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2017年5月号特集経済・社会・技術サステナビリティヘルスケア

プラチナ社会構想の実現に向けて

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2017.5.1
経済・社会・技術

POINT

  • 21世紀の持続可能な社会モデル「プラチナ社会構想」の実現を目指す。
  • 社会システムの構造転換戦略に合った個別の取り組みや制度を普及させる。
  • ライフステージ、経済成長、社会保障、資源・エネルギーの構造転換を優先。

1.プラチナ社会構想、その意義と課題

明治時代の『坂の上の雲』、戦後の「所得倍増」「列島改造」は、欧米列強や先進国へのキャッチアップが目標であり、多くの国民が共有できるビジョンであった。当社は、物質的な豊かさが実現し、価値観も多様化した21世紀に目指す社会モデルとして「プラチナ社会構想」を提唱している。

わが国は今、人口(少子高齢・人口減少・長寿命)、欲求(多様性・成熟・需要不足)、環境(資源争奪・CO2抑制)、財政(政府債務・国民負担)の四つの困難に直面している(図1)。これらの制約を克服し、人々の幸せや社会の持続を目指すビジョンがプラチナ社会構想だ。具体的には、まず「誰もが参画・活躍し、生活の質が高く、心豊かな人生を送れる社会(全員活躍社会)」である。そして、「持続可能な経済と制度を実現する社会(持続可能社会)」だ。経済成長はもはや目的ではないが、社会のさまざまな課題解決や制度持続の前提条件として重要である。また、少子高齢・人口減少・長寿命を前提にした持続可能な社会保障制度の再設計が急務だ。資源・エネルギー面での自立性を高め、CO2や廃棄物などの環境負荷を最小化する社会システムも必要である。さらに、実現したソリューションを海外に展開し、「世界の課題解決に貢献する社会(世界貢献社会)」を目指すものである。

当社は、2010年にプラチナ社会研究会を設立し、500以上の産学官の会員との共創を通じて構想実現に向けた取り組みを続けている。プラチナ社会を構成する個別のビジョンと課題を設定し、具体的な解決策を導出し、実証を重ねながら制度設計を進め、政策や事業などのかたちで社会への実装を目指すプロセスを進めている。政府の地方創生施策となった日本版CCRC※1は、このプロセスを通じた実現例の一つである。

7年経過した現在も、プラチナ社会構想の価値は色あせていない。むしろその必要性は増しているといえよう。世界ではグローバル化や技術革新の副産物である不満と不安が広がって排外主義が横行し、国内では課題山積に伴う閉塞感が20年以上続いて老若男女が希望をもちにくい時代となっている。「誰もが参画・活躍する持続可能な社会」が共通の目標として共有できれば、将来不安を抱える多様な人々の共感を得て、社会全体として前向きな動きを起こすことが可能だ。

すでにプラチナ社会とビジョンを同じくする取り組みや制度は多数生まれているが、それぞれ単発的で社会全体に効果が浸透しているとはいえない。構想を実現するには個別最適や一部を対象とする取り組みではなく、ビジョン全体最適で、多くの地域、企業、人々が参加可能な制度やシステムを社会実装することが今後の課題だ。
[図1]プラチナ社会構想の全体像

2.先進事例・個別制度から新たな社会システムの実装へ

「先進事例の創出」と「社会全体への効果浸透」の間の溝

全員活躍社会の実現に向けては、定年後も活躍を続けるアクティブシニア、バリアフリー、在宅勤務や副業などの柔軟な働き方といった事例や取り組みが、多岐にわたり進んでいる。シェアリングサービス、年金のマクロ経済スライド、再生可能エネルギーの固定価格買取制度、都市鉱山メダル※2、コンパクトシティーなど、持続可能社会づくりを促す動きも数多い。

しかしながら、新たな問題への対応の遅れもあって、社会全体で見ると必ずしも状況は好転していない。全員活躍社会に関しては、長寿化が進む中、今の若者や中堅は、「長い老後」ではなく「長い現役」を余儀なくされるが、それを支える学習・就業システムは整備されておらず、長生きへの不安は高まるばかりだ。持続可能社会に関しては、GDPは20年前と同水準で、所得が増える見通しが立たない。政府の借金が1,200兆円を超える中、医療・介護やインフラ改修などの国民負担上昇を抑制する策は不十分なままだ。CO2排出量も20年前から大幅な削減には至っていない。

社会システムを実装する新たなフェーズ

プラチナ社会実現に向けては、先進事例や個別政策・制度を生み出すフェーズから、ビジョンに沿った社会システムの実装や変革を進めて、社会全体に効果を浸透させるフェーズに歩みを進めるべき時期といえる。個別の取り組みが社会全体の変化として広がらない原因は二つ考えられる。まず、成功した先進事例やモデル事業は往々にして特殊な条件を前提としており、広範にはなじまないケースが多いことだ。多くの人々、企業、地域が参画可能で、行動変容と創意工夫を促す仕組みが必要であり、それらは必ずしも先進事例から導かれるものではない。次に、個別の取り組みによる効果が顕在化しても、ほかの部分で負の影響が発生し、社会・地域全体で見ればプラスマイナスゼロとなるケースである。社会システム全体を構造転換する戦略を設計・共有した上で、戦略に整合した個々の取り組みや制度の普及を推進する必要がある。

