シェール革命の化学産業へのインパクト

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2014.6.17

経営コンサルティング本部 事業戦略グループ辻早希子

1. はじめに

シェール革命の影響を最も受ける産業の一つとして、化学産業がある。すでに米国では、シェールガス開発の拡大と、それに伴う天然ガス価格の低下が基礎化学品の生産に変化を与えつつある。日本の化学産業も、各社が事業戦略の見直しを求められており、商社等が北米でのシェールガス開発に乗り出すなどの動きも出ている。

シェール革命が日本の化学産業にどのような影響を与えるかを検討した。

2. シェールガス生産の概況

シェールガス採掘は、地下2,000~3,000メートルにある頁岩(けつがん)を破壊して行う。以前よりその存在が知られていたが、コストがネックとなり採掘されてこなかった。ところが、2000年前後に米国で採掘技術が確立されると、瞬く間に商業生産が拡大した。

米国のエネルギー省・エネルギー情報局(EIA)が2014年に発表した米国のエネルギー予測1)によると、今後もシェールガス生産量は拡大を続け、2040年には2012年の約2倍になると予想している(図1)。これにより、天然ガス価格は2008年の8.86ドル/MMBTU※1から2012年には2.75ドル/MMBTUまで下がり、今後は徐々に上昇するとしているものの、2020年でも4~5ドル/MMBTU程度と、緩やかな変化にとどまるとみている。
図1 米国における天然ガス生産量の推移と予測
図1 米国における天然ガス生産量の推移と予測
出所:米国EIA Annual Energy Outlook 2014

3. シェールガス開発で拡大するビジネス

3.1 産業への波及

米国ではシェール革命により、エネルギー分野以外にも、さまざまな産業に影響が広がりつつある。 直接的な影響としては、開発で必要となる鋼管、ガス精製プラント、ガス貯留施設等のインフラ需要や採掘に必要なフラクチャリングケミカル※2の市場拡大があり、エンジニアリング会社や素材メーカーが恩恵を受けている。

将来的には化学産業への影響が大きい。米国の化学会社は天然ガスからエチレン、プロピレンを製造している。原料である天然ガス価格の低下は、関連化学品製造の大幅なコストダウンにつながる。国際競争力向上を期待して、安価な天然ガスを原料とする化学品生産へのシフトが大きく進む見込みだ。一方で、天然ガスから生産しにくい化学品は供給不足となるため、この分野は日本企業にとっては輸出の好機ととらえることもできる。

3.2 開発現場で活躍する日本の素材技術

シェールガス開発・採掘に使われる部品や化学品の市場も拡大している。日本の化学会社の中には、シェール革命による新たな需要を取り込み、ビジネスチャンスとしているところがある。

住友ベークライトのフェノール樹脂は、シェールガス開発に必要なコーテッドサンド※3や採掘に用いられるプラグに部品として採用されている。同社は米国のフェノール樹脂生産設備を増強し、拡大する市場を取り込む考えだ。

また、クレハのポリグリコール酸(PGA)の成形品は、生分解性や高強度といった特性を生かし、掘削時の機械部品として採用されている。ウエスト・バージニア州に現地子会社を設立し、2011年にPGAの生産能力4,000トン/年の工場を完成させているが、今後も北米に資源を投入していく考えを表明している。

大陽日酸は、シェールガス開発に用いられる窒素等の産業ガスの生産を米国で増やす。2013年にフロリダ州とノースダコタ州に、2014年にはアリゾナ州に工場を新設し、産業ガス需要の取り込みをねらう。なお、大陽日酸は三菱ケミカルホールディングスによる子会社化の方針が発表されており、同社と連携して事業機会を獲得する考えだ。

3.3 米国で相次ぐエチレン設備計画

シェールガスにはメタンの他、エタン、プロパン等が含まれている。エタン、プロパン等は化学製品の原料として利用され、エタンを分解するとエチレンが生産される。シェールガスの生産拡大による天然ガス価格の下落は、これら関連化学品の原料コスト削減につながるため、米国では化学会社による大規模エチレン生産設備の建設計画が相次いで発表されている(表1)。
表1 米国のエチレン生産設備投資計画
企業 場所(州) 生産能力
(万トン/年)
生産開始
(年)
ダウ・ケミカル(米) ルイジアナ 36 2012
テキサス 150 2018
シェブロン・フィリップス ケミカル(米) テキサス 150 2017
エクソン モービル(米) テキサス 150 2017
台湾プラスチック(台) テキサス 100 2017
ルイジアナ 120 FS調査中
ウエストレイク・ケミカル(米) ルイジアナ 10 2014
サソール (南ア) ルイジアナ 150 2020
ライオンデルバゼル(蘭) テキサス 90.6 2014~2017
オキシケム(米)+ メキシケム (メキシコ) テキサス 55 2017
シンテック(日) ルイジアナ 50 建設許可申請中
ロッテ(韓)+アクシオール(米) ルイジアナ 100 2018

出所:各種報道から三菱総合研究所作成

これらの計画を累計すると、シェール革命後、米国で新たに稼働するエチレンプラントの生産能力は1,000万トン/年を超え、日本国内のエチレン生産能力(2012年末時点で720万トン/年)2)を大きく上回る。今後、2017年から2020年ごろにかけてプラントの稼働開始が集中する予定だ(図2)。
図2 米国の新増設エチレンプラントの稼働時期
図2 米国の新増設エチレンプラントの稼働時期
出所:各種報道から三菱総合研究所作成
米国化学工業協会によると、シェール革命によって米国化学産業※4では1,035億ドル(10.4兆円)の生産増が実現し、間接的な影響も含めると2,914億ドル(29.1兆円)の経済効果が見込まれるという※5 3)

