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クラウドとIoTの切っても切れない関係

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2017.1.19

政策・経済研究センター 主席研究員白戸智

経済・社会・技術

加速するクラウドへの移行

 いささか旧聞に属するが、今後何回か人工知能(AI)・ロボット・IoE(Internet of Everything)からなる第四次産業革命について掲載していく。手始めとして、2016年3月10~11日にザ・プリンスホテル東京で開催された、Cloud Days Tokyo 2016(日経BP社主催)についてご紹介したい。同イベントでは、国内外のクラウド関係企業による展示、講演が開催された。

 ネットワークを通じて情報システムのハード、サービスを共有リソースとして提供するクラウドは近年拡大を続け、民間企業でも自社の情報システムにクラウドサービスを活用するのは一般的な姿になりつつある。

 その提供形態も、仮想サーバーなどシステム稼働に必要なハードをインターネット上のサービスとして提供するIaaS(Infrastructure as a Service)、OSなどを含めてシステム稼働環境を提供するPaaS(Platform as a Service)、パッケージ的なソフトウエアをインターネット上で提供するSaaS(Software as a Service)など多様化が進んでいる。今回もクラウドサービスAWSを展開するアマゾン・ウェブサービス・ジャパン社、Microsoft Azureを展開する日本マイクロソフト社など、業界を代表する企業が集合した。

 そこで目についたのは、最近広がりつつあるモバイル環境への対応サービスである。これまでの企業内あるいは企業のLAN内でシステムが完結する、いわゆるオンプレミスの情報システムでは、アクセスする機器や操作主体が限られ、システム外との物理的境界を守ることで、システムセキュリティーが守られたが、外部のさまざまな機械から多様な機器でアクセスするオープンシステムになると、システムセキュリティーの確保が極めて難しくなる。多様なネットワークアクセスに対応した、低廉、セキュアな通信サービスや認証サービスが必要となる。今回も、ソラコム社のSIM(モバイルで使うICチップカード)を用いた手軽なモバイル通信プラットホームなど、多様なソリューションが紹介されていた。

 何人かの講演者から言及があったが、クラウドと最近はやりのIoT(Internet of Things)は相性が良い。というか、IoTの実現にはクラウドがほとんど必須となる。IoT社会では、これまでと比較にならない多くのデータが無数のセンサーなどから収集され、利用のために蓄積される。蓄積されたデータはディープラーニングなどの人工知能(AI)を用いて分析され、さまざまなソリューションに活用される。多量のデータ蓄積のためにはこれまでの個別サーバーでは必要な記憶容量確保に対して柔軟な対応が難しく、クラウドによるサーバー、データベース活用の必要性が高まる。従来は、不要なデータの蓄積はコスト増加につながるため、データ収集部で情報を集約するケースが多かったが、通信コスト低下、クラウド利用コスト低下と、ディープラーニングの構造化されていないデータの活用などが特徴のため、まずはデータを上げて蓄積という動きが今後さらに加速されると考えられる。10年後には毎年1兆個のセンサーが利用される社会が実現するという”トリリオン・センサー社会(Trillion Sensor Universes)“の実現のためには、クラウドをベースとしたユビキタスな新たな情報インフラが必要となるのである。

ウェアラブルとAIの未来

 ブリリアントサービス社の杉本礼彦代表からは日本と諸外国のウェアラブルデバイスを取り巻く状況について講演があった。Google Glassの一般発売延期やApple Watchの販売状況、東芝の経営体制見直しによるリストバンド型生体センサーの販売中止など、日本では一時期のウェアラブル熱がやや冷え込んだ印象もあるが、海外では具体的なユースケースの開発が盛んだそうである。杉本代表からは、ムードに弱いわが国の企業環境への深刻な憂慮が語られていたが、まさに、逆風によらない新技術へのコンスタントな投資をわが国の強みとすべきである。

 産業技術総合研究所人工知能研究センターの辻井潤一センター長からは、日本の新たなAI拠点として昨年発足した同センターの現状についての講演があった。巨大情報産業が研究リソース、データ、ビジネス展開全てを取り込む米国型ではなく、既存の産業界と、豊富なAI研究人材を、同センターが中心となってまとめていく日本型のAI界の新たな将来像を目指していくという。こうした試みが触媒となって、新しいアイデアに対する関心が薄いといわれる日本企業の文化を変えていくことに期待したい。

