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業種ごとに異なる生産構造

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2015.12.21

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術

● 生産関数の考え方

 経済成長には何が必要か。その分析を行う際に、出発点となるのは生産関数の考え方である。生産関数は経済成長の要素を①資本、②労働、③その他の要素の3つに分解する。工業製品の生産に例えれば、①は生産を行うための各種機械、②は労働者の人数、③は知識や技術進歩を広く体現する部分であり、IT(情報技術)導入などによる生産・在庫管理の改善や、企業組織変更による効率化等が含まれる。上記の考えのもと、一般的に用いられるのは以下のようなコブ・ダグラス型生産関数である。
コブ・ダグラス型生産関数
 ここで、Yは付加価値、Lは労働、Kは資本ストック、λは一定の率で成長するとみなした全要素生産性(③に相当)である。α、βはそれぞれ労働、資本の弾力性であり、例えば労働力が1%増加すれば、Yはα%増加すると解釈する。なお、通常は規模に関する収穫一定(α+β=1)の仮定を置く場合が多い。日本のマクロ統計を用いると、αは0.5~0.6程度、βは0.4~0.5程度、λは0.5%程度と推計される。この数値に、各生産要素(資本、労働、全要素生産性)の今後の動向を当てはめると、経済が無理なく達成できる成長率である「潜在成長率」を計算することができる。三菱総合研究所が4月に公表した「内外経済の中長期展望」では、少子高齢化の進展を背景とする労働力人口の減少の影響が強く、自然体では、潜在成長率は2020年度までは0.7%程度、2030年にかけては0.4%程度にまで低下することが予測されている。そして、成長力の底上げを図るには、全要素生産性の向上に依存せざるを得ない。

● 業種により異なる生産関数

 生産関数は、マクロの観点から時系列でみると大きな変化はないものの、業種別にみるとかなりの違いがある。以下は内閣府「国民経済計算」から業種別の実質値をとり(GDP、就業者数、民間企業資本ストック)、パネルデータとしたうえで、いくつかの産業群ごとに上記の生産関数を推計したものである。なお、推計期間は1991年~2013年(暦年)である。推計結果から、まず注目されるのは、労働および資本弾力性の差である。製造業の労働弾力性は0.5~0.6に収まっているのに対し、非製造業では0.8程度(サービス業では0.9超)という高い値となっている。従来の生産関数の構造が変化しないのであれば、今後の就業者人口の減少は、特にサービス業等の労働集約的な産業において厳しくなることが見込まれ、AIやロボットの活用を含めた早急な対策が必要となる。
 全要素生産性に関しては総じて低く、全産業ではほぼ横ばい、機械以外の製造業や非製造業全体ではマイナスとなった。今回の推計期間は、バブル崩壊後の「失われた20年」を含んでいる。この間、経済を取り巻く環境は大きく変化したものの企業の新陳代謝は進まず、さらに雇用の硬直性から企業内に余剰労働力が保蔵されたことが、全要素生産性の伸びの停滞につながったとみることができる。ただし、その一方、この期間はICT化が進んだ時期でもある。ICT化の進展は仕事の範囲を広げるとともに効率化にも資し、生産性向上に貢献するとの見方が強い ※1。しかし、今回の全要素生産性の推計結果からは機械産業で3%弱となった以外は、横ばいもしくはマイナスとなっており、ICT化の普及が大きく経済にプラスの効果をもたらしたと言うことはできない。
 ただし、見方を変えると、ICT化を活用する余地が大きいことも意味する。AI、ロボット、IoTといったICTの進化を契機として、減少する労働力を補完し、同時に全要素生産性向上の促進策を図る※2ことは、今後の経済主体にとっての課題である。
生産関数推計結果(1991年~2013年(暦年))
  労働弾力性 資本弾力性 全要素生産性
全産業 0.59 0.41 -0.02%
製造業 0.51 0.49 0.14%
機械産業 0.55 0.45 2.93%
その他製造業 0.58 0.42 -0.92%
非製造業 0.78 0.22 -0.14%
サービス業 0.96 0.04 0.26%

注1機械産業は「一般機械」、「電気機械」、「輸送用機械」、「精密機械」、 サービス業は「卸・小売業」、「金融、保険業」。「不動産業」、「運輸業」、「サービス業」

注2固定効果、ランダム効果の推計をした後、検定により望ましい推計方法による結果を掲載している。

※1たとえば米国におけるIT化の進展と全要素生産性の関係を分析したJorgenson, D., and Stiroh, K. (2000), Raising the Speed Limit: U.S. Economic Growth in the Information Age, Brooking Papers on Economic Activity, 2000(1), 125-235.は0.9%程度にもなる、としている。

※2ICT化の進展は仕事の種類や範囲を変えるのみならず、効率性も向上させる。ただし、その効果を十全に発揮するには、ICTを使いこなす人材育成や、組織の整備等の補完的仕組みの整備が必要である。