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北陸新幹線開業を地域振興に活かす(1)

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2015.3.9

政策・経済研究センター平石和昭

経済・社会・技術
 2015年3月14日、北陸新幹線の長野~金沢間が開業する。高崎~長野間開業から18年、整備計画決定(1973年)からは実に42年、北陸地域にとって待ちに待った瞬間がやってくる。金沢~東京間は現行の3時間50分から最速で2時間28分に、富山~東京間は現行の3時間26分が最速で2時間8分に短縮、越後湯沢での乗り換えも解消する。地元では、地域振興への期待が膨らむ。たしかに新幹線は地域振興に有効なインフラとなるが、それだけでは地域振興は進まない。沿線地域が一体となった受け皿整備、すなわち新幹線をうまく活用するための適切な方策が実施されて、初めて地域振興は実現する。
 本稿では、既設新幹線での具体的な事例を紹介しつつ、新幹線の効果を引き出すための着眼点や地域振興に活かすための工夫を2回に分けて述べる。

■新幹線沿線に見られる創意工夫 -上越新幹線の開業と佐渡の観光振興-

 まず、新幹線沿線に見られる創意工夫の事例として、上越新幹線の開業と佐渡の観光振興の関係を紹介しよう。これは、新幹線をうまく活用するための適切な方策が実施されて、初めて地域振興が実現したことを示す典型的な事例でもある。

 佐渡は、上越新幹線のターミナルがある新潟市の沖合に浮かぶ人口6万3千人、面積855km2の島である。主たる産業は農業、水産業で、おけさ柿やブリが代表的な産物である。観光も、佐渡島の主要な産業の一つである。自然資源や佐渡金山などの史跡も多く、見所は多い。また、四面を海に囲まれ、高い山と豊穣な平野をもつ佐渡は、新鮮な魚介と山菜がとれる味覚の宝庫である。しかしながら、雪に閉ざされる冬は訪れる人も少なく、冬場を活性化し、上越新幹線の開業を契機に通年型観光に移行することが佐渡の悲願であった。
 上越新幹線が開業した1982年前後における佐渡の観光入込み客の推移を下図に示す。
図 佐渡観光入込み客の推移
図 佐渡観光入込み客の推移
出所:佐渡観光協会資料「佐渡入門」及び佐渡市ホームページより三菱総合研究所作成
 この図では以下の3点に着目していただきたい。
 第一は、新幹線開業後の数年間である。1982年に大宮~新潟間、1985年に上野~大宮間が開業し、首都圏との交通条件は大幅に改善したが、佐渡への観光客は大きく変化していない。新幹線が開業したというだけでは観光客は増加しない、すなわち新幹線は観光振興にとって十分条件とはなっていない。

 第二は、1989年以降の数年間である。新幹線が開業しただけでは観光客が増加しないことを踏まえ、地元の佐渡旅館組合と首都圏から新潟までの足を担当するJR東日本、新潟駅から新潟港までの足を担当する新潟交通、新潟港から佐渡までの足を担当する佐渡汽船の四者が連携し、「佐渡冬紀行 1泊2日24,800円」という良質で廉価な観光商品を開発した。JR東日本では冬場の越後湯沢~新潟間の輸送効率向上が課題であったなど、いずれの関係主体も冬場の観光客数増加が悲願であり、商品開発にも力が入っていた。この商品の開発により、1989年12月~1990年3月における佐渡の観光客は、前年比で20%以上増加した。1991年の観光客は120万人を突破したが、「冬紀行が夏場にリピーターを呼び込んだ」と佐渡観光協会では分析している。
 この商品開発成功の最大の要因は、上越新幹線の開業による時間短縮により、首都圏を対象とした1泊2日の商品開発を行えるようになったことである。社団法人日本観光協会によると、国内宿泊観光旅行の約5割は1泊2日である。新幹線の開業により交通条件が変化した場合、まず着目すべきは、首都圏をはじめとする大市場からの1泊2日圏の拡大状況だ。上越新幹線の開業により、佐渡は首都圏からの1泊2日圏内に入ってきた。すなわち、新幹線は佐渡の観光振興にとっての条件を整えた。それに加えて、地元関係者が一体となって優れた観光商品を開発し、初めて観光振興(地域振興)が実現した。

 第三は、観光客が1991年度をピークに年々漸減傾向にあり、直近ではほぼ商品開発前の水準に戻っていることである。確かに佐渡冬紀行は成功したが、その後は山形新幹線、秋田新幹線、長野新幹線等新たな路線が開業し、競争相手も増えてきた。冬紀行も「佐渡」の他に「信州」「会津」「山形・庄内」などが新たに企画・販売されている。成功を収めるには大変な努力が必要であるが、成功を収めても安穏とはしていられない。一度成功を収め、一段高いレベルに到達した後も、その水準を維持し、さらに発展させていくためには、リピーターを確保するなど、より一層の創意工夫を継続的に実施していくことが必要だ。

 この事例で示すように、新幹線が整備されるだけでは地域は発展しない。沿線地域では、新幹線を活かした受け皿整備を行い、新幹線の効果を最大限かつ継続的に引き出す努力が求められる。