元柔道選手 菊池教泰氏 セカンドキャリアインタビュー(6)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.9.28

自分で考えて修正する力は、アスリートは本来得意なはず ~スポーツは実学である~

—— 菊池さんの目から見た、日本のスポーツ界の課題を教えてください。

菊池 自分で考えて修正することは、アスリートは本来得意なはずです。答えがない問題を追い求めるのが、スポーツだからです。アスリートが強くなるため、速くなるため、うまくなるため、自分で考え続けてきた力は、ビジネスにも活きる力です。しかし、世界一になったとしても、監督や指導者に言われたことだけをして結果を出したのであれば、その後のセカンドキャリアを含めた人生において、苦労することになるでしょう。なぜなら、自分で考える力が育っていないからです。
本来スポーツとビジネスは、「自分で考えて修正し行動していく」という点で、養われる能力、求められる能力は同じはずのものです。だからこそ、スポーツは「実学」なのです。しかし、日本において、「スポーツ=実学」というイメージは、いまだ成立していません。それは、二つの問題があるからだと思っています。
まず、一つ目の問題は、「選手と指導者の関係性」です。日本では、師弟愛に代表されるように、基本的には上下関係です。これは、儒教の影響も大きいと思っています。目上の命令には従わなければならないということが、暗黙の了解となっています。欧米では、選手が結果を出すために、自身で指導者(コーチ)を選ぶという流れもあり、そこには「同格のパートナーとしての関係性」があります。
ここで問題となるのは、上下の関係性では「モノを自分で考える力が身につきにくい」ということです。いわゆる「オーバーティーチング(教えすぎ)」が起きやすい。これは「ほめて伸ばす」と「強制的にやらせる」という、一見すると真逆に見える指導の両方に当てはまります。両方とも、外側からのエネルギーにより動くという「外発的動機づけ」なのです。自身の内側からのエネルギーで動いていく、「内発的動機づけ」ではありません。
柔道の世界でも、高校時代に日本一となって将来を嘱望されながら、大学進学後に鳴かず飛ばずになってしまう選手をたくさん見てきました。その理由の一つに、高校時代の指導者が手取り足取り教えたり、または強制的にやらせていたりなど、どちらにしても選手自身で考える力が養われないまま、大学で違うタイプの指導者の下についた途端、何もできなくなってしまうということがあります。他の競技でも、同様の話はよく聞きます。そうした状況を変えるには、指導者を含む多くの人に、セカンドキャリアを見据えた「自分で考える重要性」を知ってもらわなくてはなりません。
でなければ、スポーツを通じて指示待ちの人を育成してしまうことになりかねない。今、ビジネスの世界でも指示待ちの人は求められておらず、自分で自律的にモノを考えながら動いていく人が求められています。しかし、指導者も、学校や保護者から現時点で勝つことを求められ、それが学校の経営(生徒の応募数)にも影響しているので、現実にはとても難しい問題でもあります。ここは、スポーツ界の大問題として、考えていきたいところです。

—— 二つ目の問題はなんでしょうか?

菊池 日本において、「スポーツとビジネスが別世界のものとして認識されていること」です。両者の間に架け橋が掛かっていないことも、スポーツが「実学」としてとらえられていない大きな要因です。私のクライアントである外資企業で、驚いたことがあります。人事リーダーの女性が、アメリカでグローバル研修を受けることになった。そのメンターは誰かというと「サッカー五輪金メダリストの女性」だというのです。アメリカでは、これが普通の感覚なのでしょう。スポーツで世界No.1になったのだから、その能力はビジネスで活きるのは当たり前であり、ビジネスパーソンが学ぶべきものだ、と。
しかし、日本ではそのようなことをあまり聞いたことがありませんし、むしろ「アスリートはビジネスパーソンから学ぶべき」という考えの方が、一般的ではないでしょうか。しかし、繰り返しになりますが、スポーツは「自分でモノを考えて、修正しながら行動する」というビジネスにも通ずる訓練ができる最高の人材育成手段なのです。選手が自分で考え、修正することをしてきたかどうかで、人生が大きく変わってしまいます。これを読んでくださっている皆さまには、「人材育成としてのスポーツの価値」を知っていただき、このことを広める伝道者になってほしいと思っています。

—— アスリートのセカンドキャリア問題について、菊池さんのお考えを教えてください。

菊池 これは、人間の認知上、当たり前のことですが「知識がないことは選択肢にのぼらない」ということです。私は、JRAで人事という世界の入り口を経験することができた。それが、自身の次への可能性につながりました。特定の競技に長年打ち込んできた選手がセカンドキャリアを考えるとき、本質的に優れた能力を持ちながらも、競技に関連する職業以外の選択肢が存在しない、あるいは、他の職業に対する知識がないために、他の職業に就くことが選択肢にのぼらないというケースが多いのではないか、と思うようになりました。そこで、ある「仮説」が私の中から沸き起こりました。

—— どのような仮説ですか?

