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人工知能・ロボットは雇用を奪うのか

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2015.8.28

政策・経済研究センター川崎祐史

経済・社会・技術

■人工知能(AI)・ロボットは雇用を奪うのか

 オックスフォード大学のカール・フレイとマイケル・オズボーン博士は、「今後20年以内に米国雇用市場で47%の雇用がコンピュータやロボットに代替される確率が高い」と予測している。米国の経済学者のタイラー・コーエンも著書『大格差 -機械の知能は仕事と所得をどう変えるか-』の中で、人工知能・機械化により所得格差の拡大は避けられないと説いている。
 19世紀の産業革命、90年代のIT革命は、一部の雇用を奪ったが、それを超える新たな雇用を創出する社会変革となった。果たして、人工知能・ロボット技術は十分な雇用を生み出すのだろうか?
 すでに人工知能・ロボットが人間の作業を代替しはじめている。例えばアマゾンでは、全米10カ所の倉庫に自律搬送ロボット1万5千台を導入している。画像認識技術を使ったパン屋向け自動レジ機器や、不正の証拠を見つけるために、訴訟の電子情報開示請求により入手した膨大な文書ファイルから人工知能を使って証拠を自動検出するサービスも登場している。将来的には銀行の融資与信審査業務や図書館の司書業務なども人工知能が代替するようになるかもしれない。これらの状況を考えれば、オズボーン博士らの予想する暗たんたる未来予測が現実味を帯びてくる。

■仕事の付加価値を高める人工知能・ロボットの可能性

 しかし、一方で人工知能・ロボットは次のような分野でも使われはじめている。和倉温泉の老舗旅館では、バックヤードで配膳ロボットを導入することで、仲居さんの接客時間を増やして「おもてなし」の充実を図っている。米国のサンタクルーズ市警では、人工知能が予測した犯罪発生確率の高い地域を重点的にパトロールすることで犯罪発生数を減少させている。このように人工知能・ロボットが連携して仕事の付加価値を高めるケースもある。
 人工知能・ロボットの活用により新たな付加価値を生むビジネス分野が多く開拓されれば、明るい未来が開ける。
 価格競争に陥らない未開のブルーオーシャン市場を探すための鍵は、「パーソナル対応」と「社会資本の稼働率向上」であり、人工知能・ロボット技術は、この二つの最適化にとって有効である。
 例えば、当社が実施した生活者市場予測調査による消費者の汎用品に対するカスタムメード品の購買価格意向調査からは、カスタムメード品により10兆円の新たな付加価値の潜在市場があることがわかった。生活水準が向上し、マズローの5段階欲求説で人類に残された高次欲求領域は「承認欲求」と「自己実現欲求」である。人工知能・ロボットと人間のチームプレーにより、個々の消費者の「承認欲求」「自己実現欲求」に従来とは別次元で応えるビジネスが可能となるかもしれない。例えば、個人の好みに近いアパレル商品を表示するスマートフォンの商品リコメンドアプリ(人工知能を活用)で、消費者が欲しい服のイメージを持って来店し、カスタムメードの服を職人が仕立てるようなサービスが実現するかもしれない。
 もう一つは社会資本の使われていない部分を有効活用する「社会資本の稼働率向上」である。現代社会の既存の資本財にはまだ使われていない余白がある。例えば、まちなかの駐車場の利用料金を、周辺地域の混雑具合に応じて動的に変動するサービスを導入すれば稼働率・収益率をアップすることが可能だが、人工知能を使えばこのようなビジネスモデルが実現するかもしれない。 

■ビジネスモデル・イノベーション発想

 もう一つのポイントは、ビジネスモデル・イノベーションの発想で人工知能・ロボットの活用アイデアを考えることだ。例えば、産業用ロボットを導入して工場の自動化を検討する際には、現在の作業プロセスを前提として人間をロボットに置き換える発想ではうまくいかないそうだ。なぜなら現在の作業プロセスは、人間の作業速度、作業ミスの確率などを前提に最適化されたものだから、それを部分的に設計変更しても全体性能は改善しない。
 サービス産業の分野も同様である。人間の部分的な作業を代替する発想で人工知能・ロボットの導入を考えるだけでは難しい。セントラルキッチン方式を導入して新しい食文化を実現した外食産業のように、サプライチェーン、バリューチェーンを変えることまで含めたビジネスモデル・イノベーションの発想が必要だ。サプライチェーンをこう設計すれば、空間をこう設計すれば、消費者がこういう行為を楽しんでくれるように誘導できれば、といった具合にビジネス全体を再設計する発想で人工知能・ロボットの活用を考える必要があるだろう。

■おわりに

 一部の職業では、人工知能・ロボットへの労働代替はおそらく避けることができない。しかし、パーソナル対応、社会資本の稼働率向上という最適化のニーズに人工知能・ロボットを活用できれば、人間と人工知能・ロボットのチームは高い付加価値を上げることができる。そうなれば新たな雇用も生まれる。ブルーオーシャン市場開拓のためには、人工知能・ロボット技術の研究者側からのアプローチではなく、ビジネスパーソンがこれらの技術を理解し、その応用を考えることが必要だ。