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症候群サーベイランスの仕組み構築を急げ

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2015.10.23

政策・経済研究センター清水紹寛

経済・社会・技術

■グローバル化に伴い、新興・再興感染症のパンデミックが懸念される

 感染症は、古くて新しい話題である。先進国では感染症対策は十分にとられ、コントロールできているかに思われがちであるが、昨今のエボラ出血熱やMERS(中東呼吸器症候群)などの感染の広がりを見ると、対策の難しさに気づかされる。感染症とは、病原体となる微生物など(細菌、真菌、ウイルスなど)が宿主(人など)に侵入・定着し、増殖することによって何らかの症状を呈することをいう。現在でも世界における死因の26%は微生物感染症によるものだ。感染症は生物の進化とともに存在し、その対策の歴史は医学の歴史そのものでもある。

 冒頭のエボラ出血熱やMERS、新型インフルエンザなど新たな感染症の出現や、結核など一度制圧したかに思われた感染症の再興が問題視されている。グローバル化に伴って、発生多発地域と見られるアフリカ熱帯地域、アジア、ラテンアメリカなど特定地域でのアウトブレイク※1やパンデミックが※2を引き起こす恐れがあり、予防体制の整備が求められている。

■日本では感染症法に基づき「感染症サーベイランス」が行われてきた

 感染症の拡大を防ぐためには、早期発見、封じ込めが重要で、そのためには状況把握が必須だ。日本では感染症法(「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」1998年制定)の下、危険性が高い感染症や、発生・まん延を防ぐべき感染症(104種)については「感染症発生動向調査」が行われている。感染症を診断した医師からの届け出、都道府県による集約を経て、全国のデータが国立感染症研究所の感染症情報センターにまとめられている。こうした取り組みは「感染症サーベイランス※3」と呼ばれている。

■感染の拡大を防ぐためには早期探知が重要、「症候群サーベイランス」が注目されている

 「感染症サーベイランス」は確定診断に基づいた発生状況の把握を行うが、新たな感染症やまれな感染症の場合には診断がつかなかったり、診断までに時間がかかったりして、その間に感染が拡大することが懸念される。バイオテロリズムへの対策からも、確定診断がつく以前に発熱・下痢・嘔吐など症状の異常を検知し 、対応を開始することが望まれる。米国では2001年の炭疽(たんそ)菌事件以降、膨大な予算をかけてこうした仕組みが構築されており、「症候群サーベイランス」と呼ばれている(図参照)。
図 感染症サーベイランスと症候群サーベイランス
図 感染症サーベイランスと症候群サーベイランス
出所:「科学技術動向」(2010年4月号)をもとに三菱総合研究所作成
「症候群サーベイランス」には、救急車の出動記録に基づく搬送患者の症状ごとの搬送件数を集計した「救急車搬送サーベイランス」や学校欠席者の症状別人数を集計した「学校欠席者サーベイランス」、グーグルが開発したインフルエンザなどの検索キーワードの件数とエリアを対応させたグーグル・インフルトレンドに代表される「インターネット検索サーベイランス」などがある。(表参照)。
表 主な症候群サーベイランス
表 主な症候群サーベイランス
出所:「科学技術動向」(2010年4月号)
 日本でも「症候群サーベイランス」の導入が試みられているが、それぞれのメリット・デメリットを勘案し、互いに補完し合うよう組み合わせて運用することが重要だ。

 また、コスト低減、常時監視を行うためには、新たにシステムを導入するのではなく、既に別の目的で構築されている仕組みを活用すべきである。例えば、救急車搬送時には消防本部によって電子的に記録された症状ごとの搬送記録がある。これを集約するだけでいい。

 米国の先行事例を参照しつつも、日本の状況に合わせた、さらには海外にも展開可能な「症候群サーベイランス」システムの構築が求められる。

※1特定の地域や集団で感染症が流行すること。

※2感染症が世界規模で流行すること。

※3調査監視の意。