元プロサッカー選手 長谷川太郎氏 セカンドキャリアインタビュー(4)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.9.3

挫折したビジネスパーソン1年目

—— 会社員として初めて就職されたのはアパレル会社でしたが、その時のことを教えてください。

長谷川 会社は社長、経理、運営、そして自分の4名だけという小規模な会社でした。35歳での入社でしたが自分が最年少でした。各々の仕事量が膨大で、教育や研修を受ける機会が十二分にあるという状況でもありませんでした。外部講師のマナー研修やセミナーなどに参加したり、商談の横に座らせてもらい現場で見て学ぶというスタイルでした。また、社長からは納期やコストを考えて動くことなど、直接指導をいただきながら学びました。

—— 具体的な仕事の流れや内容はどんな感じでしたか?

長谷川 まず与えられた役割が、大手デパートに出荷する商品の箱詰め、伝票の貼り付け、電話応対でした。しかし、やり方もわからないので、他の方の実際の応対の様子を見聞きしながら学びました。ただ、先方の発言で受け答えも変わるため苦労しました。コピーの取り方、商品のたたみ方も十分できず、本当に何も貢献できませんでした。

—— 最も大変だったことは何だったでしょうか。

長谷川 何をどう考え、どうすることが正解なのかがわからなかったのが、最もつらかったです。自分で考えろとは言われ続けていましたが、「考え」のパターンなどのヒントが欲しいという気持ちが常にありました。「考え方」を共有でき、相談できる同期や教育係の社員がいれば変わっていたかもしれませんが、私を入れて4人という少人数の会社では、皆が多忙の中、なかなか話を聞くことができませんでした。

—— 会社組織で上司が部下によく言う言葉が「考えろ」ですが、まだ仕事を把握できていない、基準ももっていない新人には酷かもしれませんね。

長谷川 私自身はサッカー以外の経験がなく、質問の方法もわからない中、答えを知らない問題に立ち向かうには力が足りなさすぎたと思います。ただ、この経験が現在のサッカー指導に逆に役立っています。たとえ指導する側にイメージがあったとしても、初めて学ぶことを考えさせて身に付けさせるのには、まずは幾つかのパターンから選ばせるなどステップがあるとスムーズに進みます。わからない人は本当にわからない。例えば、サッカー選手がラグビーの試合に出場させられて、考えてプレーしろとか、考えてポジションを取れと言われてもわからない。そんなことを言われてしまうと、あたふたしてしまい逆効果です。ただ今にして振り返ってみると、こんな右も左もわかっていなかった自分を雇っていただいていたのに、申し訳ない気持ちもあります。同時に、厳しくしてもらったおかげでいろいろな発見もありました。今につながっていることもたくさんあります。感謝しています。

—— サッカーをやっていた時代と同様に、会社員1年目の挫折が、現在の指導方法につながっているのですね。

長谷川 当時はどうして良いのかわからない状況でした。ランチタイムでいろいろ話ができるのかなと思っていたのに、食べたらすぐ業務に戻らなければならない。話を聞きたくても聞けない環境でした。そこで、わからないことを紙に書き出して、どうすれば良いのかを考えました。何がわからず、どうすれば良いのか。わからない人がコミュニケーションを取りやすくする環境とは何なのか。わからない人を考えさせ動かせるためにはどういうマニュアルがないといけないのか。この時、わからない自分が身をもって痛感したことで、指導者になった今、相手に寄り添えるコーチに、ある程度なれたのではないかと実感しています。

—— 当時は、そのような悩みなどに、社外で相談に乗ってくれる人はいなかったのですか?

長谷川 いなかったですね。自分は何もできなかったので、正直言って何を相談して良いのかもわかりませんでした。話すと愚痴になってしまうだけで、言ってもしょうがないというためらいもありました。自分で何とかしないといけないという気持ちが強かったので、妻にすら伝えることができなかったのです。

—— 先ほど「プライド」が邪魔をするというお話をされていましたが、具体的にどんなことがあったのですか。

長谷川 プライドを捨てて会社員になったと思っていたのですが、社長からはプライドを捨てろと言われました。当時の自分を分析すると、自分の思いが言葉や態度の端々からにじみ出ていたため、周囲からはそう見えたのかもしれません。腹落ちして会社員(仕事に対して)をやっていないのでは、とみられていたのかなと感じます。仕事ができない、わからないという状況で自分自身から湧き上がってくるのは、不安しかありませんでした。そして、自分に対する不甲斐なさも感じました。自己嫌悪になり、自分は何をやっているのだろうと、自信がなくなっていきました。幼い時から人の役に立ちたいという気持ちが強く、サッカーではそれを実現できていた分、ショックも大きかったのです。サッカー選手の時は、何か一発起こせば良いも悪いも変えることができましたが、会社員の仕事はそうではないので、地道に積み重ねなければならない。サッカーと比較して仕事を通じた自己肯定感も下がり、自分に余裕もなく、社長の思いを考えて行動もできていなかったと思います。自分に対してワクワクできず、人をワクワクさせることもできませんでした。人に対して何の役にも立てない自分は何なのだと。会社に行く時と帰る時の満員電車で自己否定ばかりしていたのを思い出します。
写真
写真:長谷川氏提供
ナレッジ・コラムに関するお問い合わせや、取材のお申し込み、
寄稿や講演の依頼などその他のお問い合わせにつきましても
フォームよりお問い合わせいただけます。