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イランの国際石油市場復帰のインパクト

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2016.2.15

政策・経済研究センター清水紹寛

海外戦略
 サウジアラビアとイランとの対立が激化している。サウジアラビアが反政府活動を主導したとしてシーア派指導者の死刑を1月2日に執行したことが発端であるが、これを受けイランではテヘランのサウジアラビア大使館などが群衆に襲撃された。サウジアラビアとイランは国交を断絶。周辺のスンニ派政権の同盟国もイランとの国交を断絶したり格下げしたりしている。2016年の年始早々、中東情勢は混迷を深めている。

■イランの核開発と経済制裁

 昨年、国際石油市場に関する話題で注目を浴びたことに、イランに対する経済制裁を解除する動きがあった。イランの核開発推進を理由として、2006年以降、国連や欧米などは経済制裁を課してきたが、イランと6カ国(英米仏露中独)は制裁解除に向けた「包括的共同行動計画」の内容に関し最終合意に達したのだ(2015年7月14日)。これでイランに石油・天然ガス事業への投資や原油・石化製品の取引拡大に向けた道筋が開かれたのである。
 表 イランのエネルギー関連事業に対する制裁等
年月 内容
1979年 イラン・イスラム革命
1980年 イラン・イラク戦争
1996年8月5日 米、イランおよびリビア制裁法(ILSA:Iran and Libya Sanctions Act)制定 (イランのエネルギーセクターに対する2,000万ドル以上の投資行為などを制裁対象として制定)
2002年1月 ブッシュ米大統領、一般教書演説においてイランを「悪の枢軸国」と名指し。
2002年8月 ハタミ大統領政権下、国内の反体制派が、国際原子力機関(IAEA)に未申告の核施設の存在を暴露。
2003~2004年 EU3(英仏独)との間でウラン濃縮活動の停止に向けた二つの合意が成立。
2005年8月 アフマディネジャード氏が大統領に就任、イラン政府の対欧米姿勢を硬化。 EU3との交渉は頓挫し、イランは再び濃縮活動を強行。
2006年以降 国連や欧州連合(EU)、米国以外の国々も対イラン制裁関連法案を可決。
  2006年7月 国連安保理決議1737採択
2009年1月 オバマ米大統領就任
2010年7月1日 米、包括的イラン制裁・責任・剥奪法(CISADA:Comprehensive Iran Sanctions, Accountability, and Divestment Act)制定
2011~2012年 米国とEUによる石油の禁輸措置
  2011年11月21日 米国大統領令13590(エネルギーセクター関連機器、サービスおよび石油化学製品のイランへの販売を禁止)発令。
2012年1月23日 EU制裁決議(イラン産原油・石油製品の禁輸、EU内のイラン中央銀行の資産凍結)
2012年7月30日 米国大統領令13622(イラン産原油および石油化学製品、貴金属の禁輸)
2013年8月 ロウハニ大統領就任
出所:各種資料より三菱総合研究所作成
 経済制裁による影響について原油の生産量と輸出量で見てみよう。原油生産量は経済制裁以前2011年5月には370万バレル/日を記録していたが、2015年12月には291万バレル/日となり、約80万バレル/日減少している。2011年に254万バレル/日であった原油輸出量も、2014年には111万バレル/日へとほぼ半減、イランの石油収入は激減している。
 なお、天然ガスの生産量の大半は国内消費されている。トルコや旧ソ連圏に向けてパイプラインで少量を輸出しているのみである。
図 原油の生産量
図 原油の生産量
出所:“Monthly Oil Market Report”, OPEC
図 原油の輸出量
図 原油の輸出量
出所:“Annual Statistical Bulletin”, OPEC
図 天然ガスの生産量と消費量
図 天然ガスの生産量と消費量
出所:“Statistical Review of World Energy”, BP

■国際石油市場復帰のインパクト

 イランは世界第4位の原油埋蔵量(1,578億バレル)および世界第1位の天然ガス埋蔵量(33.8億?)を有する資源大国である。生産量で見ても、経済制裁以前は、原油が世界第4位、天然ガスが世界第4位の規模を誇っていた。また、名目GDPは約4,000億ドル(2014年)とトルコと同程度の経済規模であり、人口は約7,800万人と、中東で最大規模の市場といえる。
 これだけの規模が市場に戻ってくる。まず重視されるのは、収入を確保するための国際石油市場への復帰である。イランとしては、当面市場シェアを制裁前のレベルに回復させたい意向だ。生産量の減少分約100万バレル/日 を制裁解除後7カ月以内に戻したいとし、その分はOPEC加盟国が5%ずつ削減することで生産枠を捻出すべきとしている。輸出についても、制裁解除後5~6カ月で100万バレル/日の増加をもくろんでいる。
図 石油埋蔵量ランキング(上位10カ国)
図 石油埋蔵量ランキング(上位10カ国)
出所:“Statistical Review of World Energy 2015” BP
図 石油生産量ランキング(上位10カ国)
図 石油生産量ランキング(上位10カ国)
出所:“Statistical Review of World Energy 2015” BP

■復帰にあたって

 復帰にあたっては「包括的共同行動計画」の履行およびその検証が課題となっていたが、昨年末には国際原子力機関(IAEA)が検証を行い、履行していることが確認された。それを受け、今年1月17日に欧州各国は経済制裁を解除した。ただ米国は国内法との関係で1年ほど遅れる見通しだ。
 イランの原油供給力にも問題がある。数カ月以内に100万バレル/日増産という意向はありつつも、老朽施設が多く、外資の資金と技術を導入しなければ供給量を確保することは難しいとの見方もある。しかし、その一方で、3,000万バレル以上あるといわれる備蓄を取り崩し、当面の供給に充てることも考えられる。国際エネルギー機関(IEA)は制裁解除から数カ月以内に原油生産量が60~80万バレル/日増加する可能性を指摘している。供給過多な現状では供給先を見つけること自体も課題となるが、イランからの追加供給により原油価格は5~15ドル下落するとの分析もある。

 さて、冒頭のサウジアラビアとイランとの対立激化である。唐突感のある出来事だっただけにさまざまな臆測が飛び交う。
 いわく、イランとの関係改善を良しとしないサウジアラビアが、米国に仕掛けた挑戦状である。いわく、原油価格を上昇に転ずるための策略である。
 いずれにしても、原油価格は低迷したままだ。短期的には原油価格が上昇すればシェールオイルが復活し、中長期的にはイランへの投資が進んで生産量が増してこよう。しばらくは供給過剰、油価低迷の状況が続きそうだ。