3.急がれる四つの社会システム変革

(1) 長寿社会の学び方・働き方──ライフステージ改革

長寿化が進めば、80代、90代まで現役で活躍し続けることが、社会の持続に不可避となる。他方、卒業後の70年間は就職、学習、休職、転職を自由に組み合わせた多様なライフステージ設計が可能になる。長く多様な人生がもたらす不確実性に対処し、自由度を活かして心豊かな人生を送るために、学び方と働き方のシステム変革が急がれる。

学校教育は、社会や技術が変化しても継続的に活用可能な能力の習得に注力することが重要だ。コミュニケーション、リーダーシップ・フォロワーシップ、論理思考・デザイン思考、創造力、構想力、胆力などである。基礎知識や職業スキルの習得はAIを活用した個人別学習を基本とし、授業は実践力の習得を中心とする場に変革したい。

卒業後は、育児・介護や傷病・障害などの状況に応じて短日数・短時間勤務、在宅勤務、休職・復職などの柔軟な勤務形態を選択可能とするとともに、転職、複業、起業、フリーランサーなど多様なキャリア形成を可能とする真の働き方改革が不可欠だ。

個人は、新たな職業や技術、制度への適応のため、長い人生を通じて学び続けなければならない。雇用流動化が進むため、能力開発、学習履歴、スキル、キャリア、健康を、個人でマネジメントする仕組みも必要となる。

(2) プラチナライフと金融資産流動化──経済成長モデル改革

全員が参画・活躍し、心豊かなプラチナライフを送るためには、参画・活躍の障害の克服を支援する分野と、どきどき・わくわくを感じられる分野での良質なサービス創出が鍵を握る。前者は、育児・家事・介護、花粉症・不眠症・認知症、車椅子・補聴器など、後者は、スポーツ、文化、学習、交流、旅、食、美容などが想定される。消費低迷が続く中、これらのサービスは、既存需要からの置換ではなく、追加的に消費する可能性が高く、高価格でも需要が持続的に増える可能性が高い。

わが国の経済は、新たな商品やビジネスが生まれても、既存需要の一部を食いつぶすなどして、全体のパイが増えにくい構造に陥っている。企業競争力強化や産業構造改革は重要な課題だが、持続的な経済成長の観点からは、GDPの6割を占める民間消費の拡大の優先度が高い。そのような中、金融資産は、民間消費が横ばいにとどまった20年間に500兆円も増え、1,752兆円に達している。1%が消費に回れば、GDP成長率3%に相当する規模だ。税金に依存せず、個人金融資産をファンドとして、サービスの実証や実装を進め、プラチナライフ消費を促すことによって金融資産を流動化し、消費拡大をトリガーにした持続的な経済成長モデルへと転換することが可能ではないか。
[図2]金融資産流動化をトリガーとした持続的な経済成長モデル

(3) 給付・負担構造の見直し——社会保障制度改革

社会保障制度の役割は「発生頻度は低いが大きな困難に対する支援」と「多くの人に発生しうる困難への支援」である。一定の経済的な豊かさを実現した超高齢社会では、後者の給付・負担構造を見直し、制度の持続性と信頼性を高める必要がある。

例えば、医療保険制度では、全ての傷病を給付対象とするのではなく、発症率の低いものや高額治療のものに限定し、ほかの傷病は原則自己責任(予防とセルフメディケーション)として給付を削減する。ただし、一定水準以下の資産・所得世帯には給付を保障する。

負担については、応能の度合いを高めるとともに、シニア世代内での相互扶助を高めて必要額を確保する。その選択肢として、所得ではなく資産に応じた負担も検討すべきだ。制度維持は社会全体の持続性を高め、負担者のメリットにもなる。

(4) 完全資源循環・脱炭素への道──資源・エネルギー構造改革

温暖化や自然破壊などの環境問題とグローバルな争奪激化への対応の観点から、資源・エネルギーの海外依存度低減の重要性はますます高まる。パリ協定の「21世紀中のCO2排出ゼロ化」も見据える必要がある。長期ビジョンとして「完全資源循環」と「脱炭素」を掲げ、社会システム構造の大転換に着手すべき時ではないか。

第一歩は需要の大幅削減だ。シェア、省エネ・省資源、コンパクトシティーなどを一気に普及する必要がある。次いで供給システムの高度化・効率化だ。発送電の効率化、電力需給の最適化、蓄電能力の向上、リユース・リサイクルの徹底など、技術開発と社会実装を進める必要がある。第三にCO2発生率の低い再生可能エネルギーの最大限の活用だ。水力や太陽光のほか、地熱、中小水力、風力、バイオマスなどは、水素との組み合わせも含めて導入余地は大きい。ただし、CO2発生の完全ゼロ化は難しく、地中や水中に回収する仕組みも同時に進める。いずれも技術面やコスト面でのハードルは高いが、今からビジョンを共有して推進すれば、21世紀中の実現は十分可能だ。

引き続き、プラチナ社会構想の発信や機運醸成に努め、多くの方々に共感していただき、産学官共創による新たな社会システムの実装を加速していきたい。
 

※1:Continuing Care Retirement Community。健康時から介護時まで継続的ケアを提供するアメリカの高齢者施設のコンセプト。日本版CCRCは「生涯活躍のまち」として、地方創生施策メニューの一つとなっている。従来の特別養護老人ホームとは異なって健康時からの入居を前提とし、保険料収入に依存しない民間事業として展開する。

※2:廃棄家電などから収集したリサイクル金属によって2020年東京大会のオリンピックメダルを製作するプロジェクト。金属リサイクルが大会後のレガシーとして社会に定着することを目指して大会組織委員会が推進している。