エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビュー経済・社会・技術

国内経済活性化をもたらす対外直接投資

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2015.5.12

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術
 低迷する日本への対内直接投資(MRIマンスリーレビュー 2014年12月号「投資先としての日本の魅力度向上に向けて」参照)に対し、日本の対外直接投資額は高い値で推移してきた。2013年の日本の対外直接投資額(フロー)は、日本企業の海外事業への高い意欲を反映し、5年ぶりに過去最高値を更新した。5月末に公表予定の2014年確定値では、円安の影響などもあり、やや減少する見込みであるが、中期的な傾向として対外直接投資は強含みで推移する公算が高い。
 国際協力銀行(JBIC)が2014年11月に公表した「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 —2014年度 海外直接投資アンケート結果—」※1によれば、海外生産比率は拡大基調で推移する見通しであり、今後3年程度を見越した海外事業の強化・拡大姿勢も「強化・拡大する」との回答が8割を超えている。
 地域別にみると、2013年はソフトバンクによるスプリント・ネクステルの買収などの大型M&Aや、自動車・部品各社の米国内現地生産の強化などもあり、米国向け投資額は対外直接投資の約3分の1にも上っている。アジアでは三菱東京UFJ銀行によるアユタヤ銀行の買収のほか、マツダ、ホンダなどの自動車工場の新設もあり、タイ向け投資が中国を上回った。ASEAN向け投資もシンガポールを中心に急増している。
 今までアジアにおける日本の対外直接投資の主役であった中国投資は、生産コストの上昇や政治リスクを背景に減速している(前年比30%強の減)。前出のJBICの調査でも、中国は中期的に有望な事業展開先として2012年まで1位を保持していたが、2013年は4位、2014年は3位(1位インド、2位インドネシア、4位タイ、5位ベトナム)となっている。「インド」と「インドネシア」が有望先として上位を占めた理由は「現地マーケットの今後の成長性」であり、8割を超える企業が、そう指摘している※2。一方、両国を有望な投資先とみなす理由として「安価な労働力」を指摘する企業は3割程度にとどまった。
 対外直接投資の増加は、産業空洞化※3への懸念も引き起こす。しかし、JBICの調査にみるように、対外直接投資は生産コスト削減を目的として行われる海外事業活動(垂直的直接投資)から、貿易コスト削減(生産拠点を市場に近づけ輸送費用節減)や現地需要の取り込みを目的とする海外事業活動(水平的直接投資)に移行しつつある。
 特に水平的直接投資の進展は、海外市場における競合他社との競争を通じ、新たな技術や知識をもたらす。それらを有効活用し、ビジネスの創造につなげるためには、ホワイトカラー人材の充実が不可欠である。
 日本の海外進出企業を対象とした研究では、水平的直接投資を行った企業は、海外市場から獲得した知識や技術を有効活用する観点から、ホワイトカラー人材を増やしてきたことが指摘されている※4。加えて、その変化が生産性の向上をもたらしうる、とした研究もある※5。非製造業でも、海外雇用比率の高い企業ほど国内雇用の伸びは高い※6。水平的直接投資では、海外進出に伴う国内事業縮小が不要なことに加え、海外拠点を束ねる本社の機能強化は不可欠なためだ。
 これら既存の研究結果では、企業の対外直接投資の増加は、空洞化をもたらすというより、海外進出を通じて雇用の増加や生産性の向上に結び付いている。企業は自らの強みを構築するに際し、中長期的な観点から対外直接投資を有効に活用する観点が求められる。 
図表 企業の海外進出の概念整理と影響
  垂直的直接投資 水平的直接投資
概念
  • 主に先進国企業が途上国に進出
  • 日本では資本集約的財を生産。新興国では組み立てなど、労働集約的生産工程を行う
  • 電気機械産業などで事例多い
  • 主に先進国企業が先進国に進出
  • 生産拠点を市場に近づけ、輸送費を削減
  • 市場から需要、知識、技術などの取り込み
  • 自動車産業などで事例多い
主たる影響
  • 国際分業による生産増、生産性向上
  • 工程間分業発生に伴う部品企業などへの輸出誘発
  • 雇用構成の変化(非熟練→熟練、高技能など、労働の質向上が不可避)
  • 海外新技術、知識の獲得に伴う生産性向上
  • 新技術、知識を活用するためのホワイトカラー人材(研究開発、生産技術、品質管理など)の必要性高まる

出所:三菱総合研究所

※1:調査対象は製造業で原則として海外現地法人を3社以上(うち、生産拠点1社以上を含む)有する企業。回答企業数は617社。

※2:両国への投資の懸念材料として、「インフラの未整備」「不透明な法制度」などが指摘されている。

※3:中村・渋谷(1994)(中村吉明・渋谷稔『空洞化現象とは何か』通商産業省通商政策研究所研究シリーズ Vol. 23.)によると、産業空洞化は「一国の生産拠点が海外へ移転する海外直接投資により、国内の雇用が減少したり、国内産業の技術水準が停滞し、さらに低下したりする現象」と定義される。

※4:MRIマンスリーレビュー 2005年4月号「海外展開は国内雇用を減らすか」参照。(独)労働政策研究・研修機構「企業の海外事業展開の雇用・人材面への影響に関する調査」(2013)に基づく。

※5:例えば、最近の研究であるHayakawa, K., T. Matsuura, K. Motohashi, and A. Obashi (2013), Two-dimensional analysis of outward FDI on performance at home: Evidence from Japanese manufacturing firms, Japan and the World Economy, 27, 25-333。また、同研究は、垂直的直接投資の増加は雇用量には大きな影響を与えていないが、雇用の質の変化をもたらしているとした。なお、高い生産性を持つ企業のみが対外直接投資を行っているのではないことは、Head, K. and J. Ries (2003) , Heterogeneity and the FDI versus export decision of Japanese Manufacturers, Journal of the Japanese and International Economies, 17: 448-467.が確認している。

※6:桜健一、近藤崇史 (2013), 非製造業の海外進出と国内の雇用創出、日本銀行ワーキングペーパー、No. 13-J-8.