとその数」は、たいていの人に取って重要な情報ではないため、視界に入っていたとしても「認知」していません。しかし、この質問によって「赤いものとその数」が重要な情報となったため、認知するのです。このように、人間には「見えているけれど見えていないもの(認知できていないもの)」が必ずあります。目標設定が大事な理由は、目標に意識の焦点を合わせたことで「見えるもの(認知できるもの)が変化する」からなのです。

—— 例えば、パソコンを新しく買い替えようと思った時に、今まで目にとまらなかったチラシや知人のパソコンなどに意識が向き情報が飛び込んできます。これを買いたいという目標が明確になったことで、認知するものが変化し情報が飛び込んでくる、といった感じでしょうか。

菊池 本当は目の前に目標達成につながる重要な情報があったとしても、自分にとってそこに重要性がない限り、認知できない。これは大変もったいないことでもあります。さらに、その目標は「目先」ではなく、「はるか先」の目標を設定することを推奨しています。目標設定の本質は「意図的に自身に自己不満を起こさせ、そこに向かうためのエネルギーを創り出すこと」です。目標を設定するから、そこに向かおうとする「エネルギー」が創り出される。そこから考えた時、「目先の目標」と「はるか先の目標」では、どちらが目標に向かうエネルギー量が多いでしょうか?
あるプロボクサーにこの話をし、本人が実践したところ、今までは次の試合(=目先)を目標としており、試合直後はトレーニングや練習をしようとするエネルギーが落ちて、回復するまでに時間がかかった。しかし、世界チャンピオン(=はるか先)を目標とすると、試合後にエネルギーが落ちず、足りないものや伸ばしたいものに焦点があたり、すぐに練習やトレーニングを再開することができたそうです。アスリートが引退後に就職しようとする際の選択も、給料や場所などの目先で決めるのではなく、はるか先につながる「自身にとっての価値」を考えて目標を定めた方が、「本人もまだ知らない、自身の可能性を最大化すること」につながります。

—— 良い就職先を選ぶことや、どのくらい稼ぐのかということをつい目標にしてしまいがちですが、自身にとっての価値を見据えることが必須ということですね。

菊池 実は、ここで一つ、疑問が出てきます。それは「はるか先の目標だと達成方法がわかりにくい。それをどのように達成するのか?」ということなのです。
認知科学に基づくコーチングの世界では、これを「インベント オン ザ ウェイ(invent on the way)」という表現で説明しています。インベントは「開発」する。オン ザ ウェイは「道の途中で」です。今の自分がはるか先の目標を設定した後、そこに向かう途中で新しい知識を得たり、新しい体験をしたり、新しい仲間と出会ったりなど、常に自分自身が変化しています。そしてその中で、目標自体が変化する可能性すらあります。目標に至る過程で、あらゆる物事の見え方も変わってくることでしょう。何とかして目標を達成するために、「現状と目標との差を埋めようとする無意識の力」が働き、そこに至る手段や方法を見つけ出そうとします。これがイノベーションにつながります。 
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写真:菊池氏提供
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