ダウンタウンの再生には二つの転機があった。
一つ目は、1983年に開始された、カリフォルニア州のメーンストリートプログラム※1への一期生としての参加である。当時の米国は、どの都市でも富裕白人層の郊外への脱出と、ダウンタウンの荒廃が進んでいた。その中で、中心市街地の復権を目指したのが、メーンストリートプログラムである。リバモア市も、道路の再舗装や植栽など、幾つかの小規模なプロジェクトを実施した。
その時の地域にとっての成果の一つが、今回ヒアリング先として訪れた、リバモア・ダウンタウン会社(Livermore Downtown Inc.、以下「ダウンタウン会社」)の設立である。ダウンタウン会社はいわゆるNPO組織。その収入源は、店舗などメンバーからの会費とイベント収入で、5%は市からの交付金である。これらの資金を元手に、地域のイベント、プロモーションを担当し、市と地域の人々を結ぶリエゾンの役割を果たしている。景観改善のためのプロジェクトでは、道路からの距離に応じて負担金をお願いするなど、地域の調整者としての役割も果たした。
さらに大きな転機が10年前の“ダウンタウン・スペシフィック・プラン(Downtown Specific Plan)”※2策定である。行政が地域の人々を集めてダウンタウンの将来ビジョンについて話し合い、 その中で今後のダウンタウン開発の方針がまとめられた。
これを受けて、大規模なプロジェクトが始動した。その一つがダウンタウンのメーンストリートである1stストリートの再整備である。2005年に1,250万ドルをかけて4車線の道路の2車線化に着手し、路肩に斜めに頭から突っ込む停車しやすい駐車スペースを確保した。道路に面して、店舗がオープンのダイニングスペースなども設けられるようにした。駐車スペースの一部は駐車需要の少ない時期には植栽を置いてまちの景観を高めるなど、柔軟な運用が行われている。実はこの2車線化のアイデアは30年前からあった。しかしながら、この道路が州道であるため、州の了解を得るまでに20年の月日が過ぎ去ったそうである。
こうした行政投資が、個別の不動産オーナーの投資に結びついた。古い倉庫や車の修理工場などが、次々に小売やダイニングに改装された。メーンストリートプログラム取り組み初期の1986年に比べ、ダウンタウンではこれまでに194事業者が増加し、974人の新たな雇用が生まれ、82棟のビルが再生、12棟が新築された。この間の行政投資は5,500万ドル、それに対し民間投資は約2倍の1億1,200万ドルとなっている。2009年には、全米メーンストリートセンターが主催する全米メーンストリート・アワードも受賞した。