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MRIエコノミックレビューエネルギー・サステナビリティ・食農

「水素社会実現に向けた課題と将来展望」(その1)

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2015.10.8

政策・公共部門 副部門長平石和昭

エネルギー・サステナビリティ・食農

1.気体エネルギー文明が到来する

 エネルギーと文明には密接な関係がある。19世紀から20世紀前半は、石炭(固体)がエネルギーの主役であり、蒸気機関が基幹技術として産業革命や工業化社会を支えてきた。20世紀中盤以降は石油(液体)がエネルギーの主役に躍り出て、内燃機関や電気動力が基幹技術として社会を支えてきた。そして、21世紀は気体エネルギー文明の時代になるといわれる。シェールガス革命でブレークしたした天然ガスが今世紀前半のエネルギーの主役であり、後半は水素が主役になるとの見方もある。内燃機関や電気動力に加えて、水素を燃料とする燃料電池が新たな基幹技術として加わることがポイントだ。

 化石燃料の将来的な枯渇や地球環境問題の深刻化を背景に、水素は最も注目されている二次エネルギーである。水素源となる水は地球上に無尽蔵に存在し、酸素と反応することでエネルギーと水を生成する。すなわち「水から生まれて水に還るCO2フリーの究極の再生可能エネルギー」である。

 水素には、多くの長所がある。例えば、1)利用時点でCO2やNOxを排出せずクリーンであること、2) 燃料電池(熱電併給)の活用によって高いエネルギー効率の達成が可能であること、3)褐炭などの未利用エネルギーや再生可能エネルギーなど多様な一次エネルギー源から製造可能であり、地政学的リスクが低いこと、4)燃料電池の特許件数世界第一位など、産業振興が見込めること、5)災害で電力供給に支障が出た場合でも、燃料電池自動車や燃料電池バスが非常用電源になること、など。

 一方で、水素には、コスト・経済性、安全・安心に関する社会受容性、インフラ整備状況など、解決すべき課題も多く存在する。また、自然界から採取できる天然資源ではないため、製造、貯蔵・輸送、利用に至る水素エネルギーのサプライチェーンを構築することが必須である。本稿では、水素の利活用に関する最新の動向を踏まえつつ、水素社会の展望とその実現に向けた課題を2回に分けて解説する。第1回は、上流~中流~下流に至る水素のサプライチェーン整備の最新動向を紹介する。
エネルギーの主役の変遷
エネルギーの主役の変遷
出所:「The Age of Energy of Gases」 (The GHK Company 2007)より三菱総合研究所作成

2.水素社会のサプライチェーン

 現時点では、安価で安定的に水素を供給するシステムは確立できていない。効率よく経済的に利用する用途も限られているが、上流(製造)、中流(貯蔵・輸送)、下流(利用)の各場面で関連する技術開発は進展しつつある。以下では、サプライチェーンの構築にかかる技術開発動向を整理する。

(1)上流:水素製造

 水素は、さまざまな一次エネルギーから製造することができるが、特に注目されているのは「化石燃料を改質する方法」、「水を電気分解する方法(水電解)」、「副生水素を利用する方法」、「太陽光から光触媒を用いて製造する方法」の4つである。

 化石燃料改質は、石炭、天然ガスなどの化石燃料を改質装置で水素に変換する方法である。すでに実用化されており、現時点では最も経済的かつ現実的と言われる。ただし、この方法は水素製造過程でCO2が発生するため、サプライチェーン全体でCO2フリーとするためには、二酸化炭素地中貯留(CCS)との組み合わせが必要となる。オーストラリアや中東での褐炭や天然ガスを原料とする水素製造構想では、CCSとの組み合わせによるCO2フリー化が提案されている。

 水電解もすでに実用化段階にあり、安定的かつ大規模に水素製造が可能である。水を原料とし、電気を水に流すことで水素と酸素を生成することができる。電気は原子力発電や風力・水力・太陽光・地熱などの再生可能エネルギーが有力である。再生可能エネルギー利用の場合、サプライチェーン全体でCO2フリーが実現する。水が原料であることから供給制約はなく、有害な物質は全く排出しない一方で、効率が低いことが課題である。水電解システムの大型化、低コスト・高効率化については、低コストアルカリ水電解システムの開発などが進められている。

 副生水素は、石油精製、アンモニア・メタノール合成、製鉄などの工場から副次的に発生し、工場内で脱硫などの工業用原料やボイラ用の燃料として利用されている。例えば製鉄のコークス炉から出るコークス炉ガスには55%程度の水素が含まれており、鉄鋼業全体から出る水素供給は年間で45億Nm3(0℃、1気圧の状態での体積)程度※1である。さらに、石油業界なども含めた全体では百数十億Nm3程度の水素が供給可能とされる。製造される水素は原料や燃料としてすでに利用されているが、このうちどの程度を工場外利用にまわせるかがポイントだ。

 光触媒(人工光合成)は、次世代の水素製造技術として注目されている。光触媒は、太陽エネルギーを化学エネルギーに変換する固体物質である。パナソニックは、光触媒として「ニオブ系窒化物触媒」を独自に開発した。ニオブは資源量が豊富で、太陽電池の材料のシリコンに比べて供給不安や価格変動リスクが小さいという利点を有する。課題は、太陽エネルギーの変換効率向上である。吸収波長を、紫外光領域だけでなく可視光から赤外光領域にかけて利用できることが鍵を握る。国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、触媒の組み合わせ最適化などで太陽エネルギー利用の光触媒による水からの水素製造で世界最高レベルの太陽エネルギー変換効率2%を達成。2021年度末を目標に、商用化レベルであるエネルギー変換効率10%の達成を目指している。

