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AI化進展の制約

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2016.2.3

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・研究開発

● AI(人工知能)化の進展は職を奪うか?

 「今後10年から20年程度で、米国の総雇用者の47%の仕事がコンピュータにとって代わられるリスクがある」。この衝撃的な報告は、英オックスフォード大学のオズボーン教授などの研究により公表されたものである。例えば、ビッグデータの活用により従来は非定型的とみなされていた仕事を定型化することが可能になる、あるいは、センサー技術の発展が機械に認知能力を付与するようになるなど、人間よりも機械が優位性を持つ分野が拡大することが見込まれる。そのような変化の中でも、クリエーティブな仕事については引き続き人間が優位性を持つ。しかし、クリエーティブなスキルを身に着けられなければ、多くの人の職が奪われる可能性がある。
 実はこの種の懸念は、古くから繰り返されている。例えば19世紀初頭の産業革命期のラッダイト運動※1を始め、かのケインズも1930年の論文※2において技術が雇用を奪う「技術的失業」の可能性について言及している。

● 重要な「補完性」の観点

 オズボーン教授らの研究は、主として雇用とコンピュータの代替性に焦点を当てている。しかし、それと同時に重要な点は、雇用とコンピュータやAIとの補完性である。1990年代以降の米国におけるIT化進展の分析を行ったMIT・ブリニョルフソン教授らの一連の研究によれば、企業におけるIT化の進展は、「それを使いこなせる人材の養成(人的資本の向上)」と、「IT化の利点を活かせるような企業組織の改編※3」といった補完的な要素がととのって初めて生産性の向上をもたらす。補完的な要素が一つでも欠ければ、かえって生産性はIT化進展前よりも低下してしまう。
 さらに、業務の補完性の観点もある。機械化やIT化の進展は、中程度のスキルの仕事を奪うとの見方※4がある。しかし、中程度のスキルの仕事は、単一のスキルで完結しているのではなく、定型的な部分と非定型的な部分が補完的に組み合わさり成り立っている場合が多い。その補完性を無視して仕事をばらし、適用可能な一部にのみ機械化やIT化を進めることは、かえって仕事の効率を低下させてしまう※5。しかし、補完性に留意し職務の組み合わせを再考すれば、中スキルの仕事も雇用を増やす可能性がある。Brookingsのホルツァー研究員は、医療技術者などを「新たな中位賃金の仕事(Newer middle-wage job)」と名付け、従来型のOlder middle-wage と異なり、雇用は増加しているとの見方※6を示した。

● 補完的要素の制約を受けるAI化の進展

 歴史を振り返ると、機械化、IT化の進展や技術革新は、新たな需要と、それを満たす新たな事業、産業を生み出し、職業や職種の構成は変化しつつも、全体としてみれば雇用は失われることなく推移してきた。このことからは、機械化やIT化の進展とともに、人材の質や企業組織、仕事の範囲などの補完的な要素が同時に変化してきたことが推察される。逆の観点からは、今後のAI化やIT化の進展は、他の補完的要素の進展の制約を受けることを意味する。つまり、補完的な要素の整備の度合いにより、AI化やIT化で日本が後れをとる可能性も考えられる。
 今後のAI化の進展についても、その効果を発揮するには、補完的な要素を同時にととのえていく観点が求められる。AI化との補完性の高いスキルを身に着けられるような「教育」の充実に加え、企業組織や職務の組み合わせを柔軟に変える仕組み作りが、AI化の進展の必要条件となる。

※1英国の繊維・織物工業地帯において、職を脅かされた労働者によりなされた機械破壊運動。

※2Keynes, J. M. (1930), Economic Possibilities for our Grandchildren.
http://www.gutenberg.ca/ebooks/keynes-essaysinpersuasion/keynes-essaysinpersuasion-00-h.html

※3具体的には、迅速な意思決定を可能とする組織のフラット化など。

※4ブリニョルフソン、マカフィー (2013),『機械との競争』日経BP社、など。

※5Autor, D. (2015), Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation, Journal of Economic Perspectives, 29(3), 3-30.

※62000年から2013年において、従来型の中位賃金の仕事のシェアは3.3%ポイント低下しているのに対し、新たな中位賃金の仕事のシェアは0.8%ポイント上昇している。 Holzer (2015), Job Market Polarization and U.S. Worker Skills: A Tale of Two Middles, Economic Studies at Brookings.
http://www.brookings.edu/~/media/research/files/papers/2015/04/workforce-policy-briefs-holzer/polarization_jobs_policy_holzer.pdf