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4車線道路を追い出したまち、リバモア市

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2015.8.26

政策・経済研究センター白戸智

経済・社会・技術
 米国といえば車社会。例えば西海岸のロサンゼルスはどこまでも低密度な市街地が広がる、車による生活を前提としたまちづくりが進められてきた。そんな西海岸のサンフランシスコ・ベイエリアで、最近になってメーンストリートの4車線道路を2車線に変えたまちがある。ベイエリア東端、アラメダ郡のリバモア市である。去る2月に訪問する機会のあった、リバモア市のまちづくりを紹介する。

■50~60年代に進んだダウンタウンの衰退

 リバモア市は人口8.5万人、サンフランシスコから車で約一時間の近郊にある。地域の初期の産業は畜産であり、その後ゴールドラッシュ到来とともに、鉄道終着駅のリバモア市には、世界中から人が集まり、鉄道から馬車に乗り換えて採掘地に向かっていった。
 その後は、ワイン産業、農業、牧場が三大産業となった。禁酒法時代にも二つのワイナリー(ウェンテ社、コンキャノン社)が教会向けのワインを生産し、カリフォルニア・シャルドネの80%が同地域の原木の子孫である。フランスで深刻な病虫害が発生したときもここからの木で再生したという。
 国家核安全保障局などの研究所も立地している。非常に多様な人が住む地域であり、ダウンタウンも、“カウボーイ、ワインガール、科学者など多様な人が集まり共有する場所”(後述のリバモア・ダウンタウン会社、Rachael Snedecor事務局長)であったとのことである。
 しかしながら、50~60年代に郊外にショッピングセンターができ、ダウンタウンの荒廃が始まった。住宅もダウンタウン近辺から郊外に拡散し、ダウンタウンは空き店舗や空き倉庫、空き住宅が並ぶ街並みとなった。そのメーンストリートが、今、再生を果たし、にぎわいを取り戻している。

■ダウンタウン再生に向けた二つの転機

 ダウンタウンの再生には二つの転機があった。
 一つ目は、1983年に開始された、カリフォルニア州のメーンストリートプログラム※1への一期生としての参加である。当時の米国は、どの都市でも富裕白人層の郊外への脱出と、ダウンタウンの荒廃が進んでいた。その中で、中心市街地の復権を目指したのが、メーンストリートプログラムである。リバモア市も、道路の再舗装や植栽など、幾つかの小規模なプロジェクトを実施した。
 その時の地域にとっての成果の一つが、今回ヒアリング先として訪れた、リバモア・ダウンタウン会社(Livermore Downtown Inc.、以下「ダウンタウン会社」)の設立である。ダウンタウン会社はいわゆるNPO組織。その収入源は、店舗などメンバーからの会費とイベント収入で、5%は市からの交付金である。これらの資金を元手に、地域のイベント、プロモーションを担当し、市と地域の人々を結ぶリエゾンの役割を果たしている。景観改善のためのプロジェクトでは、道路からの距離に応じて負担金をお願いするなど、地域の調整者としての役割も果たした。
 さらに大きな転機が10年前の“ダウンタウン・スペシフィック・プラン(Downtown Specific Plan)”※2策定である。行政が地域の人々を集めてダウンタウンの将来ビジョンについて話し合い、 その中で今後のダウンタウン開発の方針がまとめられた。
 これを受けて、大規模なプロジェクトが始動した。その一つがダウンタウンのメーンストリートである1stストリートの再整備である。2005年に1,250万ドルをかけて4車線の道路の2車線化に着手し、路肩に斜めに頭から突っ込む停車しやすい駐車スペースを確保した。道路に面して、店舗がオープンのダイニングスペースなども設けられるようにした。駐車スペースの一部は駐車需要の少ない時期には植栽を置いてまちの景観を高めるなど、柔軟な運用が行われている。実はこの2車線化のアイデアは30年前からあった。しかしながら、この道路が州道であるため、州の了解を得るまでに20年の月日が過ぎ去ったそうである。
 こうした行政投資が、個別の不動産オーナーの投資に結びついた。古い倉庫や車の修理工場などが、次々に小売やダイニングに改装された。メーンストリートプログラム取り組み初期の1986年に比べ、ダウンタウンではこれまでに194事業者が増加し、974人の新たな雇用が生まれ、82棟のビルが再生、12棟が新築された。この間の行政投資は5,500万ドル、それに対し民間投資は約2倍の1億1,200万ドルとなっている。2009年には、全米メーンストリートセンターが主催する全米メーンストリート・アワードも受賞した。

