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IoTが拓く未来社会

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2015.12.9

政策・経済研究センター川崎祐史

経済・社会・技術

Point

  • サイバー空間のデータ量は2020年に現在の5倍に急増
  • データが未来を予測し行動を決める
  • IoTは5つのコンテキストで社会を変える
  • IoT新ビジネスアイデアを考える 

サイバー空間のデータ量は2020年に現在の5倍に

 2020年には世界のサイバー空間に存在するデータ量は40ゼタバイト(ゼタはギガの1兆倍)まで指数関数的に増加する※1。それを牽引するのはウェアラブル端末などのIoTデバイス※2の増加である。IoTデバイスは2020年には現在の5倍の250億個程度に達する※3。
図1サイバー空間のデータ量 図2世界のIoTデバイス数

データが未来を予測し行動を決める

データ量の増加と並行して3つの変化が起ころうとしている。

1) 人工知能などデータ解析技術が進歩する

 例えば、生産施設や商業施設などで使われる監視カメラの世界出荷台数は18年には4,320万台/年と現在の2倍弱に達し、しかも、ネットワークに接続されるIPカメラがアナログカメラの台数を上回ると予測されている※4。加えて、機械学習という人工知能分野での技術革新により画像データから有用な情報を自動抽出することが可能となる。機械学習は画像認識・音声認識・言語処理などの分野で先行的に応用される可能性が高い。これは従来活用が限定されていた膨大な不定形データに新たな活用の道を開くこととなる。

2) データの共有が進む

 サイバー空間の全データのうちクラウドに存在するものは2010年には約4%にすぎなかったが、2020年には約37%となると予想されている※5。業務で作成する資料やデータは個人のローカルPCではなく全社の共有ファイルサーバーに保管することは、すでに企業では当たり前となっている。クラウドシステムやビッグデータ解析ツールなど大量のデータの保管や解析が低コストでできる環境が整うことにより、データ集積や他データと結合して新たな価値創造に挑戦することへの障壁が低くなってきた。

3) サイバー空間と物理空間の結びつきがタイトとなる

 サイバー空間から物理空間への作用手段も進化している。サービスロボットや自動運転のようにデジタルデータが機械制御という形で現実世界のモノを動かす機会が増える。また、私たちがサイバー空間から情報を受け取る手段もスマートフォンやタブレット端末だけでなくウェアラブル端末や拡張現実(AR)など、現実世界となじみやすい手段が増える。

 こうした変化により、今まで把握できなかった個人・企業・社会のさまざまな活動が可視化されるようになったり、今よりも詳細レベルに活動が可視化されたりするようになる。また、蓄積されたデータの統計分析により、おのおのの活動の将来を確率的に予測することが可能となる。私たちの多くの判断は定性的情報に基づいて行われてきたが、これからは確率値という定量的予測情報の助けを借りて判断や行動を選択する機会が増えることとなるだろう。
◇ヒト・企業・社会の活動の可視化範囲拡大と高解像度化が進む
◇リアルタイム(即時性)が新たな価値を生む
◇確定論から確率論的な予測に基づく意思決定や行動にシフトする
図 3 IoTがつなげる物理空間とサイバー空間
図 3 IoTがつなげる物理空間とサイバー空間

IoTは5つのコンテキストで社会を変える

 IoTについては、図 4に示すように、さまざまな構想やビジョンが提唱されている。しかし、IoTは具体的にどのようなところで持続可能なビジネスとして実装されるのだろうか。IoTの取り組み事例を分析すると、以下の5つのコンテキストでIoTが有効活用されると考えられる。
① 既存業務の改善・効率UP
②パーソナル対応による新需要の創造
③社会資本ストックの稼働率UP
④無作為抽出テストによる投資効率UP
⑤公益の拡大(社会課題の改善)
図 4 社会変革が期待されるIoTの活躍分野
図 4 社会変革が期待されるIoTの活躍分野

①既存業務の改善・効率UP

 企業の既存の事業領域においては既にさまざまな業務改善の取り組みが行われており手詰まり感がある。さらなる業務改善を行うためには、今までにない情報の存在が不可欠である。IoTにより収集されるデータ群がさらなる効率改善の可能性を秘めている。
 例えば、アマゾンは、顧客からの注文を先回りして地域の物流センターに配送することで物流コストを下げる「予測配送」の特許を取得した。日立は人間行動データを収集できる名札型のウェアラブルセンサーを開発した。同センサーを使ったコールセンターやホームセンターのスタッフ行動分析により大幅な生産性改善が図られている。

