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経済連携協定により期待される貿易コスト削減

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2015.12.24

政策・経済研究センター東暁子

経済・社会・技術

日本を取り巻く経済連携協定推進の動き

2015年10月5日に、アトランタで開催されたTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ)閣僚会合において、TPP協定が大筋合意に至った。交渉の経緯を見ると、まず2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国から構成されるP4(環太平洋戦略的経済連携協定)が発効し、この経済連携に2008年には米国も交渉開始意図を表明した。そして、2010年にP4の4カ国に米、オーストラリア、ペルー、ベトナムを加えた8カ国間でTPP交渉が開始された。その後もマレーシア、メキシコ、カナダがTPP交渉に参加し、2013年には日本も交渉に参加して、2015年10月の大筋合意時点でTPP参加国は12を数えるに至っている。また10月の大筋合意の後も、インドネシア、韓国、フィリピンなどの各国がTPPへの参加の意向を表明するなど、加盟国はさらに拡大していくことも予想される。

現在、日本は、アジア諸国やオーストラリアなどをはじめとする各国・各地域との間に、計15のEPA(経済連携協定)の発効・署名を行っており、新たなEPAやFTA(自由貿易協定)の交渉も進めている。RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携)も現在交渉中の経済連携協定の一つであり、RCEPが発効すれば全ASEAN加盟国、中国、韓国、インドとの間にも経済連携協定が実現することとなる。このようなアジア・太平洋地域における経済連携の動きは、最終的にはロシアなども含むFTAAP(Trade Area of the Asia-Pacific:アジア太平洋自由貿易圏)を実現させることを目標としている。また日本がEPA・FTAの交渉を進めている国・地域の中にはトルコやEUなどのアジア・太平洋地域以外の国・地域も含まれており、日本は世界各国・各地域との間に経済連携協定の発効に向けた動きを進めつつある。

経済連携協定による貿易コスト削減の可能性

貿易と投資の自由化に関する協定は、FTAとEPAの二つに分けられる。FTAは物品の関税やサービス貿易の障壁などを削減・撤廃することを目的とする協定である。一方EPAにはFTAが目的とする財・サービス貿易の自由化も含まれるが、FTAよりもさらに進み、投資・人の移動・知的財産の保護・競争政策におけるルール作り・さまざまな分野での協力などが含まれ、幅広い経済関係の強化を目的とする協定である※1

主な目的が財・サービスの自由化にとどまるFTAよりも、近年はより幅広い分野での協 力により加盟国間の経済連携を深めていくEPAが締結される場合の方が多い。この10月に大筋合意に至ったTPPも、財・サービス貿易の自由化を目指すのみではなく、非関税分野(投資、競争、知的財産、政府調達等)のルール作りのほか、新しい分野(環境、労働、「分野横断的事項」等)も含む包括的協定である※2

FTAによる財の貿易の自由化は、主に関税の引き下げや撤廃を通じて行われるが、近年は関税ばかりでなく、貿易に要するコストの存在が大きなものであることが注目されている。そのため、財の貿易を促進するためには、関税の引き下げや撤廃とどまらず、貿易コストの削減も行うことが重要であると指摘されるようになってきている。1995年に創設され、今年は20周年を迎えるWTO(世界貿易機関:World Trade Organization)は、「World Trade Report 2015」において、先進国と途上国の双方において貿易コストが貿易財の価格を高くする大きな要因となっていることを指摘している。ここであげられている貿易コストには、国内の輸送や物流の未整備により発生するコストや、税関における手続きのために要するコストなど、さまざまなものが含まれているが、その多くは国境で生じていると考えられている。そして経済連携により、加盟国間で基準の統一化や国境での手続きの簡素化などを進めることで、国境で生じる貿易コストの削減につなげられるとしている。