(2)中流:貯蔵・輸送

 水素社会の到来で、大量かつさまざまな場所で水素需要が発生する場合、特定の製造拠点(海外を含む)で大量の水素を集中的に製造するオフサイト方式が主流になると考えられ、製造した水素をどのように貯蔵・輸送するかが課題となる。水素の貯蔵・輸送では、高圧ガス法、液体水素法、パイプライン法、有機ハイドライド法、水素吸蔵合金法など、さまざまな方法が提案・検討されている。その中でも、特に海外で製造した大量の水素を日本に輸送する場合に注目されているのが、液体水素法と有機ハイドライド法である。いずれも既存のインフラをそのまま、あるいは改良することで活用可能という長所を持つ。

 液体水素法は、水素を-253℃の極低温で液化して貯蔵・輸送する方式であり、水素圧縮に比べて12倍程度の輸送効率が確保できる。川崎重工業が液化水素輸送船の開発などに取り組んでいる。輸送船の製造には、LNG船で培ったわが国の造船技術が適用可能できるなど、関連産業の振興にも貢献しそうだ。

 有機ハイドライド法は、水素をトルエンと反応させ、メチルシクロヘキサン(MCH:液体)として輸送・貯蔵する。常温・常圧での液体輸送が可能であり、通常の石油タンカーの転用も可能である。MCHは性状がガソリンとほぼ同じであることから既存のオイルタンカーやガソリン・インフラを活用することができる。千代田化工がパイロットプラントによる技術実証運転に成功し、商業化検討の段階に移行している。

 両者ともに、課題は高効率化と低コスト化である。例えば有機ハイドライド法では、MCHから水素を取り出す際に200~300℃の熱供給(水素発熱量の28%に相当)が必要だが、これはエネルギー効率の低下を招き、ひいてはコストパフォーマンスを悪化させる。今後、実用化に向けたこれら諸課題を解決していくことが必要だ。

(3)下流:注目される用途

 下流部門で注目されるのは、燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)やエネファームで使われる燃料電池である。燃料電池は、水素社会の基幹技術になる可能性を秘めている。

 FCVは、2014年12月にトヨタ自動車が世界で初めてのFCVとなる「MIRAI」を発売した。価格は723.6万円である。本田技研工業も2015年度中でのFCV発売開始を表明している。FCVの技術的な課題は解決され、今後は量産化による車両価格の低減や水素インフラ(水素ステーション)の整備や水素の販売価格が課題となっている。

 FCVの普及に向けては、特に水素ステーションの整備動向が鍵を握る。政府は、エネルギー基本計画で2015年度内に100カ所程度の水素ステーションを整備するとの目標を掲げている。2015年6月時点で全国81カ所(開所:23カ所)が整備あるいは整備中であり、この目標はほぼ達成されるであろう。ただし、2016年度以降の目標は設定されておらず、今後、さらなる高みに到達可能かどうかが注目される。本格的なFCVの商用期には、全国で5000カ所程度の水素ステーションが必要とされる。規制緩和による水素ステーション整備コストの縮減、水素ステーション併設を希望するガソリンスタンド数の確保、需要の少ない初期段階での整備・運営への補助を検討し、FCVと水素ステーションでwin-winの関係を構築することが重要だ。

 都市ガス、LPガス、灯油などから燃料となる水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて発電する家庭用燃料電池コージェネレーションシステムは、「エネファーム」という統一呼称で親しまれている。2009年には、東京ガスが世界初の商用機を発売し、その後着実に販売を伸ばしている。エネファームの特徴は、発電と排熱利用を組み合わせ、高効率でエネルギーを利用することにある。電気と熱を合わせた総合エネルギー効率は85%を超えている。2015年時点での普及台数は12万5千台となった。燃料電池本体の進化や部品点数の低減で値下げに取り組んでおり、2015年には150万円を下回る価格を実現している。政府は、2020年で140万台、2030年で530万台を目標としているが、普及に弾みをつけるためには一段の価格低減が必要だ。

 発電セクターでの水素利用で注目されるのが、大規模水素発電だ。現在でも、天然ガスを燃料とするコンバインドサイクル発電(CCGT:ガスタービンと蒸気タービンの組みあわせによる発電システム)は行われており、エネルギーのカスケード利用によって発電効率60%に迫る高効率なシステムを実現している。水素発電は、天然ガスの代わりに水素を燃料とし、同じくガスタービンと排熱による蒸気タービンを組み合わせて発電する。炭素を含まない燃料とすることで、CO2フリーのクリーンで高効率な発電が可能となる。2010年には、イタリア最大の電力会社であるENEL社が、世界で初めて商用の水素火力発電設備を整備した※2。日本でも、ガスタービン製造大手の川崎重工業が、2017年をめどに水素を燃料とする火力発電設備を量産することを明らかにしている。川崎重工業は、体積比60%の水素ドライ混焼が可能な燃焼器を開発しており、本燃焼器を組み込んだ30MW級ガスタービンを市場投入予定である。また、水素と天然ガスの割合を0~100%の範囲で自由に変化させることができる7MW級の水噴射型水素ガスタービンはすでに開発済みである。
(その2につづく) 

※1:燃料電池自動車400万台が1年間走行する場合の燃料に相当する。

※2:現在は、イタリア政府からの財政支援が停止し、休止している。