マンスリーレビュー

2022年1月号特集2経済・社会・技術人材

物価をめぐる3つのシナリオ

2022.1.1

政策・経済センター田中 嵩大

経済・社会・技術

POINT

  • 変化が加速する世界経済、2022年は今後の物価を左右する分岐点に。
  • 需給ギャップ改善、賃金上昇、期待インフレ率上昇の好循環が実現するか。
  • コロナ危機後の新たな経済社会構築が、日本の「脱日本化」の契機に。

需要拡大と供給制約で2021年の物価は急上昇

2021年は、物価の伸びが鈍化した2020年から一転、欧米を中心に物価が急上昇した(図上)。

物価の急上昇は、需要拡大と供給制約が重なったことが背景にある。新型コロナウイルス感染症対策として実施した財政出動や大規模金融緩和の効果に加え、経済活動の再開が進んだ先進国で需要が急回復した。

一方、供給面では、海上物流の逼迫、新興国での感染拡大による生産減、人手不足などから供給能力が制約された。資源価格、物流コスト、人件費などの上昇が多面的に物価を押し上げた。
[図]日米欧における物価上昇率の推移と「脱日本化」の方向性
[図]日米欧における物価上昇率の推移と「脱日本化」の方向性

2022年の物価をめぐる3つのシナリオ

2022年の世界経済では、物価をめぐる環境の不確実性は高く、3つのシナリオが想定される。

シナリオ1では成長鈍化と高い物価上昇が並走する。新型コロナ変異株の流行などにより、生産・物流制約や人手不足が長期化すれば、高い物価上昇率が2022年を通じて継続し、需要を押し下げかねない。最も避けるべきシナリオであり、政府や中央銀行による対応が求められる。

シナリオ2とシナリオ3ではいずれも、供給制約の緩和や需要拡大ペースの鈍化から2022年後半にかけて物価上昇率が落ち着いていく。

違いは、コロナ危機前の先進国経済が悩んでいた低成長・低インフレに戻るのがシナリオ2、成長や賃金上昇を伴う持続的かつ適度なインフレ局面へ移行できるのがシナリオ3である。

先進国では、少子高齢化による労働力の伸び鈍化や期待成長率の低下による投資不足が潜在成長率を低下させ、生産性低下による賃金の伸び鈍化などが低インフレにつながった。この低成長・低インフレは「日本化(Japanification)」と呼ばれ、コロナ危機前の先進国共通の課題であった。

コロナ危機がその転機となり、「日本化」から脱却できる可能性がある。脱炭素やデジタル技術など成長分野の拡大や、労働市場の構造変化が起きているためだ(図下)。

持続的インフレに必要な要素

第3のシナリオである持続的な成長と物価上昇に移行するには、①需給ギャップ(潜在的な供給能力と実際の需要の差)の改善、②賃金上昇、③期待インフレ率上昇という3要素が重要だ。これらは相互に高め合い、持続的な好循環を形成する。

主要先進国の中で、この好循環実現に最も近いのが米国だ。旺盛な個人消費や成長分野への投資から、需給ギャップは早晩プラスへ転じるとみられる。また、米国ではコロナ危機前は低い失業率にもかかわらず賃金が上がりにくい状況が続いていたが、コロナ危機下で変化がみられる。成長分野での労働需要の増加、シニア層の労働市場からの退出など人手不足感が強まっているほか、好待遇を求める転職の増加により労働市場の流動性も高まっていることから賃金が上昇傾向にある。

加えて、景気が回復すると家計の期待インフレ率も上昇する傾向にあるため、企業も価格転嫁を比較的進めやすい状況が整っており、総じて持続的なインフレが実現しやすい環境にある。

日本は「脱日本化」できるのか

対して日本はどうか。日本は物価の粘着性が欧米に比べて高いとされる※1。1990年代以降、投資や消費不足により需要が供給を下回った状態が続き、デフレが長引いた結果、期待インフレ率が低位で固定された。消費者の期待が上がらないことから、企業が値上げに対し消極的になってしまっている。そのために賃金も上がらず、需要が抑制されるという悪循環に陥っている。日本の賃金は主要先進国の中で唯一30年前から横ばいだ。

ただし、脱炭素やデジタル技術による社会変革といった、世界的な潮流を捉えるには、設備や人的資本への積極投資が不可欠である。そして、これが日本の潜在成長率低下の一因であった投資不足の解消につながる。また、成長分野への人材移動促進や、デジタル化や人材投資の上乗せによって労働生産性の向上が実現すれば、賃金も上昇しやすくなる。結果として、経済が軌道に乗り、企業収益と賃金が上昇する持続的かつ適度な物価上昇となる可能性がある。

潤沢な内部留保、構造的な人手不足を抱えつつも慎重な姿勢を崩さなかった日本企業が、コロナ危機を契機とした世界的な潮流加速を受けて、前向きな投資に踏み切ることに期待がかかる。2022年は「失われた30年」の間にしみ付いた「縮み志向」から、「前向きな志向」へと転換し好循環を実現する好機である。

※1:Watanabe, K., and Watanabe, T. (2018). "Why Has Japan Failed to Escape from Deflation? " Asian Economic Policy Review, Vol. 13, Issue 1, pp. 23-41.