IoTの具体化事例としてのテスラ

 世間のIoTやロボットへの関心を反映して、今回のオープンスピーチは、テスラモーターズジャパンのニコラ・ヴィレジェ社長であった。テスラモーターズは、これまでの常識を覆す高性能の電気自動車を開発して、世界を驚かせたシリコンバレー発の企業である。日本市場にも、主力車種であるモデルSに引き続き、7人乗りもあるモデルXが投入予定であり、さらには従来モデルの半分程度の販売価格を目指すモデル3も開発中である。

 テスラの特徴は、電気自動車であることももちろんであるが、これまでの自動車業界の常識を覆した設計思想にある。ドライバーとクルマの接点であるユーザーインターフェースは、タブレットPCのような大画面にまとめられ、車載コンピューターのデータもオンラインでアップデートされる。いずれもこれまでの確実性、堅実性を重視する自動車メーカーでは考えられなかった設計である。

 今回は、最近のソフトウエア・アップデートにより実現した自動運転機能についての紹介があった。モデルSには自動車周囲を監視するためのセンサーがあらかじめ組み込まれており、今回はこれを利用して、自動レーン保持、自動車速制御、自動駐車機能が追加されている。今回提供された同乗試乗の際にも、一般の道路環境でこうした機能が働く様子が披露された。新機能は問題なく働き、手動運転とのつなぎ(ハンズオーバー)やドライバーへのインフォメーション提供もスムーズであるように思われた。自動運転に欠かせない精密道路地図については、同社は個別の車がセンシングした情報をアップロードして、より正確でアップデートな情報に更新していくそうである。外部の情報ネットワークとつながる、いわゆるコネクテッドカーの現在形を示していると言える。

 自動運転に関しては、米Google社が既に米国の公道上で、自動運転車のロングランテストを実施中である。Google社の自動運転技術に対するこれまでの講演でも、鍵となる技術の一つが、車と周辺環境とのネットワークであることが示されている。見通しのきかない交差点等、他車からの情報が提供されれば、車は周囲の環境をより総合的に把握することができる。群れを成す生物のように車同士で動きを整合的にすれば、より効率的で安全な走行が可能となり、燃費や環境面でもメリットが期待できる。道路を走る車が無数のセンサーとなる日が近づきつつある。

IoT社会実現に何が必要なのか

 Industry4.0など、製造業の生産効率化などから出発したIoTだが、将来的には医療・福祉、生活環境改善、娯楽、安全安心など社会のあらゆる側面での利用が期待される。ただし、実現のためにはいくつもの課題がある。

 一つはさらなる技術開発である。現在のトリリオン・センサー等のコンセプトはセンサーの大幅な価格低下を前提としている。生体と相性の良いセンサー開発も必要であろう。ナノテク、MEMS(micro electro mechanical systems)等の技術開発が鍵となる。センサーへのエネルギー供給や通信も重要である。超小型であったり、ばらまいたり貼り付けたりするだけでデータが継続的に入ってくる、これがセンサーの理想像であろう。もちろん、ばらまかれたものの回収・再利用方法の確立も、環境影響やライフサイクルコストの観点からは欠かせない。

 これらを受け止める情報クラウドも重要である。これまでと桁違いのテータ量をよどみなく流せるネットワーク、蓄積できるサーバーやデータベースが必要となる。大量の蓄積データの利用のためには、AIなど大量データ処理技術のさらなる進歩が必要となる。そのために、回路集積度の向上や量子コンピューティングなどの新たな技術による、コンピューティングパワーの拡大も欠かせない。強力なコンピューティングパワーは、桁違いに処理量が増えるデータ集積側にも、省スペースで分散処理を行う端末側にも求められる。例えば周辺環境に対して即座の反応が求められる自動運転では、自動車側に一定のAI機能が必要となるだろう。応答速度やネットワーク寸断リスク等を考えた、情報機能の適正配置が求められる。

 これらが確保された上で、利用者ニーズに基づき有益な情報が提供・活用されるためのサービス開発が欠かせない。民間サービスでは、より利用者ニーズを的確に引き出すデザインシンキングやユーザーエクスペリエンスなどの開発手法が必須となるだろう。公的サービスについては、安全や安心にかかわる分野についても、貨幣価値だけによらない広い意味での費用対効果を前提とする必要がある。さらに、最終的にはこうしたデータ共有社会とプライバシーとの兼ね合いが問題となる。どこまで情報を共有していくのか、時間をかけた社会コンセンサスの形成が必要であろう。われわれはIoT社会への長い道のりの第一歩を歩み始めたばかりである。