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「日本的雇用慣行」の成立と定着

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2015.10.26

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術

■高度成長期に普及、定着した「日本的雇用慣行」

 「日本的雇用慣行」として知られる企業と従業員の長期的な関係は、1940年前後の戦時経済下に形成され、高度成長期に普及・定着をみた。離職率や雇用調整速度から長期雇用の程度を比較した文献※1からも、戦前は日米で差はみられず、日本の労働市場も流動的であったことが明らかにされている。
 それでは、なぜ「日本的雇用慣行」は高度成長期に普及したのか。森口(2013)は、以下の表にある7つの相互補完的な人事政策※2が高度成長期において全てそろい、安定的な均衡が成立したため、とみる。高度成長期は、日本のGNPは世界2位となり、世界経済におけるプレゼンスは高まっていた時期である。その時期においては、家電の三種の神器に代表されるように、人々の嗜好は画一的であり、経済はキャッチアップの過程にあった。企業としては、安価で質の高い労働力が正確な仕事をできることで競争力を高める方向を重視し、その結果として企業内として長期的に人材を育成していく仕組みの構築が促された。また、1960年代後半には高校進学率が急上昇し、大企業におけるブルーカラー労働者の人的資本の質が飛躍的に向上したことにより、ホワイトカラーとブルーカラーの双方から構成される「正社員」を一元管理することが容易となった。それらの要因が相まって、日本型モデルが確立したのである。企業内における人的資本投資と長期雇用保障を約束する日本型モデルは、高い生産性を実現することで高度成長の推進力となった。終身雇用や年功賃金に伴う人件費の増大やポスト不足の問題も、高い成長が解決を可能にする。それにより両立困難な「豊かさ」と「平等」が同時に達成されたのである※3。
 表 日本型人事管理モデルの7つの構成要素
①注意深い人選による新規学卒者の定期採用
②体系的な企業内教育訓練
③査定付き定期昇給、昇格
④柔軟な職務配置と小集団活動
⑤定年までの雇用保障
⑥企業別組合と労使協議制
⑦ホワイトカラーとブルーカラー従業員の「正社員」としての一元管理
 出所:森口千晶(2013)「日本型人事管理モデルと高度成長」、日本労働研究雑誌, 634, 52-63

■時間を要する「日本的雇用慣行」からの脱却

 日本的雇用慣行が確立した背景には、日本の経済・社会環境があった。高度成長期からバブル期に至るまで、環境に適した日本型雇用慣行は日本企業の競争力の源泉となり、世界的にも注目を集めた。しかしバブル崩壊から「失われた20年」を経て経済・社会環境は大きく変化し、「労働市場の硬直化」、「キャリアパスの画一化」、「男女性別役割分担」、「正社員と非正社員の二極化」などをもたらす日本型雇用慣行の問題点も明らかになっていった。
 しかし、日本型雇用慣行は、その相互補完的な性質のゆえ仕組みとして強固である。さらに、配偶者控除や厚生年金の3号年金(専業主婦は夫の保険料のみで年金受給権が与えられる)などの、「標準世帯」(正社員である夫と専業主婦に子供からなる世帯)を前提とした税・社会保障制度、雇用調整助成金、定年後再雇用の義務化なども、日本的雇用慣行の維持に貢献した。また、新卒一括採用と企業内におけるOJTを通じた体系的な教育訓練の充実は、大学等の外部機関における職業教育の軽視をもたらし、結果として雇用の流動化が抑制された。伝統的な日本的雇用慣行が機能する前提であった経済構造や経済環境が変化し、企業が従来の経営の見直しを迫られる中においても、上記のような各種の補完的な仕組みが成り立っているゆえ、日本型雇用慣行から他の雇用形態への転換は遅々として進まなかった※4。
 ただし昨今の状況を分析した濱秋等(2013)※5によれば、1990年代後半以降に終身雇用比率は大きく低下し、2007年以降に賃金プロファイルの傾きが緩やか(年功賃金が弱まる)になっている。相互補完的な関係にある終身雇用と年功処遇が、昨今において同時に衰退し始めていることが分かる。また、非正規雇用比率が上昇し始めたのもこの時期である。従来の日本型雇用慣行の基盤となった経済・社会環境はバブル崩壊以降に変化したが、かなりの時間を経て、ようやく変化の兆しが現れてきた。今後のさらなる「少子高齢化の進行」、「機械化の進展」、「新興国の成長」といった環境変化のもとでは、「日本的雇用慣行」から、新たな雇用形態への転換が不可避である。

※1:岡崎哲二、奥野正寛(1993)「現代日本経済システムの源流」日本経済新聞社、岡崎哲二(1992)「現代日本企業の源流」日本経済新聞(5月30日)、森口千晶(2013)「日本型人事管理モデルと高度成長」、日本労働研究雑誌, 634, 52-63. など。

※2:この分野の古典的な研究である青木昌彦、奥野正寛(1996)「経済システムの比較制度分析」東大出版会、は「年功処遇」、「長期雇用」、「企業特殊技能」について日本的雇用慣行を構成する相互補完的な3要素としている。

※3:Moriguchi and Saez (2008), The evolution of income concentration in Japan, 186-2005, Review of Economics and Statistics, 90(4), 713-734.

※4:例えばKambayashi, R., and T. Kato (2009), The Japanese employment system after the bubble burst, FRB San Franciscoや、Shimizutani, S., and I. Yokoyama (2009), Has Japan’s Long-term employment practice surveyed? Industrial and Labor Relations Review, 62(3), 313-326.は2000年代初頭までにおいて終身雇用に変化はみられないとの結論を得ている。

※5:濱秋、堀、前田、村田(2013), 低成長と日本的雇用慣行、日本労働研究雑誌, 611, 26-37.この研究では2008年までのデータが用いられている。