世界銀行グループは各国のビジネス環境について構築しているデータベース中の「Trading Across Borders」で、国境で生じる関税以外のコストについて、主に貿易関連事業者などに対するアンケート調査に基づき、時間・金額双方で貿易コストに関するデータを作成している。国境で生じるこれらのコストは、輸出入国で必要な書類の整備に関する時間やコストと、港湾や税関など国境を通過する際の手続きに要する時間やコストに分けられる。世界銀行グループはこれらのコストを輸出・輸入それぞれに分けてデータとして整備し、またこれらのデータから作成された指標に基づいて計189カ国についてランキングを行っている。ランキング1位に位置付けられるのは、EU域内貿易の多いEU加盟国が多い。表1は世界を地域別に分けてランキングを行ったものだが、地域間の差がかなり大きいことが示される。
表1 地域別の貿易コストの比較
表1 地域別の貿易コストの比較
表1 地域別の貿易コストの比較
出所:世界銀行グループ“Doing Business-Trading Across Borders”より三菱総合研究所作成
http://www.doingbusiness.org/data/exploretopics/trading-across-borders
表2はTPP・RCEP加盟国別に比較して見たものであるが、日本は韓国、米国、シンガポール、カナダ、マレーシアに次いで52番というランキングになっている。TPP・RCEP加盟国間でも、最も高い31位(韓国)から最も低い140位(ミャンマー)まで、ばらつきも大きくなっていることが示される。
表2 TPP・RCEP加盟国の貿易コストの比較
表2 TPP・RCEP加盟国の貿易コストの比較
出所:世界銀行グループ“Doing Business-Trading Across Borders”より三菱総合研究所作成
http://www.doingbusiness.org/data/exploretopics/trading-across-borders
図1 TPP・RCEP加盟国の輸入時に国境の通過に要する時間の比較
図1 TPP・RCEP加盟国の輸入時に国境の通過に要する時間の比較
出所:世界銀行グループ“Doing Business-Trading Across Borders”より三菱総合研究所作成
http://www.doingbusiness.org/data/exploretopics/trading-across-borders
経済連携協定の内容には税関や貿易に関する各種手続きの統一化も含まれており、FTAよりもさらに進んだ貿易の促進を図っている。例えば経済連携協定であるTPP協定では、原産地規制の証明手続きや、税関当局および円滑化などに関する項目も含まれている。そして「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要※3」中の「第5章 税関当局及び貿易円滑化章」では、第5.7条においては急送貨物に関して「通常の状況において、急送貨物が到着していることを条件として、税関書類の提出の後6時間以内に当該急送貨物の引き取りの許可を行うこと」、また第5.10条においては物品の引き取りに関して、「自国の関税法の遵守を確保するために必要な期間内(可能な限り物品の到着後48時間以内)に引き取りを許可することなど」など、具体的な時間にも言及した規定を行っている。

経済連携協定により、税関手続きや各種の書類の内容などについて基準の統一化・簡素化が行われれば、国境で生じる貿易コストの削減につながる。経済連携による通関手続きの簡素化には、日系企業の期待も大きい。日本貿易振興機構(ジェトロ)が実施した「在アジア・オセアニア日系企業実態調査(2014年度調査)※4」では、ASEAN経済共同体に期待する項目の中で、63.9%の企業が「通関手続きの簡素化(通関申告書の統一、輸出入のシングルウインドウ化)」を挙げた。また、RCEP交渉の中で検討されている項目のうち、「通関に係る制度・手続きの簡素化」への期待が56.7%と、最も高かった。

貿易コストの削減により、貿易財の価格が低下し、またより短期間で輸出入が行われるようになれば、加盟各国の貿易には関税の引き下げ・撤廃の効果に加えて、さらなるプラスの効果をもたらすだろう。

※1:FTA、EPAの定義は、外務省HPを参照した。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/

※2:TPPの定義については、経済産業省HPを参照した。
http://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade/tpp.html

※3:内閣官房TPP政府対策本部HPで参照可能。
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf

※4:日本貿易振興機構(ジェトロ)HPで参照可能。
https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07001901/07001901_01a.pdf