②パーソナル対応による新需要の創造

 個人の価値観やライフスタイルの多様化により、個人ニーズにジャストフィットしたモノやサービスの需要は今後ますます高まる。ネットメディアやネット販売の分野では、人工知能を使ったキュレーションサービス、商品リコメンドアプリ、オンライン教育サービスなどが実現している。製造業においてはドイツがマス・カスタマイゼーションを目指す産学官の国家的プロジェクトとしてIndustrie4.0を進めている。
 B to B市場では、グローバル・ニッチ・トップ企業(GNT)やIndustrial Internet構想を牽引するGEのように顧客へのパーソナル対応力を武器に高付加価値を取る企業が増えている。
 B to C市場でも、プロセス・イノベーションやプロダクト・イノベーションに対する新興国のキャッチアップは速く、先進国の先行企業は競争力を維持することが難しくなっている。パーソナル対応のビジネス・イノベーションは競争優位維持のための重要な企業戦略となる。
 パーソナル対応とは必ずしも個人の嗜好に合った製品やサービスを提供することだけではない。個人の欲求は、承認欲求や自己実現欲求といった高次欲求のウェイトが増している。製品やサービスの直接的な価値だけでなく、これらを提供する企業と生活者の間での価値観の共有や共創といった間接的な価値が重要となる。IoTはこの部分にも新たな可能性を見いだすことができる。
図 5 パーソナル対応はキャッチアップされにくいイノベーション
図 5 パーソナル対応はキャッチアップされにくいイノベーション

③社会資本ストックの稼働率UP

 社会資本の稼働率は私たちが想像するほど高くない。新規の社会資本投資をしなくても、アイデア次第で既存ストックの稼働率を上げる余地は大いにある。IoTを活用してクールに稼働率を向上するビジネスモデル・イノベーションが今後盛んになるだろう。
 配車アプリのUberやレンタル宿泊施設アプリのAirbnbは周知のとおりであるが、駐車場の変動料金制度の取り組みや、空車トラックと貨物のマッチングサービス、赤字路線バスの運行計画見直しによる事業再生など、社会資本の稼働率UPの取り組みが行われている。

④無作為抽出テストによる投資効率UP

 IoTを使えば無作為抽出テストを低コスト・短時間で実現することが可能となる。これはトライ&エラーを容易にし、新事業の投資効率を向上するという効果と、どちらの方法が効果的であるかを定量的・客観的に判断することができることにより合意形成のやり方を変える効果がある。
 アップルは医療機関がiPhoneを使って臨床試験を行うアプリのプラットフォームResearchKitを2015年3月に発表した。これを使った心臓病患者の健康状態に関する臨床試験では、アプリ公開1日で1万人の被験者が登録された。メキシコでは条件付きで現金を貧困者に支給するプログラムを無作為抽出テストで実施し、その効果を定量的に検証することで、次政権での施策継続に成功した。

⑤公益の拡大(社会課題の改善)

 先進国はどこも社会保障費の増大など社会の高齢化に伴う社会課題に頭を悩ませている。もはや一律的に提供する公的サービス制度では難しい局面に差しかかっている。個人の置かれている生活環境や公的サービスに対するニーズの優先順位も千差万別である。社会費用総額を変えずに各個人の満足度を最大化することが、これからの社会課題解決の重要な戦略となる。
 小児ぜんそくのホットスポットの検出、不正改造住宅の摘発、道路の危険箇所の検出など、必要なところに必要な対処をピンポイントで行う公的サービスの取り組みが始まっている。

IoT新ビジネスアイデアを考える

 IoTを活かした新ビジネスチャンスはどこにあるのか。企業の既存事業周辺ならびに既存データを起点としてIoT・ビッグデータ解析で何かできないかという発想方法では、なかなか有効打を見いだせないのではないだろうか。
 IoTの新ビジネスを検討するには、以下の3つのポイントを押さえたアイデア創出が重要と考える。
【起点】目指すべき未来社会像との現実のギャップを起点とする
【着想】5つのIoT活用のコンテキストで着想する
【着眼】物理空間とサイバー空間のIN/OUT接点の新技術に着眼する
 メディアではさまざまな社会課題が提示されており、われわれは無意識のうちに所与の社会課題を起点として事業アイデアの検討に入りがちである。しかし、課題とは、あるべき理想と現実のギャップである。あるべき理想が変われば課題も違ってくる。まずは自分たちが目指すべき未来社会像を描くことから始めるべきである。その際に重要なことは、できるだけ定量的に未来像を描くこと、社会全体の整合性を考えて構造化を図ることである。これによりフォーカスする課題のボリュームと解決すべき目標の質が明確化される。整合性を考えなければ課題ごとに都合の良い設定がなされ、結果として検討したビジネスアイデアは実現が難しくなる。
 アイデア創出の起点が定まれば、先に述べた5つのコンテキストで新ビジネスのアイデア発想を拡げる。その際に重要なことは既存データに限定せず、必要なデータがあれば、新たなセンサーを開発する、データ取得の仕組みを構築することを含めて検討することである。また、サイバー空間から物理空間へのアプローチ手段も現状の媒体に限定せず、ロボットや新たなユーザーインターフェースデバイスを含めて検討することである。必要な技術や仕組みはオープン・イノベーションの発想で外部調達するぐらいの発想で考える。
 起点・着想・着眼の3つの要素を組み合わせたアイデア創出の中から、新たなIoTを活かしたビジネスを生み出したいものである。
図 6 IoT新ビジネスアイデアの発想法
図 6 IoT新ビジネスアイデアの発想法

※1:IDC 「The Digital Universe Study in 2020」

※2:センサーと通信機能によりネットに接続しデータ送受信をする装置

※3:Gartnerは260億個、IDCは320億個、MIT Tech Reviewは280億個と予測

※4:矢野経済研究所 発表資料「監視カメラ世界市場に関する調査結果2015」

※5:Siemens 発表資料「Internet of Things Facts and Forecast」