元プロサッカー選手 長谷川太郎氏 セカンドキャリアインタビュー(5)

引退アスリートのキャリア成功の鍵

2020.9.3

会社員から起業へ

—— その後、アパレル会社でのお仕事はどうされたのですか。

長谷川 社長からも「サッカーが好きなのだろう? この仕事を続けるか、もう一度自分で考えてみたら」と言われました。社長の優しさからの声がけでしたが、自分もこの会社では役に立てないと思っていたタイミングでした。
この先どうしようかと思っていた時、アジアカップの対UAE戦で、日本代表が負けた試合をテレビで見ました。この時に「決定力不足」という言葉を聞いて、日本代表がずっと言われ続けている課題だと感じました。
その時です。浦安時代に後輩を指導した時、「人の役に立てている」という実感があったことを思い出しました。そして、「未来のエースストライカーを育成する環境をつくろう」というビジョンがアイデアとして浮かびました。今の子どもたちが選手として旬になる年はいつ頃なのかと数えてみると、2030年、ちょうどW杯の年でした。自分の最後の背番号は30番、2030年に自分は50歳。ひもづけて考えていたら運命を感じてしまって、この気持ちを社長に伝えました。

—— 社長からは何と言われたのですか?

長谷川 「その思いを100個書いて持ってこい」と言われました。その書いてきたことに対して解決策のヒントもいただき、後押ししてくれました。その後、入社5カ月で退職し、2030年のW杯で日本人から得点王を輩出することを目標に、ストライカー育成に特化したサッカースクール「一般社団法人TRE(トレ)」を、2015年3月に起ち上げました。

—— 日本ではストライカーに特化したサッカースクールはそれまでなかったのではないでしょうか。

長谷川 試合では得点、人生では夢、そのようなイメージを大事にしてもらいたい。その中で大切なのは「蹴る」ことに「慣れる」という「蹴慣(しゅうかん)」をつくること。試合を最終的に決定するゴールに向かってシュートを蹴ることを子どもの時から蹴慣付けたい。また、夢に向かって歩むには、毎日自分との小さな約束をもって物事を着実に努力していくことが大事。多くのサッカースクールがある中で、今日は点を取るための「ストライカー教室」に行くというようにしたい。子どもたちのためになることをいろいろなスクールと手を取って何かしたいと思いから起ち上げました。

—— 名称の「TRE」にも意味があるのですか。

長谷川 TRE(トレ)はイタリア語で「3」という意味。決断力・覚悟・責任感という3つの成長から自立を促したい。また早起きは三文の徳にもかけています。早起きの習慣も兼ねて、学校の授業前の時間帯に学校の施設を活用した「朝TRE」もやっています。

—— 「朝TRE」は面白い取り組みですね。もう少し詳しく教えてもらえますか?

長谷川 他のサッカースクールは、学校の授業が終わった後の夕方以降に開催しているケースがほとんどですが、コーチには会社勤めをしている人も多くいます。会社勤めをしていると、学校の授業が終わる時間までに仕事を終えるのは結構ハードルが高い。彼らが出勤前の朝の時間帯を活用することでサッカーコーチとして活動の幅も広がります。コーチに自己肯定感をもち続けさせるという意図もあります。自分の経験を伝えられる場、貢献できる場を、朝という時間帯に設けることで、会社員でもコーチをやりやすくなり、引退した選手のセカンドキャリアに貢献できます。また、場所の問題も、朝の校庭であれば確保しやすくなります。

—— 朝の早い時間という設定がさまざまなことの理にかなっていますね。

長谷川 こうした活動が認められ、2017年よりブリオベッカ浦安、2020年より慶應義塾大学体育会ソッカー部の得点力アップに向けて、ストライカーコーチを拝命しました。

—— TREの現在の活動状況を教えてください。

長谷川 今はストライカーアカデミーとして、品川校・流山校・昭和の森フォレスト校・伊東校・妙典校(ブリオベッカ浦安との提携校)の5校運営しています。他に大会を主催したり、全国で単発スクールを展開したり、キッズキャンプも運営しています。ストライカーに特化した大会を定期開催できるように動いています。日本にはストライカーコーチがいないので、その資格制度も構築中です。ゴールを決めることも大切ですが、子どもたちが夢をもつためにどういう考え方や指導法が必要なのかを伝え、寄り添えるコーチを輩出する準備をしています。そしてW杯で得点王になれる人材育成につなげていきたいと思っています。

—— 自身のキャリアを進展させつつ、スクール指導も行い、引退選手のお手本として引っ張っていられますね。

長谷川 外部指導も含めると、年間延べ1万人ほどの子どもたちを指導しています。TREは1校あたり12人までと決め、一人ひとりと向き合うことを重視しています。そして、なでしこ選手やフットサル、ビーチサッカー経験者もコーチになってもらい、すべてのフットボーラーのセカンドキャリアとしての環境づくりにも取り組んでいます。

—— ストライカーに特化した大会というのはどういうことをするのですか?

長谷川 「キングオブストライカー」という大会で、ゴールの真ん中に跳ね返りネットを張り、サイドを狙ってシュートをしないとゴールができないようにし、3人対3人のチームで試合を行います。跳ね返りネットはセカンドボールの意識向上のためという意味もあります。攻撃の3人が連携をして、キーパーなしで守備をする3人を相手に点を奪い合います。このようなストライカーに特化した大会は世界初の試みです。2019年はU-12ストライカー選手権大会を開催しました。元ブラジル代表フランサ(フランソアウド・セナ・ジ・ソウザ)氏をゲストに招き、協賛も付け、テレビの収録や多くの取材陣に囲まれ、とても盛り上がりました。今後は大人の大会や世界のチームとも連携を図り、視察を受け入れることができる大会にしたいと思っています。

※:U-12キングオブストライカー2019の紹介記事。「u-12キングオブストライカー2019が開催!第1回優勝は埼玉の強豪チーム!」(ゴラッソ)
https://www.golaco.club/articles/5939

写真
写真:長谷川氏提供
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