マンスリーレビュー

2022年1月号トピックス1ヘルスケアテクノロジー食品・農業

ゲノム編集食品を根付かせる開発の在り方

2022.1.1

ヘルスケア&ウェルネス本部池田 佳代子

ヘルスケア

POINT

  • 資源不足や環境破壊の解決に生物機能を活用する流れが加速。
  • ゲノム編集食品の社会実装においては消費者の受容性醸成が鍵。
  • 技術開発と並行して長期的影響の予測と研究プロセスの客観的管理を。

社会課題解決に生物機能を活用

地球規模の資源不足や環境破壊に対処するため、生物機能を活用した技術開発によって社会課題を解決する流れが強まっている。

身近な例としては、GABA※1を大量に含むトマトや従来よりも肉厚なマダイが挙げられる。いずれも遺伝子配列を改変するゲノム編集技術によって実現した。タンパク質枯渇を回避するため、培養肉も開発されている。

ゲノム編集食品は厚生労働省による安全性審査などを経れば販売が可能になった。また、培養肉はベンチャー企業だけでなく、大手食品メーカーも出資や開発に乗り出している。

生物機能をものづくりやサービス提供に活用する「バイオエコノミー」は持続的なイノベーション領域として期待され、食品においても生物機能を用いた技術開発が進められている。しかし、バイオテクノロジーを利用して製造されるゲノム編集食品が市場を形成できるかは、現時点では不透明である。

遺伝子組換え食品への消費者不安

ゲノム編集技術が食品に応用される前から作られている遺伝子組換え食品は、農薬散布を減らして生産を効率化できる。

一方で、健康への影響に関する消費者不安を払拭(ふっしょく)しうる科学的根拠が十分に示されないまま開発が進められた。実用化に至るまで生産者・企業と市民との対話が進められなかったこともあって技術への不信感を招き、日本では市場形成に至らなかった。

求められる3つの取り組み

自給率が低く生産の担い手も減っている日本では、食料生産の先端技術が社会に受容されることが望ましい。ゲノム編集食品の市場形成策として、①開発段階から社会実装時の懸念をリストアップ、②技術開発と並行して懸念解消の手法を開発、③手法と成果の公表による透明性確保、の3つを提案したい。

①に関しては、開発の早期段階で技術の内容を公表し、将来起こりうる事項について市民との対話を促進することが重要である。こうした点は、国もバイオエコノミー社会実現のために策定した戦略を通じて示している※2

②については、消費者が最も不安を感じる「人体や環境への長期的な影響」が既存の手法では予測困難となっている。しかし、人体や環境に対する化学物質の安全性評価のために開発されてきたシミュレーション技術を生物学の分野で確立することが、有効な解決策となりうる。

③の透明性確保のために、研究プロセスや成果のデータに、誰もがアクセス可能にすべきである。研究プロセスを一元管理する仕組みを構築し、国際標準化機構(ISO)のような第三者による認証を義務付ける必要もあろう。

ゲノム編集食品の開発においては、消費者からの信頼性確保が優先されるべきである。

※1:Gamma Amino Butyric Acidのこと。血圧降下などの効果があるアミノ酸。

※2:2020年に国が策定した「バイオ戦略2020」でも、バイオエコノミー社会実現にはELSI (Ethical, Legal and Social Issues:倫理的・法的・社会的課題)関連研究の振興と、市民との対話促進が重要だとされている。