菊池 「今まで日本では、アスリート出身者の持つ潜在的なエネルギーを、経済界に顕在化させる仕組みが存在しなかった。その結果、日本国家として潜在的な経済成長の機会を失ってきたのではないか」というものです。現在、日本のスポーツ競技界における最大の問題点は、「アスリートのセカンドキャリアの選択肢が狭い」ことであると、私は考えています。これは、「アスリート出身者の持つ高いエネルギー、ポテンシャルを日本社会に活用する仕組みが機能していない。それにより、日本経済の潜在的な成長を奪っている重大な損失」と見ることができます。アスリート引退後の「選択肢の欠如」は、日本の損失であると思っているわけです。

—— アスリートの可能性を切り開くことが、日本経済活性化にもつながるということですね。

菊池 ただ、このような話をすると、引退したアスリートを助け、大変な状況から彼らを保護する仕組みづくり、いわばセーフティーネットの話としてとらえられてしまいがちなのですが、そうではありません。優秀な能力を持つアスリート出身者たちが、さまざまな産業で力を発揮することで、日本の成長と発展をけん引できるようなリーダーとなる可能性を秘めている、ということなのです。そのために、優秀なアスリート出身者たちが、多様な職業で能力を発揮できる環境・仕組みが必要だと思います。

—— 最後に、現役選手に対し、自身のキャリアで大切にしてきたことをアドバイス願います。

菊池 このインタビューでお話しした内容のまとめになりますが、私が大切にしてきたことは三つあります。
一つ目は、「常にチャレンジして、自身を成長させ続けること」です。そのためには、はるかなゴール設定が必要という話をしました。人間の認知は成長するに連れて変化していくものなので、チャレンジの途中でゴールも変化します。私はその変化を繰り返すことで、真のゴールを目指し続け、自分を成長させ、可能性を広げ続けてきました。このプロセスは、現役選手として自身の可能性にチャレンジし続けているアスリートにとっては、同じもののはずです。
二つ目は、「そのゴールに感情が乗っているか」という点です。例えば、1日に何人のお客さんを入れられるかというビジネス優先のレストランと、世界一の料理を提供すると考えて仕事に取り組むレストランでは、どちらが充実感を得ながら働けるでしょうか。やはり、ワクワクとか、楽しいとか、そういった感情は無視できないものだと思いますし、それがあるから自分の可能性が引き出されていくのだと、私は考えています。
最後に、三つ目は、「自身の使命に従い、分野をまたいで統合することで、進化成長すること」です。例えば、文武両道という言葉がありますが、「文と武を両立する」という意味に捉えている人が多いと思います。しかし、真の文武両道とは、文と武、それぞれで学んだことを組み合わせて化学反応させ、新しい視点を持つことだと思います。それと同じように、複数の分野に携わり、それぞれの良い点を掛け合わせることで、化学反応を起こしていく。昨今、ワークライフバランスという言葉が使われていますが、今の時代、プライベートから仕事に発展することも珍しくありません。そう考えると、「統合」を意味するインテグレーションを用いて、「ワークライフ・インテグレーション」の時代であり、分野をまたいで行動し続けていくことが、自身の可能性を最大化することにつながると言えるでしょう。
写真1
写真:小村氏撮影(パネルディスカッション=NPO法人スポーツ業界おしごとラボ主催=)
左:菊池氏の活動全体図 出所:株式会社デクブリールHP(https://decouvrir.jp/profile/)
右:菊池氏の実績一覧 出所:株式会社デクブリールHP(https://decouvrir.jp/profile/)
菊池教泰(きくち・のりやす)プロフィール

1980年3月7日生。北海道出身。6歳より柔道を始める。地方大会1回戦敗退選手であったが、メンタルのことを独学し、大学生時に団体日本一となる。全日本学生柔道大会優勝、優秀選手。デンマーク国際柔道大会100kg超級優勝。中央大学法学部法律学科卒業、同柔道部主将も務めた。卒業後、2002年に実業団柔道の名門JRA(日本中央競馬会)に入会(入社)。柔道と仕事の両立にチャレンジするも挫折し、うつ状態を経験。その後、母校の中央大学柔道部にコーチとして携わった後、労務分野の仕事に就く。そのような日々を過ごす中、学生時代の輝きに現在が負けているのではないかという自問自答の中、米国コーチング界の祖である故ルー・タイス氏のコーチングに出会う。自身の使命が「人と組織の可能性を最大化すること」であると感じ、2009年に株式会社デクブリールを起業。主に急成長企業の組織の問題を解決するために「企業を"One Team化"する組織変革の専門家」として活動。その他、CSR活動として「スポーツ」「学校教育」をまたぎ、講演や研修を行っている。2015年NPO法人スポーツ業界おしごとラボ顧問就任。2019年一般社団法人日本スポーツチームアセスメント協会(JSTAA/ジェスター)を設立し代表理事に就任。2020年7月1日の理事会により一般社団法人日本パラ陸上競技連盟理事に就任。著書に『超一流アスリートのマインドを身につけて あなたのゴールを達成する! 』(http://amzn.to/1Pqm82w)。
【株式会社デクブリール】https://decouvrir.jp/
【一般社団法人 日本スポーツチームアセスメント協会(JSTAA/ジェスター)】https://jstaa.jp/
取材・文 : 小村大樹(おむら・だいじゅ)
草創期のメンタルトレーナーを経て、総合学園ヒューマンアカデミー、一般社団法人日本トップリーグ連携機構などに従事。
現在は、NPO法人スポーツ業界おしごとラボ理事長・小村スポーツ職業紹介所所長。
株式会社三菱総合研究所 アスリートキャリア支援事業プロジェクトに協力。

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