なお、日本の関連企業として唯一、信越化学工業の米子会社であるシンテックが、ルイジアナ州で年産50万トンのエチレンプラントの建設を検討している。

3.4 エチレン関連製品への影響

日本の化学産業では、今後、米国で安価なエチレンが生産されることを見込み、エチレンを原料とする関連製品の生産設備に投資する動きが出ている。

クラレはエチレンからポリビニルアルコールを製造する工場を、シェールガス開発の中心地である米国テキサス州に新設する。ポリビニルアルコールは同社の中核製品の一つであり、液晶パネル部材、紙加工剤等に使われる。新たな工場の生産能力は4万トン/年で、2014年の稼働を予定している。

シンテックはルイジアナ州の製造拠点で塩化ビニル樹脂の年産能力を30万トン増強する計画を発表した。既存の工場と合わせると増設後の生産能力は95万トン/年となる。シンテックは前述の通り、エチレン製造プラントの建設も検討しており、米国で原料からの塩ビ樹脂の一貫生産を視野に入れている。

3.5 他の化学品への影響と新たな技術開発

エチレン等の化学品の生産が拡大すると、天然ガスからは量産しにくいブタジエンやベンゼン・キシレン等の供給不足が広がると考えられる。日本の化学会社の中には、ここを商機とみてこれらの新たな製造方法の確立や増産体制の構築に動く企業も出ている。
 <ブタジエン>
昭和電工はアセトアルデヒドとエタノールからブタジエンを製造するプロセスを開発し、生産に乗り出すと発表した。アセトアルデヒドは溶剤向けに製造してきたが、中国製溶剤の大量流入で供給過剰が課題となっていた。大分県のコンビナートで、2016年からの商業生産を目指すとしている。
三菱ケミカルホールディングスは、国内のパイロットプラントでブテンからブタジエンを生産する技術の開発を進めてきた。現在、この技術を用いたブタジエン量産設備の国内設置や海外メーカーへの技術供与を検討している。
旭化成ケミカルズはエタンからエチレン、ブテンを経てブタジエンを生産する技術を有している。米国の安いエタンを用いれば採算が合うと見込んでおり、事業化を検討している。
 <ベンゼン・キシレン>
JX日鉱日石エネルギーは、米国へのベンゼンの本格的な輸出に乗り出す。ベンゼンの価格が上昇している米国への輸出は、日本からの海上輸送費を含めても採算が合うと判断した。また、北海道の製油所設備を増強してパラキシレン原料を増産する計画も発表している。
出光興産、昭和シェル石油と昭和四日市石油、東燃ゼネラルも国内でのキシレン系製品の増産を検討中である。

4. まとめ

以上、米国シェール革命の化学産業への影響を述べた。直接的には掘削、精製・貯蔵・輸送のためのインフラという新たな市場を生み、関連企業は積極的に事業展開を行っている。さらに、シェール開発で安価となった天然ガスを武器に米国の化学産業は競争力を高めつつあり、エチレン生産のための大規模な投資が進められている。こうした動きを受けて、日本の化学会社の間では、エチレンや関連製品の製造拠点を米国に設置したり、天然ガスから生産しにくい化学品の製造にシフトしたりする動きが出ている。今後もこうした傾向は広がっていくと考えられる。
表2 日本の化学産業へのシェール革命の影響
変化 ■ 米国でシェールガスの生産が拡大し、新たなインフラ需要が生まれている。
■ 米国で天然ガスからの化学品製造が拡大し、安価なエチレンが生産されるようになる。
機会 ■ シェールガス開発に用いられる素材の市場が拡大している。
■ 製造拠点を米国に建設すれば、安い原料の恩恵を受けることができる。
■ 天然ガスから生産できないブタジエン、ベンゼン・キシレン等が供給不足となるため、日本からの輸出機会が拡大している。また、新たな製造技術による参入機会が生まれている。
脅威 ■ 日本国内で生産されるナフサ由来のエチレンやその誘導品の競争力が低下する。

出所:三菱総合研究所

表2に日本の化学産業へのシェール革命の影響をまとめた。シェール革命によって、米国で安価なエチレンの生産が始まることは日本の化学産業にとって大きな脅威である。しかし、技術の強みを生かせるビジネスチャンスととらえ、新規事業の展開や海外拠点の新設を決める企業も少なくない。今後も、日本企業の活躍に期待したい。

5. 参考文献

1)U.S. Energy Information Administration(EIA),“Annual Energy Outlook 2014”(2014年)

2)石油化学工業協会,“主要製品のメーカー別生産能力 エチレン”(2012年)

3)American Chemistry Council,“Shale Gas, Competitiveness and New U.S. Investment: A Case Study of Eight Manufacturing Industries”(2012年)

※1:熱量の単位。1BTUは1ポンドの水の温度を1度上昇させるのに必要な熱量を表し、MMBTUは百万BTUである。

※2:シェール開発では、高圧の水を坑内に注入して地層に割れ目を作る。圧入される水には、酸、摩擦低減剤、乳化剤、ゲル化剤などの薬剤が添加され、これらの薬剤をフラクチャリングケミカルという。

※3:樹脂で被覆された砂。

※4:原資料では、“Chemicals(excluding pharmaceuticals)”と“Plastic & Rubber Products”を別の産業として扱っているが、ここでは両者をあわせ広義の化学産業としている。

※5:2015~2020年の期間中の天然ガス価格が2000~2008年の平均価格より15~23%低下するとの仮定に基づき試算されている。