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共創による社会課題解決イノベーション

豪雪地域の雪下ろし事故ゼロを目指して

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2015.10.20

政策・経済研究センター 主席研究員川崎祐史

経済・社会・技術

■雪下ろし作業の死者数は自然災害の死者数に匹敵

 最近、奥会津を訪れる機会があり、地元の方から冬の雪下ろしが深刻な問題であるお話を伺った。雪下ろしができない高齢者も増えている。業者に頼むと1回1万円以上の費用がかかり、経済的に余裕のない世帯では容易に頼むこともできない。また、雪下ろしの人手も不足している。

 1年間に雪害で亡くなった方は111人(平成23~25年の平均)だ。そのうち雪下ろし作業中の事故による死者は81人、うち65歳以上の高齢者が59人。自然災害の死者数は年間200人前後であるが、雪下ろし作業の死者数111人はこれに届きそうな数字である。今後、異常気象の増加と住民の高齢化が進むことを考えれば、対策を講じなければ増加することは間違いない。

 除排雪に関する地方交付税は平成26年度1,900億円と過去最高になった。その大半は道路の除雪費用であるが、雪下ろし作業中の死亡事故の増加を憂慮した総務省は、3月の特別交付税で高齢者の雪下ろし支援費用として3億円を手当てした。

■ 簡単なようで難しい雪下ろしの無人化

 豪雪地域を有し高齢化も進む日本では、雪下ろしは解決すべき重要な課題だ。雪下ろし作業は付加価値を生む生産的作業ではない。こういった作業は自動化し、貴重な地方の人手はもっと生産的な仕事を担うべきだ。

 既にさまざまな雪下ろし装置や雪下ろしの省力化の道具が考案されている。例えば、ヒーターで雪の一部を溶かして落雪させる装置、スプリンクラーにより温水を散布する装置、長い柄の先につけた熊手のような道具を使って落雪する方法などがある。しかし、屋根の高さや形状の違いに対応する問題や費用の問題があり、なかなか普及しない。

■先端技術の大衆化を活用して革新的イノベーションを起こす

 一方、先端技術分野では技術の大衆化が進んできた。例えば3次元加速度センサー、温度センサー、湿度センサーなど指先ほどのセンサーが数百円程度で手に入る。CCDカメラユニットも数千円。サーボモーターも数百円~数千円。これらのパーツを接続し、パソコンやスマホとデータ通信して、動作制御やデータ処理を行うことができるマイコンボードも数千円で手に入る。さらに最近では、ドローンも1万円から数十万円で購入できるようになった。

 こういったパーツを使って電子工作を行い、パーソナルモビリティーやロボットまで作るメイカーズと呼ばれる人たちが増えている。企業でなくても個人が高度なもの作りをできる時代になった。皆で集まり課題に応じてソフトウェアを作る「ハッカソン」、電子工作を行う「メイカソン」、事業アイデアや課題解決アイデアを作る「アイデアソン」というイベントが盛んになっている。

 先端技術を使いこなせる研究者・大学生・企業人や、雪の特性に詳しい研究者、住宅の構造に詳しい建築士や施工業者、そして長年雪下ろしをしてきた雪国の人たち、これら多様な分野の知恵と技術を持った人たちが集い、前例にとらわれない発想で「雪下ろしの無人化」という社会課題解決テーマに挑戦すれば、革新的な技術が開発できるのではないか。

 ドローンで太陽熱を効率的に吸収する黒い粉を雪の表面に散布すれば雪を溶かすことができるかもしれない。他にも、以下が考えられるだろう。ねずみぐらいの大きさの自走式ロボットが屋根の上をはいまわることにより、雪を30センチ角のブロックに分割して落雪させる(自走式ロボットはドローンが屋根まで運び、仕事が終わればドローンが回収する)。ドローンが軽量の炭素繊維の先端を屋根の上にセットし、地引き網のように人が引っ張って落雪させる。熱だけでなく振動や電磁誘導や化学反応を利用する。雪が積もる前に連続的に融雪する。各住居に1台ずつではなく、集落の住居を順番に巡って雪下ろしができる装置で各戸の費用負担を少なくする。アイデアは無限にある。

■コンテスト形式で切磋琢磨する

 こういったイノベーションを効果的に実現するためには、コンテスト形式が有効である。米国防総省高等研究計画局(DARPA)の災害対応ロボットのコンテスト Robotics Challenge(優勝賞金200万ドル)では、8つの課題条件が与えられ、24のチームが競った。Robotics Challengeは軍事利用の高度な技術を開発することが目的である。しかし、社会課題解決が目的のコンテストの場合は、課題条件としてコスト上限を設定することが重要だ。高齢世帯が負担できる価格、自治体の財政負担を1/10にできる価格、こういったコスト制約条件下で技術開発を競わなければ、素晴らしい技術は生まれたが使えないという事態になる。実証フィールドの設定も重要である。北海道の雪は乾いたパウダースノーだが、本州の日本海側は湿ったドカ雪である。屋根の高さや形状や材質もさまざまである。可能な限り適用範囲を広くとった条件設定と実証フィールドを確保することが必要だ。

 政府が今年1月にとりまとめた「ロボット新戦略」では、2020年に世界の先端ロボットが日本に集結して競う「ロボット・オリンピック」を開催する計画だ。最先端の人型ロボットの技術を競う競技だけでなく、雪下ろし無人化など具体的な社会課題解決をテーマにした実益に直結する競技が多く設定されることを期待したい。
雪害による死者数
出所:消防庁 「今冬(平成23年11月から平成24年3月まで)の雪による被害状況等」より三菱総合研究所作成