■キーワードは複合利用と歩けるまちづくり

 “ダウンタウン・スペシフィック・プラン”が目指したのは、住民が気持ちよく暮らせ、新しい仕事も提供されるまちづくりである。そのためのキーワードが、複合利用(mixed use)と歩けるまちづくり(walkable town)である。この二つのキーワードは、くしくも、持続可能なまちづくりで近年有名となっているオレゴン州のポートランド市とも共通している。
 例えばダウンタウンの目抜き通りのゾーンでは、歩けるまちを実現するため、新しい建物は少なくとも二階建て以上にしなければならず、一階は店舗利用、二階は店舗、住宅、オフィスのいずれかにしなければならないと決められている。そのおかげで新しい店舗が増え、地域の人々にとって暮らしやすいだけでなく、郊外でありながら、都会的なダイニング、エンターテインメントが提供される場所となり、都市からの訪問客も増えている。
 まちの魅力が上がることにより、地域の起業家も増えている。パイオニアとして夢を実現したいと、地域からも、隣接市からも人が集まってきている。もちろん、こうした人たちへのビジネス・サポートにも行政は前向きである。

■行政・民間の役割分担による中核施設整備

 再開発の多くの部分が、既存の建物のリノベーションであるが、中心集客施設の整備には、都市再開発プログラムも利用されている。市のもつ種地を中心に、市自身がまとまりのある土地を買い集めてデベロッパーに販売した。そこに民間が映画館やパフォーマンスアートのためのシアターを整備した。さらに余った土地でホテルも計画している。映画館は最新の設備で、太陽光発電を利用したデジタル仕様である。
 資金調達にはTIFスキーム※3が活用されている。再開発による地域の将来的な税収増を元手に行政が資金を調達し開発を行う方式であり、米国では一般的に実施されている。同市周辺は近年ベッドタウンとして人口が増加しており、投資回収のめどが立ちやすいことも再開発の後押しとなった。

■わが国への示唆

 リバモアのダウンタウン再生は、表面上は行政主導のように見え、しかも人口が増加中の成長時代の再開発でわが国にはあまり参考にならないように思える。しかしながら、関係者からの話を聞くと、再生を図ろうと最初に声を上げたのは市民であり、市民が取り組みをフォローしてくれる市長を選んだそうである。行政も、経済成長だけではなく、住民の生活の質向上を中心に考えている。住みよい地域づくりが人を呼び、結局は仕事を呼びこむという姿勢で一貫している。行政と市民とのかかわりを考える上で、わが国への示唆に富んでいる事例のように思われる。
 今回の訪問では、ダウンタウン会社のメンバーも、街の店舗の従業員や住民も、街並みや地場のワインや畜産などの歴史を理解し、地域に誇りと愛着をもっていたのが印象的だった。
 弊社では、地方創生の要として、地域のもつ歴史的な文脈を理解・活用し、新しい産業をつくりあげる「風土共創業」を提案している。新しい流れを地域の人々が主体となった創意で作り出す、そんな動きをわが国でも大切にしていきたい。
写真車
2車線化されたメーンストリート。植栽やモニュメントなども豊富に配置される。飲食店の多くは、道沿いにオープン・ダイニングスペースを有する。撮影:三菱総合研究所
写真リバモア駅
ダウンタウン会社はかつてのリバモア駅舎に入居する。サンフランシスコの通勤鉄道BARTが計画中の延伸が実現すれば、リバモアは再び鉄道終着駅となる。撮影:三菱総合研究所

※1:全米歴史保全トラストの後押しで、各州で80年代に導入された、中心市街地の歴史的建築物保全と地域再生を図るプログラム。

※2:カリフォルニア州で策定される、一種の都市計画。中心市街地の概略的な開発コンセプトをまとめたゼネラル・プランの一つ下の階層として策定される。

※3:Tax Increment Financing(TIF)は、民ベースでは再生が見込めない荒廃地域を再開発する際に、行政が地域の将来の税収増を担保に起債をし、これを再開発事業資金に充てる方式。米国では各州の州法(TIF法)に基づいて行われる。